第291話

「ふあ……っ。朝かー」


 あれから結局、鉄製の彫刻刀は時間も遅いから明日――つまりは今日にすっぺって事で解散となり、いつもどおりに飯を食い。さっさとベッドに潜り込んでこうして朝を迎えた。

 取りあえず朝っぱらから喚き起こされるって事にはならなかったのは助かった。ぐーたらしてるのに他人に邪魔されるってのはマジでムカつくからな。


「さて……とりあえず作っとくか」


 朝からリンのやかましい声を聞くのは短時間で済ませたいんで、先に作っておいてささっと渡してとっとと帰ってもらおう。

 よし。とりあえず作る訳だけど、普通に鉄で作るのもなんだかなーと思う俺が居る。

 多分鉄同士であれば、より密度を高く圧縮する彫刻刀の方が硬くなるだろうから、薄い鉄板くらい簡単に掘るくらいできるとは思うけど、昨日のリンの魔法弱い発言がどうにも引っかかる。

 同じ俺の魔法だから気にしなくてもいいんだろうけど、ぎゃーぎゃー文句を言われるのは癪に障る。ちょびっとだけミスリルを混ぜて強化してやろう。

 方向性が決まったんで、亜空間から材料を取り出して、サクッと作った所で外から聞き慣れた喚き声が。


「おーいリックー。起きてんだろ開けろよー!」

「朝っぱらからうるせーんだよ。もう少し静かにできねーのかお前は」

「出来るに決まってんだろ。でもこんくらいでっかい声出さねーとお前起きねーだろうが!」

「当たり前だろ!」


 こっちとしては好きなだけ寝てたいんだ。それがぐーたら道の教えであり、基本の1つなんだけど、エレナの教え――ご飯はちゃんと食べましょうねーと言うものによって全くと言っていいほど守れていないけど、これに関してはぐーたら神も腰が引けてるせいもあって、成人するまではお咎めなしという超特例措置がとられてる。

 まぁ、そうでなくともこんなド辺境でそんな事が出来るはずもないんで、未だ叶わぬ夢よ。


「威張って言う事かよ。そんな事より道具だよ道具。朝まで待ってやったんだから当然出来てんだろうな」

「ちゃんと出来てるよ」


 いちいちやかましいリンに、出来立てほやほやの彫刻刀一式を投げ渡してやる。一応刃先にカバーがあるんで、これで怪我をする事はない事を注釈しておこう。


「おおー! ピッカピカじゃん!」

「当たり前だろうが」

「じゃあすぐ作ってみてーから、昨日のあれ出せよ」

「面倒臭いなー」


 まだベッドでぐーたらしてたいけど、寝起きで彫刻刀に細工をするために忙しくてそこまで手が回らんかった。

 なので、亜空間から取り出す必要があるんだけど、そんなのをリンの前でやるほど馬鹿じゃねぇんで、のそのそベッドから降りて一旦クローゼットに。

 ここであれば無魔法で戸を強力に閉じる事が出来るんで、悠々と亜空間から鉄を取り出してクローゼットを出る。


「ほれ」


 サクッと円盤にしたのをリンに投げて、これで用は済んだだろとの意味も込めて窓を閉める。


「あっ! おい! 閉めんなよ!」

「なんだよ。もう用が済んだだろ。さっさと帰れ。こっちは飯の準備の手伝いとかがあんだよ」


 ぐーたら道の教えを守るのであれば、このまま二度寝をしたいところだが、それをすればエレナがキレて、平穏な日常を送る事が出来なくなるし、まともな飯を食いたいなら無理をしてでも行くしか無いんだよね。

 なんで。まだ何かギャーギャー喚いてるリンを完全に無視して部屋を出ると――


「っと。危ないじゃないの」


 扉の近くにアリアがいて、また前みたいに戸にぶつかりそうになったのか、廊下に出るなりすぐ近くから文句を言われた。


「ぶつからなかったんだからいいじゃん。そんな事よりなんか用?」

「いつも通り起こしに来てあげたんじゃない。それだってのに起きてるなんて、アンタ……偽物じゃないでしょうね!」

「アリア姉さんはこの馬鹿みたいにデカい喚き声が聞こえないの?」


 普通の奴であれば、ここまでずーっと無視され続けたら止めるもんだと思うけど、リンは未だに何かを喚いてて正直めっちゃうるせぇ。


「聞こえてるに決まってんじゃない」

「じゃあ何でアレが起きてる理由だって理解できないのかなー?」


 常に結界で身の安全を確保してるだけあるせいか、物理的な妨害には強いけど、音とか臭いと言った妨害に関しては結構敏感なんで、バカ騒ぎしたり臭さを感じたりすると割と目を覚ます。勿論機嫌は悪い。

 ってか、こんだけやかましかったら誰でも目を覚ますか。


「うっさいわね。いつまでも終わんないんだから起きてないって普通思うでしょうが」

「……確かに」


 まさか脳筋アリアに論破される日が来ようとはな。そもそも何でリンは何時までも反応がないってのに喚き散らせるんだろうな。

 すぐ離れる予定だったのに、アリアとのやり取りの間中もずーっと喚いてるからいい加減黙らせるか。


「いつまでもうるせーんだよ! さっさと帰って魔法陣彫れや!」

「お? やっと出て来たな。何個か聞きてー事あんだからさっさと出て来いよ」

「こっちも朝飯の準備があんだから手短に済ませろよ」

「今ちょっと彫ってみたんだけどよ。ちょっと凄すぎんだけど何とかなんねー?」


 ぱっと突き出してきた円盤を見ると、溝を掘るってレベルを超えて完全に穴が空いてるのを見るに、原因は完全にミスリルのせいだろう。

 こっちとしては、親切心とちょっとの負けず嫌いから追加したんだけど、どうやら余計なお世話になっちまったようだ。


「じゃあ後で別のにしてやっからそれ返せ」

「後でっていつだよ。あのおっちゃんと魔導具について色々話すからすぐに必要になんだけど?」

「知らん」


 いつになるかはぐーたら次第としか言えん。朝飯食い終わったらすぐにやるかもしれんし、伸びに伸びて数日後になるかもしんない。だから知らんと答えたら、リンは――じゃあこのまんまでいいわ。と言って帰っていった。

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