『開かずの踏切』大橋むつお短編集
武者走走九郎or大橋むつお
第1話『開かずの踏切』
大橋むつお短編集・1
『開かずの踏切』
開かずの踏切……と、人は言う。
それほどでもない。と、あたしは思う。
五分に一度くらいは開いている。う~ん……はっきり計ったわけじゃないけど、長くても七八分かな?
直ぐ横が、駅の改札への通路と歩道橋を兼ねたのがあって、急ぐ人は、その階段を駆け上がる。
あたしの学校は、このJRの路線と並行して走っているKO線で通ってる子が半分くらい。
ゆうゆう間に合う時間なら、踏切で立って待っている。
あたしは、演劇部のせいか、人を見ていたら飽きない。
若い人、お年寄り、子ども、年齢によって、様子が違う。性格によってもずいぶん違う。ガキンチョは、無駄に体を動かしているのが多い。これは体が大人になるために、無意識に体を動かして、体や、体の感覚を鍛えているんだと思う。
中坊くらいになると、無駄に喋っている。オバチャンたちもそうだ。あれは喋ることによって、互いが無害な存在であることを確認し合っている。このお喋りに加われない中坊やオバチャンは、地域やクラスで孤立しかけていると思って間違いない。
話している最中に目線が逃げる奴がいる。これはウソを言う前兆で、まず八割方当たる。
高校以上になると、もうケータイ、スマホとにらめっこ。中には隣同士並んでるのにメールのやりとりしてるバカもいる。このバカが、なんで分かったかと言うと、踏切を渡っている最中にこう言ったからだ。
「そりゃ、やめとけよ!」
「なんで!?」
「だって、おまえがコクって上手くいくわけ……」
バカだけど、ちょっと微笑ましい。
世の中、変わったやつが多い……って、人のこと言えないけどね。
こうやって、踏切で、向こう側の人間をシゲシゲ観察してるやつも珍しい部類だからだ。
時にはいいこともある。年頃にも似合わず、スマホもいじらず、意識は完全に他のところに行ってる小柄なオネーサンを見つけた。
帽子とグラサンで、最初は分からなかったけど、AKRの高橋まなみって分かっちゃった!
そのときは、思わずシャメって、彼女が横断してくるのを待って、密やかに聞いた。
「AKRの高橋まなみさんですよね?」
で、カバンの裏側に修正ペンでサインしてもらっちゃった♪
それからは、会うたびにって、まだ三回だけど、ニッコリとチラ見してくれる。あたしだけの秘密。
昨日はやばかった。
ここの踏切は、五分くらいで、たいてい開くけど、開いてる時間が二十秒そこそこってこともある。
七十半ばのオバアチャンがゴロゴロとカート押して渡っていたんだけど、途中で遮断機が降りてきちゃった。
――危ないなあ――
そんな気持ちは、みんな持っているんだけども(その証拠に、心配げなチラ見は、ほぼ全員がする)これだけ大勢いると――だれかが助けるだろう――そういう気持ちが働いて、結果、誰も助けない。
もう、上りも下りも、通過列車が見えてきた。警笛が鳴る。どうしていいか分からずに、オロオロするオバアチャン。
体が先に動いた。
遮断機を押し上げると、全力で走って、オバアチャンを抱え、踏切のこっち側に引っ張ってきた。カートは、残念ながら急行にはね飛ばされ、急行は急ブレーキの音をきしませながら百メートル以上行って止まった。みんな、さすがに踏切に注目している。オバアチャンは、何がなにか分からずボンヤリしている。
「よくやったぜオネエチャン!」
そんな声も聞こえたけど、晴れがましいのは苦手なんで、あたしは、そのまま学校に行った。
正直、学校はウザイ。
だからもう半分寝たふり。うちは都立の真ん中……ちょい下。だから、寝たふりなら先生もなんにも言わない。
で、その日はクラブもなかったので直帰。
また踏切でひっかかった。で、例の如く人間観察……されてしまった。
小三ぐらいの、女の子がじっと、あたしを見つめている……怖いくらいの目つき。「なんかやったかなあ?」と、我が行いを振り返ったくらいだった。
遮断機が上がって、向こうへ渡ると、その女の子は、あたしの顔を見ながら言った。
「オネエチャン、あたしのこと見えてんの?」
「う、うん、見えてるよ」
「だったら、オネエチャンも死んでるんだよ」
「え……?」
カンカンカンカン……遮断機の降りる気配。
「おれが、説明するよ」
聞き覚えのある声がした……あ、よくやったぜ! のオジサンだ。
「オバアチャンは助かったけど、あんたは撥ねられっちまってさ。オレ、感動のあまり声かけちまったんだ」
それから、あたしは、自分の死が理解できるのに一週間ほどかかった。
今は、やっぱ人間観察。オジサンと、女の子と。
もう、高橋まなみさんは気が付いてくれない。
でも七日目の日、まなみさんは、踏切にお花を供えて、手を合わせてくださった。
そこに一瞬だけ立ち止まって、おへそのあたりで手を合わす男子高校生。連れの男子は知らん顔。
あ、あの時の二人連れ……コクルって……わたしにだったの?
バカに思えた男子が、ちょっぴりいい男に思えた。
ちょっと、この界隈の幽霊仲間のいい話になった……。
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