第2話〔エンドライン〕


2・〔エンドライン〕   





 ミライとミイラ、ちょっと似ている。


 あたしは高橋ミライっていう。でも通称はミイラだ。

 なぜかっていうと、さっき言ったみたいに読み間違いやすい。それにあたしは、保育所の頃から背がヒョロッと高くて痩せていたから、みんなからミイラって呼ばれてた。


 とくに気にはしない。保育所の最初のころってミイラの意味も分かってなかったし、お友だちが言っても気にならなくて、自分でも「ミイラ(^▽^)/」って喜んでいた。

 年中さんになって、お母さんが気づいて保育所の先生に言ったことがある。


「この子はミライなんです。ミイラじゃありません」


 でも当人が一人称で「ミイラ」って言ってるのだから仕方がない。

 背が高いという理由だけで、中学ではバレー部に入れられた。あんまり強いクラブじゃなかったしウイングスパイカーってのもヘタクソながら気に入っていた。


 高校に入っても、当然のごとくバレー部に入った。


 同期でも背が高い方なのと、中学からのポジションもあるので、だぶだぶの制服で「ウイングスパイカーをやりたいです!」と希望した。


 あだ名は相変わらずミイラだった。


 ところが思春期ってのはむつかしいもので、あたしは体つきが変わってきた。身長はそのままで、体にメリハリがついてきた。一緒に入った仲間はずんずん身長が伸びていき、一年の二学期では同じくらいに、三学期では全員に追い越された。


「ミイラ、リベロに替われ」


 顧問の天崎先生に言われた時はショックだった。


 リベロって、チームで一番チビがやるポジションじゃん!


 まあ、バレーってのは6人それぞれ大事な役割がある……と、納得はした。



 リベロは目立つ。6人の中で一人だけユニホームが違う。全員赤なら、リベロだけは黒だとか……バレーの専門ならともかく、素人目には、よく目立つ。クラブもそこそこで、地区では2~3番目くらいの力の学校だ。ミイラと呼ばれても気にならないお気楽な性格なので、いつの間にかリベロにも慣れてきた。


 リベロになりたての頃に、コクられた(^_^;)。


 軽音の米倉君。


 身長は165で、そんなに高くないけど160で止まってしまったあたしにはちょうどつり合いがとれる。彼はボーカルで良い声してんだけど、なんせ70人もいる軽音の中では二線級らしい。だから、クラブも暇してて、よく試合を見に来てくれた。

「なんか、一人目立ってかっこいいじゃん!」

 と、素人だから喜んでくれる。もちろん米倉君も「ミイラ」って、あたしを呼ぶ。


 でも、一人だけ「ミイラ」って呼ばれてムカつくやつができた。


 二年になってから、顧問が替わったんだ。


 県の教育委員会の方針で「教師の負担を軽減する」ということで、顧問を外部から呼ぶようになった。畑中って、地元企業のバレーの選手。ほとんどプロと言っていい。専門の顧問が来たのは、試験段階なので女バレとサッカーだけ。サッカーは分かる。顧問の島崎先生が主席になったから。

 でも、天崎先生は平のペーペーだ。

「あてがいぶちだから仕方ない。それに畑中さんは、オレよりずっとバレーが上手いし、よく指導してくださる。ミイラもしっかりついていけ」

 そう言われて、しぶしぶ付いていった。

 練習は厳しかった。トスとレシーブの練習を徹底的にやらされた。

「県大会でベスト3に入る!」なんて無茶を言う。

 怪我人続出の半年だった。で……悔しいことにうちのクラブは強くなっていった。だから、みんな表立っては文句も言わない。

 でも、あたしは合わなかった。畑中の「ミイラ」には訳もなくムカついた。

「畑中監督。監督ががんばってんのは、けっきょく自分のチームの宣伝のためじゃないんですか!?」


 言ってしまった……。


「そうだ。君らを一流にして、オレのチームの名前を挙げたいと思ってる」

「そんな……あたしたち、監督の道具なんですか!?」

「そうだ。そして……」

 あとの言葉は聞いてなかった。

「あたし、このシーズンが終わったら辞めます!」


 そして、試合は秋も押し詰まり、県の三位決定戦にまで進んだ。


 女バレ開設以来の上位進出だった。相手は去年の優勝校、私立H女学院。始めから気後れしてしまったけど、なんと試合はフルセットの14:14にまでもつれ込んだ。

 H女学院の名サーバーの早乙女って子がサーバーに入った。ここまで、サービスエースを5本も取られている。

 このサーブだけは取ってやる……つもりだった。だけどボールが飛んできたとき、これはアウトになると見送った。


 ボールがスローモーションみたく見えた。かつかつで、エンドラインを超えている「勝った!」と思った。


 ところが主審も線審もインの判定だった。


 抗議しようと思ったら、先を越された。


 畑中監督が鬼のような顔で主審に抗議した。結果は覆らなかった。畑中監督は、それでも抗議したのでイエローカードのおまけまで付いてしまった。

 5年間バレーをやってきて、最大の屈辱感だった。チームメイトの目も微妙に険しい。あたしが見送らなければ別の展開になった……そんな目つきだ。いたたまれない。

「ミイラの目は正しい!」

 畑中監督は、みんなの目の前で言ってくれた。


「今のアウトですよ!」


 米倉君がビデオを持ってやってきた。スローの拡大で再生すると、確かにボールはエンドラインを超えている。

「監督!」

「高校バレーにはチャレンジシステムがないからな。来年、また頑張ろう!」

 監督は、そう締めくくった。そしてキャプテンが、そっと言ってくれた。

「監督、あのときね、オレの事も利用しろって言ったのよ。世界はギブアンドテイクだって」


 あたしの気持ちは、辛うじてエンドラインを越えずに済んだ。


 米倉君は、誤審のビデオをスローにして動画サイトに投稿してくれた。アクセスは1000ほどになったところで、県の高校バレー連盟から削除の要請があり、動画は削除された。


 素人ながら、ここまで頑張ってくれた米倉君への気持ちはエンドラインを超えそうだった……。

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