第20話『僕のユリイカ』

20『僕のユリイカ』 



 


 アルキメデスは、その原理を発見したとき、こう叫んだそうだ。


 ユリイカ!


 ユリイカとはギリシャ語で「分かった!」「解けた!」てな意味で、検索しても、必ずアルキメデスの例えが出てくるように、感動を伴った発見、あるいは啓示の瞬間の気持ちを表している。だから訳によっては、こうだ。


 ユーレカ!


 うん、こっちの方が喜びに溢れている。明日、いや明日は休みだ、明後日も。でもいいや。その分、ユーレカ! と、みんなの前で叫んだときの喜び、感激、恍惚感が大きくなるというものだ。なにしろ僕は分かったんだから!


 しかし、ユーレカでは「幽霊か!?」とも取られかねない。なんと言っても都立S高校、偏差値こそ65もあるけど、一皮剥けば、ただ暗記力だけが良いだけの標準的なバカだ、教師も生徒も、S高出身の元大臣にしろ、海上自衛隊の艦船が日常的に、火器管制レーダーの照射を受けていたことを知りながら、国民にはいっさい知らせなかった臆病なオッサン。オレだったら、いまのユリイカの気分で世界中に教えちゃう。その都度C国は、軍部独走だから、記者に言われて初めて気づき、そのたんびに、報道官の目が泳いで、世界の笑い者。わっからねえだろうな、このユリイカの気分を味わっていないんだから。


 学年で、いや、S高一のかわいいエッチャンも、目にアニメみたくたくさんの星きらめかせ、尊敬と愛情の籠もった目で、オレの、いや、僕のこと見つめるんだろうなあ……そして、今まで、僕の才能や寛容な心に気づかなかった自分を責めるんだろうなあ。


 でも、心の広い僕は許すんだ。


「僕は、愛するS高校のために、あえて寅さんみたいな三枚目をやっていたのさ。だからエッチャンが気づかなかったって、決して自分を責めるんじゃないんだよ。エッチャンが中学のときAKBを受けて、落ちたことも、僕は知っている。でも気にすることなんか無い! AKBは一山いくらのアイドルだ。知っているかい。あそこは、あんまり美人で、歌や踊りのうまい子は取らないんだ。クラスで四番目くらいの子をとるんだよ。君は、少しネガティブだ。わずかな欠点ばかり気になっちゃう。欠点なんて、別の角度から見れば才能なんだよ。秋元くんも言っていた『アイドルの条件は根拠のない自信』だって。笑っちゃうね。君や僕の自信には、ちゃんと根拠と才能があるんだよ」


 いつもなら、商店街の裏道をコソコソいくんだけど、今日の僕はユリイカだ。堂々と商店街の真ん中を歩く。いつもは重く感じたコンビニの上の塾。もう、気にもならないね。せいぜい、いい大学に入りたいだけのバカに毛が生えたようなやつばっか。


 アハハ、才能だね。無意識にバカとバッカをかけた。


 来年ノーベル賞なんかとったらどうしよう!? 


 あの3LDKじゃ、取材の記者なんか入りきらない……そうだ、市民会館の大ホールを借りちゃおう。いや、どうぞ使ってくださいって、市長が頭を下げにくるね。で、上目遣いに、こいつに次の市長の座を奪われたらどうしようって心配なんかしちゃうんだよね。


「大丈夫、市長さん。僕が被選挙権を得るにはまだまだ間がありますよ。それに失礼だが、そんな心配は要らないよ。岸田君、君こそ、その椅子取られないように気を付けなさいよと言う。僕が? いえいえ、これからゾクゾクと現れる、僕の弟子達だよ、アハハハ」


 なんで、吠えるんだよジョン!?


 そうか、僕のユリイカに恐れを成したのかい。ハハ、大丈夫、僕は動物はかわいがるからね。市民、国民だってみんなかわいがっちゃうからね!


 だって、僕は、ユリイカなんだからね。


「ただいま、かあちゃん、あなたはユリイカの母です。昭二、おまえはユリイカの弟だ。え、スルメイカの煮付け? そうじゃなくってさ……」


「で、昭一、おまえ何が閃いてユリイカなんだい?」


「え、あ、それは……」


 僕とアルキメデスの、ほんの僅かな差は、閃いたことを覚えているかどうかだけなんだと思った。


 いいじゃんか、閃いた感動はちゃんとあるんだからさ! 文句ある!?

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