第276話

「いつまで寝てんのよこの馬鹿リック」

「痛ぁ!」


 夢の世界で理想のぐーたらライフを送っていたら、アリアのそんな声と共に体が宙に浮く感覚にあーこれは振り落とされたんだなーと理解した時には顔面から地面にダイブしてた。


「ったく……朝に散々自分は大丈夫だとかなんとか言っておきながら、アタシに起こされないと駄目なんじゃないの」


 なんて事をまっ平らな胸を反らせて得意満面に語る姿はすっげえムカつく。

 そもそも夕飯の時間にはまだちょっと早い。これは俺のぐーたらレーダーがそう言ってるんで間違いない。

 これは、成人するまではちゃんと5分前行動出来るようにと余裕を持って起きれるようにぐーたら神と辛く険しい修練の果てに、自然とその時間になったら起きれるような体に仕上げたんだからな。


「まだ夕飯には早いから起きなかっただけだよ」

「何言ってんのよ。空を見れば夕暮れになってんじゃない。つまりはその時間って事じゃないの」

「分かってないねアリア姉さん。空が夕暮れになったから夕飯になるんじゃなくて、夕暮れになったから夕飯を作るんだよ」


 アリアの理屈で言えば、既に夕飯が始まってて、そうなってたらここからでも分かるくらいエレナのドス黒いオーラが噴出してるだろうしね。


「……よく分かんないけど、起きたんなら母さんの手伝いに行きなさいよ」

「起こしたのはアリア姉さんだけどね」


 やれやれ。今日はハンモックから降りずに過ごす、比較的ぐーたら出来た1日だったんじゃ無いかなって訳で、さっさとキッチンに行ってエレナのお手伝いでもしましょうか。


 ――――


「おはよー母さん。手伝いに来たよー」

「あらー。おはようを言うには遅い時間よー。それでもー、お手伝いはお願いするわねー」


 キッチンに入るなりエレナに挨拶をすると、真っ先にある一点を指さしながら挨拶を返されたんで、指示通りに壁に設置してある魔石に魔力を補充――は一旦ストップ。せっかく始祖龍の所でクズ魔石をでっかくしてきたんだ。どうせならそっちに入れ替えようか。コレと違ってどのくらい保つのか知りたいし。


「ちょっと待っててー」


 一旦キッチンを出て、亜空間からでっかくした魔石を取り出してから駆け足で戻るとすぐに魔石を交換して冷房を起動。


「あー。やっぱりこの魔道具は素敵ねー」

「だよねー。やっぱり暑い時には涼を。寒い時には暖を取りたくなるもんだよー」

「本当ねー。ところでーどこに行ってたのかしらー?」

「んー? ちょっと魔石を大きくしたんで、試運転を兼ねて実験してみようと思ってねー」


 俺としては、方法を理解するのに多少どころじゃなくて相当に骨が折れたけど、一度コツを掴めばなんて事のない技術に過ぎない常識の範囲内の出来事だと思ってヘラっと口に出したんだけど、エレナのこの反応を見ると、どうやらそうでもないっぽいな。


「リック。貴方、何を言ってるか理解してるのかしら?」

「勿論。スライムなんかのクズ魔石でも、魔道具使用に耐えられる大きさと強度になるから、めちゃくちゃ便利だよねー」


 ――と、よりぐーたらライフにとって追い風になるような出来事だと十分すぎるほどに理解していると伝えたら、急な頭痛に襲われたのか頭を抱えてしまった。


「母さん大丈夫? おばば呼んで来ようか?」

「必要ないわ。突然で悪いんだけど、夕ご飯を任せていいかしら?」

「別にいいけど……体調が悪いならおばばに診てもらったほうが良いよ?」


 ただでさえつい最近風邪を引いたばっかりなんだ。ここで更に体調を崩すような事になれば、今度は一体何日間3食作らにゃならなくなるのか。それを考えるだけでこっちも体調が悪くなっていくぜ。


「大丈夫。体調に問題はないから。ちゃんと夕飯作りなさいよ」


 そう言い残して、エレナが冷房の効いたキッチンを後にするなんて……そこまで大事かなぁと首を傾げながらも、言われたとおりに夕飯を作って始まった食卓は妙に重苦しい。

 いつもと違うその空気に、アリアもサミィも何故かこっちを見て何をしたんだと訴えてきてるけど、俺としても何をしたのかさっぱり分からんので首を傾げる事しか出来ない。


 ――――


「さて。それじゃあキッチリ話してもらうわよ」


 夕飯が終わり、後は風呂に入って明日の朝までベッドでぐーたらするぞと意気込んで席を立とうとしたら、ここから動くなと言わんばかりに両肩をヴォルフとエレナでガッチリと押さえつけてのにっこり笑顔がなんか怖かった。

 仕方なくボケーっとしてると、サミィとアリアは退室させられ、残った俺の対面に2人が椅子に座り、尋問? が始まった。


「話してって言われても、何を? ってなるんだけど」

「エレナから聞いたぞ。魔石を巨大化できるんだってな。今ここでやって見せる事は出来るか?」

「魔石がないと無理だよ?」


 流石の俺でもゼロから魔石を作る方法は知らない。あったらいいなー。それならいちいち簡単石を毎日大量に抱えて魔力切れを起こすという若干ぐーたらに反してるんじゃない? と思えなくもない


「じゃあこの魔石でやってみろ」


 手渡されたのはゴーレムサイズの魔石よりさらに大きい。一体何の魔物の魔石かなーと少し気になったけど、さっさと風呂に入って朝までベッドでぐーたらする事に比べれば――って、比べようとしてる時点で失礼だな。


「これが限界だねー」


 ゴーレムより大きかった魔石は、2回りくらいでっかくなって、ワイバーンレベルくらいになった。これを魔道具に使ったら、一体何年くらい保つんだろう。

 気になるなーとじーっと見てたらヴォルフに回収されてしまった。


「本当に出来るんだな」

「まぁね。分かったんならもういい?」

「いいわけないだろ! まったく……他に知ってるの奴はいるのか?」

「多分居ない」


 フェルト達の存在は秘密なんで、しれっと嘘を付く。俺が口を割らなけりゃ、バレる可能性もほぼゼロだしねー。


「ならいい。この事は誰にも言うんじゃないぞ」

「父さんがそう言うなら従うけど、何で?」

「知られると危険だからだ」


 ……ふむ。どうやらあまり深追いしちゃいけない事のようだ。ただ単に魔石をでっかくするだけなんだけどなー。


「じゃあ最後に1つ。ルッツに売っぱらって良いかな?」

「駄目に決まってるだろ!」

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