第290話
「……」
「だから言ったろ? 難しいって」
リンが使い慣れた彫刻刀を手に戻ってきたんで、簡素な作業机を作ってやり、一連の流れをボケーっと眺めてた結果。当たり前のように失敗した。
鉄の円盤にはちびっとだけ傷がついてはいるけど、魔道インクを入れるに深さが全然足りない。俺の予想通りの結果に、レイも言葉はないけど深く感心してる。
こっちとしては、そうなると分かってたんで特に責めたりするつもりはない。だって魔法でパパっと元に戻す事が出来るからな。
「う、うるせー! まだ1回失敗しただけだろうが! もう1回だ!」
「はいはい」
諦めるつもりはないみたいで、薄く傷が入った円盤をこっちに突き出してきたんで無魔法で受け取り。ぐにゃりととかしてまた円盤に戻してリンに突き返す。
「よっしゃ! 今度はさっきみたいにならねーぞ!」
「あんま力入れすぎて怪我したりすんなよ。おばばの世話になりたいなら別だけど」
「嫌に決まってんだろ! なにされるか分かんねーし!」
相変わらず子供の天敵として恐れられてるねー。
とはいえ、作ってる傷薬はめっちゃ効くからよく訓練後に腕っぷし自慢の村人連中が押し寄せるなんて話を聞いたような気がするくらいの一品だけど、生憎とおばばの性格と見た目が怖いのが大きくマイナスなせいでガキはマジで近づかんのよ。
「じゃあ気をつけろよー」
「分かってるよ!」
さて……一体どうなるかねーとぼけーっと一連を眺めてると、ふいに肩を叩かれたんで振り返ってみると、そこには副会頭が。
「よー副会頭。なんかいい案が出たかい?」
「いい案かどうかは分からんが、とりあえずいくつか提示してみる事にした」
「ふーん……とりあえず聞いてあげるよ」
「では手始めに、金などは要らんという事なので物で釣ってみようと思い、エレナ様とヴォルフ様に聞き取りを行ったところ、ぐーたらの役に立つ物であれば首を縦に振るんじゃないかと言うが本当か?」
「間違いじゃないね」
ぐーたら道を究めるためにこの人性を捧げると決めた今世で、その役に立つ物が用意できるというのであれば、礼として魔道具の1つや2つ喜んで作ってやるとも。
「なんでもぐーたらというのは怠けに近いらしいな。それで私が思いついた進呈品というのは、我々が王都で手に入れる事が出来る最高級寝具一式というのはどうだろうか?」
「悪くないけど1つじゃ無理だね」
それが確実に俺の物となるのであればOKを出しても構わないくらい魅力的な提案ではあるけど、我が家にはアリアとエレナが居る。
ヴォルフに関しては、アルコールじゃないなら「俺が貰ったモンだから」とでも言えばすぐ納得するだろう。サミィも良かったねと言うくらいのはず。だが残りの2人はきっとそうはならない。
エレナであれば、ワンチャン言葉巧みに言いくるめられるかもしれない可能性があるが、敗色濃厚。アリアはそもそも脳筋ゆえにその望みが欠片もない。
なので、たとえその最高級寝具一式とやらを無償で譲ってもらったとしても、ほぼ確実にアリアかエレナにふんだくられる未来しか見えない。
というのを副会頭に説明すると、どうやらその様子が鮮明に思い浮かんだのか何とも言えない顔をしてる。
「さすがに複数は現状では難しいな」
「うん? でも用意しようと思えばできるの?」
「そうだな。君が作った魔道具がどの商会よりも優秀で、来季の総会の長にルッツ様が就任した際には、家族分などすぐに用意できるだけの力が手に入る」
「なるほどねぇ……」
つまり。高級寝具で今より高位のぐーたらを享受したいなら、ルッツを勝たせろって事か。提案としては悪くないのかもしんないけど、やっぱ俺の腕が前提ってなると魅力度は大きく減っちゃうよねー。おまけにトップ通過しなくちゃなんないなんて、面倒事の予感しかしないっての。
「却下だねー」
「いいのか? この機会を逃せば手に入らないかもしれないんだぞ?」
「条件が厳しすぎるね。そもそも魔道具を作ってルッツが総会で何番になったかなんて分かんねーじゃん?」
俺は今後、表立って王都に行くつもりは欠片もないので、今回の勝負で何番になったかを知る術が無い。だから、契約が成立した時点で高級寝具が手に入るという確約がない以上は、首を縦には触れんわなー。
「なんだ。勝つ自信がないのか?」
「あーそういう挑発は俺には効かないんで、平気でそうだと言ってのけるよ」
そんなちゃちな言葉に乗せられるほど若くねぇからな。
それに、帝国に勝る魔導具って明確な勝利の基準がない物にほいほい首を突っ込みたくない。
「……そういうところは商人ぽいな。しかし困った。早速アテが外れたな」
「それは仕方ない。俺がそう簡単に労働をするわけないだろ」
趣味で魔道具を作るのであればなんとも思わんが、そこに他者の感情が混じる事で労働に様変わりする。
高級寝具はそのマイナス部分を考慮してもお釣りが来るくらい魅力的なだけに、惜しいと言えば惜しいけどな。
「なるほどな。しかし、この線で攻めれば手を貸してくれるかもしれんという情報は得た」
「けど簡単じゃないつもりだから」
そうホイホイ労働してたらぐーたら神に降段させられるかもしれないからな。
「だーっ! 全然出来ねー!」
2人のそんな会話が終わったタイミングで、リンがそんな風に喚き散らしながら彫刻刀や円盤をぶちまける。
「んな雑に扱ったらあぶねーぞ」
「うっせー! クソ……全然溝が彫れねーじゃん」
「まぁ、鉄が相手じゃあ分が悪いわな」
「なんだよ。いつも魔法はすげーとか言ってんのに、鉄相手に勝てねーなんて弱くね?」
……そう言われると確かにめちゃくちゃムカつくな――と思ったけど、魔道具に使う円盤もまた魔法で作ってるんだったっけと、怒りのボルテージが一気に萎んだ。
「どっちも俺の魔法で作ったんだから仕方ねーだろ」
「じゃあこっちも鉄で作れよ。そうすりゃ絶対作れるようになるんじゃねーの?」
「ふむ……それがもし成功した暁には、リック様に代わって君に魔導具製作を依頼するのも悪くないかもしれないな」
「あー。それ良いかもね」
俺の代わりにリンが魔導具を作ってくれるんであれば、それに越したことはない。
まぁ。実力で言えば俺の足元にも及ばないひよっこな訳だけど、何の成果もなく手ぶらで帰るくらいなら。と言う考えから出ただろう副会頭の提案に、乗っかってみようじゃないか。
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