第3話『だるまさんがころんだ』


3『だるまさんがころんだ』      





 ぼくは、バカなあそびだと思っていた……だるまさんがころんだ。


 小二のころだったかな、なんでか、だるまさんがころんだ、がはやりだした。

 もう、はっきりおぼえてないけど、テレビのバラエティーでやっていた。

 

 ただのバラエティーなんかじゃない。AKR48が楽しそうにやってる人気番組。


 ぼくの好きな矢頭萌ちゃんや、小野寺潤のオネーサンたちが、こどもみたいに楽しそうにやっていた。

 オバカタレントなんかも混じっていて、地球がひっくりかえったぐらいのショーゲキだったんだ!


 だってさ、だってさ、オバカとかわいい女の子がいっしょにあそんでいるなんてありえない。

 すくなくとも、ぼくの学校ではね。


 バカはバカだけであそぶ。かわいい女の子は、女の子だけであそぶ。これじょうしき。


 だから、翔太と話したんだ。


 だるまさんがころんだ、を、やったら女の子ともいっしょにあそべるぜって。


 それで、学校のかえりみちでやるようになった。歩きながらやるんだぜ。

 五人ぐらいで、オニも、それいがいの子も歩きながら。

「あ、翔太動いた!」

「ほら、タッチ!」

 なんてやりながら、かえるんだから、家につくのが、とてもおそくなる。


 女の子たちも、しばらくはやっていた。やっぱりAKRのえいきょうりょくはすごいと思った。

 でも、かえる時間がおそくなるので、女の子たちは、すぐにやらなくなった。


 ぼくと翔太のたくらみのように、女の子がいっしょにやってくれることはなかった。


 それは、まあ、いいんだ。ぼくの、ほんとのねらいはちがったから。



 ぼくは、春奈ちゃんとやりたかった。


 春奈ちゃんは、とくべつだった。


 本がだいすきで、じゅぎょうが終わると、まっすぐ図書室に行って、なんさつも本を、かりる。

 どうかすると、かえりみち、本を読みながら歩いていることもあった。

 かみの毛をウサギの耳みたいにくくって、長くたらしている。とおりすぎるといいニオイがした。


 春奈ちゃんは、ぼくたちの、だるまさんがころんだをシカトしていた。おこっているみたいだった。


 そんなの、通行のじゃまよ。そう言われているみたいだった。

 じっさい、いちど、だるまさんがころんだで、わらいころげていたら、とおりすがり、小さな声で言われた。


「バッカみたい……」


 ショック! 

 

 で、そんなこんなで、ぼくたちも、だんだんやらなくなった。


 三年、四年と、春奈ちゃんとはべつのクラスになった。その二年間、ぼくは春奈ちゃんをまともに見られなかった。


 そして、五年で、同じクラスになった。


 春奈ちゃんはまぶしかった。背もぼくより少し高い。二学期にはむねも出てきた。

 で、あいかわらず本ばかり読んでいる。でも体育なんかは、口をきっとむすんで、じょうずにやっていた。


 あれは、体育の日が終わったころだった。

「ねえ、亮介、だるまさんがころんだやろうよ!」

 春奈ちゃんのほうから言いだした。

「え……」

 ぼくは、あっけにとられた。

「やろう、亮介オニね」


 春奈ちゃんの家は、ぼくより学校に近い。あたりまえなら十分ほどで帰れる。

 それを、三十分、だるまさんがころんだをしながら帰った。


 ぼくは、いちども春奈ちゃんをつかまえられなかった。

 だるまさんがころんだ。で、ふりかえると、春奈ちゃんは、いつも体育のときのようだった。

 口をきっとむすんで、ぼくの目を見つめている。

 ほんとうは、動いていたのかもしれない。

 でも、ぼくは春奈ちゃんに見とれていた。だから見のがしたのかもしれない。


 春奈ちゃんは、まじめな顔をしていてもエクボができる。


 新発見。



 ぼくの背中をタッチしたときは、とてもうれしそうな笑顔。これも新発見。


 家が近づき、最後のタッチをしたあと、春奈ちゃんは、こう言った。


「女だと思って、手ぇぬいたでしょ」

「ち、ちがうよ。ぼくは、ぼくは……ぼくはね」

 ゆうびん屋さんが、ふしぎそうな顔で通っていった。

「いいよ、ありがとう。楽しかった、だるまさんがころんだができて。じゃあね!」


 春奈ちゃんはとびきりの笑顔だった。そして、なんだかなみだぐんでいたような気がした。


 なにか言わなきゃ。そう思った……。


 春奈ちゃんは、勢いよくウサギの耳をぶんまわして、家の中に入っていった。



 あくる日、学校に行くと、春奈ちゃんがいなかった。


「河村春奈さんは、ご家庭のじじょうで転校されました……」


 先生は、そのあと「君たちも」とか「がんばろう」とか言っていたような気がする。

 でも、ぼくは、先生のあとの言葉は聞こえなかった。


 ぼくは、二度と、だれとも、だるまさんがころんだが、できないような気がした。

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