第三章「スタートライン」

明確に小説家になりたいと考えた僕は、ひとまず小説の新人賞を一通り調べることにした。ライトノベルのものを中心に、ページ数や締切、ジャンルなどの概要に目を通した。


ラノベの新人賞はたくさんあるが、原稿のページ数やフォーマットというのは大体同じだ。原稿用紙200枚分。42文字34行のいわゆるDP(電撃ページフォーマット)では100DP。上限下限に変動はあれど、基本はそれくらいだ。


電撃では短編部門もあるが、基本的に新人賞で募集している小説は長編だ。


そうなってくると、短編しか書いたことがない僕だって長編にチャレンジしなければならない。短編だけ書いて電撃に応募し続けるというのは現実的じゃないし、いざデビューして短編しか書けないじゃカッコつかない。


ワナビ達の間では「長編を完成させて初めて、ワナビとしてスタートラインに立てる」なんて言葉がある。


実際、短編の書き方と長編の書き方は違うし、長編の方が圧倒的に忍耐力を必要とする。

読書感想文で原稿用紙4枚埋めるのに必死こいてた人間や、レポートの何千文字でひいひい言ってる人間がいることからも、200枚、文庫本一冊分の文量を書くというのはそれだけでハードルが高いのである。


世の中にはワナビと呼ばれる人間が無数に存在しているが、その下にはワナビになる前に諦めてしまった者たちもいる……。


思った以上に、小説家になるまでの道のりは険しいのである。


それでも僕は夏休みも利用し、2,3ヶ月ほどかけて初めての長編を書き上げることが出来た。初めて書き上げた長編は、今読み返すと「なんだこりゃ?」って感じだし、色々と雑で破綻している部分もある。なんとか体裁を取り繕っただけで、本質的には中学の頃書いた“小説未満”と変わらないのかもしれない。


でも当時の僕にとって、その小説は宝物のようだった。


今までの人生で一番集中して、頑張った末に出来上がったモノ。今の自分の全力全開。それだけで、自分にとっては何よりも価値のあるものだった。


「ものすごい傑作を書き上げてしまった……」


それが当時の僕の正直な感想だ。

本当に、この小説よりも面白いものなんてこの世にはないんじゃないか? と思った。

もしかしなくても、この小説なら新人賞で勝ち残れる。受賞出来る。小説家になれる。僕は特別になれるんだ。だって僕には、才能があるんだから。








落ちた。


普通に落ちた。


僕が出した小説は、一次選考であっさり落ちた。

粗だらけの長編処女作で一次を通過しようなどと無謀すぎるが、当時の僕は一次で落ちるなんて思っていなかった。


一次選考でさえ、通過できるのは1割かそれ以下。多いとこでも2,3割ぐらい。殆どの人間は落ちる。


大手の電撃なら5000人くらい応募して、通るのは500いかないくらい。


なんだこれは? 競争率激しすぎない? 受験なんて比じゃねぇな。

今更になって、僕は現実的な壁にぶち当たった。


とんでもない数のライバルと競い合って、何度も1割のふるいにかけられて、その末に残った1%にも満たない勝者だけが小説家になれるって?


狂ってるのか?


こんなの、挑むほうがどうかしてるだろ。勝ち目のないことなんてやめてさ、もっと楽しいことしようぜ。今まで通りラノベ読んでゲームして、アニメ観て笑ってればいいじゃん。報われない努力ほど虚しいものはないだろ?


そう諦めて、違う道を探せれば良かったのかもしれない。

でも当時の僕は、そう簡単に諦められなかった。


何故なら、既に僕にとって“小説を書く”という行為がアイデンティティの一部になっていたからだ。


小説を書いて特別になって初めて、僕はこの世界で生きていても良いと言ってもらえる。ならば“小説を書かない”という行為は自殺に等しい。


この時点で僕は――どうしようもない程呪われていた。

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