第十三章「合宿」

合宿が行われたのは3月末頃。入社の直前であった。

3日だけとはいえ、他の新社会人より一足先に仕事が始まるようで僕は憂鬱だった。


合宿当日。僕達は朝から会社前に集められ、そこからバスで山奥に運ばれていった。バスに乗っていた時間がどれほどだったかは覚えてないが、行きのバス内は平和な空気が流れていた。25人の新人が詰め込まれたバス内には、恐怖の対象である上司も同乗しておらず、僕も同僚と雑談して過ごしていた。この“25人”が、これから先殆ど消えることなども知らずに……。


道中のSAでお昼を摂り、13、14時くらいに山奥の合宿場へ到着。

周りにマジで山しかねぇな……といった合宿場は、大学や高校の部活が合宿するには最適だろう。これ以上ない程練習に集中できる。そして僕たちのような企業研修にももってこいの場所なのだと思う。そう易々とは逃げられなさそうだから。


僕たちをまず出迎えてくれたのは、研修講師を名乗る胡乱げなヒゲのおっさんだった。浅黒い肌に筋肉質な身体。パット見の印象は体育教師。


講師のおっさんは不気味な程ニコニコと僕らを吟味し、まず財布と携帯を取り上げた。内心「マジかよ……」と思ったが、まぁ合宿研修っつーのはこういうもんなんだろ、とおとなしく差し出した。

(今思い返せば、これは脱走防止対策兼録音防止対策だったわけだが)


自分たちが寝泊まりする大部屋に案内され、荷物を置いてジャージに着替えると、今度は大ホールへと移動させられる。


最初の研修はここでやるらしい。

会場内には5つのテーブルがあり、くじで引かされた数字を頼りに、ランダムに5人ずつ分けられる。幸い僕は同期メンバーとは全員それなりに仲が良かったので、即席のメンバーでも特に気まずい雰囲気にはならなかった。


講師曰く、これから各テーブルに紙を配る。そこに書いてあるテーマに沿ったものを工作しプレゼンせよ。加えて、リーダー、サブリーダー、タイムキーパー、書紀も選出すること。


最初聞いた時は、美大の課題か試験みたいだなと思った。退屈な座学なんかよりよっぽど面白そうだ。


だが、そんな期待は一瞬で裏切られる。


何故ならこの課題の制限時間は、三分だけなのだから。


三分間で役割分担をし、課題内容に沿った工作をする。しかも即席チームで。

中々に無理のある内容だった。

研修の課題テーマが何だったのかはもう忘れたが、案の定僕たちのチームは工作の途中で時間切れ。辺りを見渡せば、他のチームも大体似た様相だった。


まぁ、三分間じゃ無理だよなぁ、なんて緩い空気が流れ出したところで、終始ニコニコ顔だった講師の表情が豹変する。


「何ヘラヘラしてんだテメェら!!!!!!!!!!!!!!! 社会ナメてンのかァ!!!!????」


ホール内に響く怒声。

一瞬、何が起こったのかわからなかった。

大学四年間でぬくぬくと涵養されてきた僕は、誰かに“怒鳴られる”という経験から遠ざかっていた。


他の同期達も似た感じで、静まり返ったホール内は困惑と動揺で満たされていた。

鬼のような形相、とはまさにこのことなのだろう。

講師は声のトーンを落とさぬまま、「課題が達成出来ないってことがどういうことか分かるか?」と叱責を続けた。


人間の表情っていうのは、こんなに器用に切り替えられるもんなのかと思った。最初の胡乱なほど表面的な笑みは僕たちを油断させ、精神的ショックを与えるためのテクニックだったのだろう。


この手の企業研修では兎に角研修生に精神的負担を与えることが第一だ。思考能力を奪ったほうが洗脳しやすいのだから。


十数分ほどのありがたいお言葉の後、今度は違うテーマでやれと命令された。

制限時間は同じだが、今度は皆緊張感を持って取り組み、時間内に課題は終えられた。続くプレゼンタイムでは、良し悪しについてのコメントはあれど、基本的に真っ当なことしか言われなかった。


なんだ、さっきはビックリしちゃったけど、ただ厳しいだけの人なのか……? と少しだけ安心した。終始ブチギレまくってるキチガイだったらさすがに相手にならん。


もちろん、これはアメとムチでいうところの“アメ”部分であり、真っ当な言い分を含めることで相手に納得させるテクニックなのだが……。


兎に角、なんとか研修の1コマ目を終えた僕たちは、退室時に「ありがとうございました!!」とホールという“場所”に対する“感謝”を述べ(強制)、体育館へと向かった。

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