第七章「モラトリアムの籠」

それは突然の出来事だった。


2014年の末。

振り返ってみるとめぼしい成果は一次通過くらいだったなぁなんてぼやきつつも、それ自体には特に不満もなく、僕は来年の抱負を決めたりしながら2015年を迎えた。


年始は友人たちに振り回されて初詣や飲み会に行き、まともに執筆の時間が取れたのは4日の深夜。


「さぁ~て、去年から書いてるこの作品もとっとと終わらせなきゃな」なんて零しながらPCと向き合った僕は、そのまま指を動かせなくなった。

急に頭が真っ白になってしまった。何か書こうと思っても何も思いつかない。


今までだって、話や文章が思い浮かばないことは幾らでもあった。でも今回は違う気がする。“小説を書く”という行為自体に、恐怖心と虚無感を抱くようになった。


いやいや、お前つい2ヶ月前まで二次落ちがどうとか浮かれてただろ。急にどうした? と読者の皆は思うだろ。正直僕も当時は同じツッコミをしてしまった。

だが、“一次通過”という快楽で一時的に紛れていただけで、僕の中にはずっと澱が積り続けていたのだ。


書けないのはどうしようもないと、その日は結局寝た。

翌日。起きてPCに向かうが、何も書けない。

翌々日。結果は同じ。


何日経っても小説は書けなかった。毎日wordを開き、なんでもいいから小説を書こうとする。でも書けない。僕は僕が思っている以上に、小説を書くことに、ワナビでいることにストレスを抱えていたらしい。


ワナビになって一年半。

その間小説を書いて、出して、落ちて、否定されて、そんなことを一人で繰り返していた。誰からも認められず、無意味なことを続けてきた。


ふと、なんで小説を書いているんだろ?

と我に返ってしまったのだ。


こんなに苦しい想いをして、そうまでして僕が小説を書く意味はあるのだろうか?

その想いと行為は、その他のものを犠牲にする価値があるのだろうか?


いつの間にか自分が書いてるものが面白いかどうかわからなくなって、売れてるものも面白いと思えなくなって、あんなに好きだった筈なのに、二次元コンテンツ自体に忌避感を覚えるようになって……。色々限界だったのかもしれない。


ワナビという存在の不毛さ。拗らせた承認欲求。そしてチラつく就活の影とモラトリアム。


僕がこうして小説家になろうと足掻けるのも、僕がまだ何者でもないからだ。何者でなくてもいいという、モラトリアムの籠で守られているからだ。じゃあもし、モラトリアムが終わったら?


夢を追いかけるのにも期限がある。いつか現実とぶち当たった時、人は夢を諦めなければならない。もちろん、社会人になってからも、仕事しながら夢を叶えた人はいるだろうさ。でも、夢を叶えた以上その人は“特別”だ。特別だから夢を叶えられたんだ。自分もその特別だと思いこむのは、ただの生存バイアスだ。


夢から覚めて現実を見てしまった僕は、もう一歩も前に進めなかった。


小説を書くことが自己のアイデンティティだと、小説を書いてない自身に意味はないと言っていたのに、僕は書くのを辞めてしまった。


それは僕にとって、自殺に等しかった。

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