第275話

「失礼しますリック様。少々よろしいでしょうか?」

「え? 駄目」


 結局リンは1枚だけ持ち帰り、残りは昼飯を食い終わってからって事になり。一応邪魔にならない場所に置いてある。

 勿論運べと言われたけど無視してやった。自分で望んだ事なんだから、そのくらいは頑張んないとねー。

 ってな感じで昼飯の時間を迎えて、夕方までぐーたらしようと設置しといたままのハンモックに寝転がっていざ! って所で邪魔が入った。

 その相手は商人見習い。何か用があるっぽいけどこっちには特にないし、既にぐーたら体勢に入ってるんで、少し用事があるくらいじゃてこでも動かんつもりはない。


「あのー……」

「だから忙しいって言ったでしょ? っていうか農作業はどうしたんだよ。サボってここに来たなら、殺しはしないけどまぁ骨の何本かは覚悟しろよ」

「えーっと。一応職業体験の準備の為に、領主様より免除を言い渡されておりますが……」


 なるほど。それであれば別にいいか。ここでヴォルフに文句でも言おうものなら、じゃあお前が代わりにやるか? と言われるだろうから問い詰めるのは難しい。

 ううむ……真実か嘘かの判断が難しい。中々な一手だな。見習いと言ってもさすが商人と言った所か。


「……仕方ない。話くらいは聞いてやろうじゃないか」

「有難うございます。話というのは子供達の知識に関してです」

「何でそんな事調べてんの?」

「職業体験を行うにあたって、どの程度の作業まで体験させるかを検討するための調査をしていたんです」

「へー。そりゃご苦労さまだね」


 俺だったら面倒くさすぎて絶対にやらないな。まぁ、そもそもガキ共の学力はある程度把握してるからやる必要がないってのが正しいか。


「で、どうだったの?」

「正直言いますと、全員文字が書けるだけでも驚きですが、特に計算に関して言えば前に務めていた商店の経理の人より早い子が何人か。中でも本を抱えていた小さな女の子は今すぐにでも王都の大商会で働けるのではないかと思います」


 ふむ……あれだけ叩き込めばある程度出来るだろうと思ってたけど、王都経験者からするとガキ共の計算力は予想外に出来すぎらしい。


「あーそーなんだー」


 俺としてはガキのレベルに合わせた計算をやってただけなんだが、どうやらテンプレ通りにその辺の進歩は遅いらしい。そのおかげで奴等の将来は安泰っぽいな。5年後10年後にはその恩の大きさに感謝の言葉を述べながらむせび泣く姿が今から楽しみだな。


「そうそう。所でその本を持ってたって奴の事だけど、多分男だぞ」


 本を抱えた女とは、十中八九シグの事だろう。あの見た目であの声。ガキの頃――と言っても現状でもまだガキだけど、昔に一緒に水浴びだったり風呂に入ったりしてなかったら、おっさんでもアレは幼女と見間違えるよねー。


「またまたご冗談を。あの容姿にあの声は誰であろうと女性と判断しますよ?」


 まぁ、そうやって現実から背を背けるのも頷ける。しかし。男である証拠として下半身をむき出しにさせる訳には行かないしなー。

 バカガキだったらそうやって証明させてもすまんすまんで終わらせる事も出来るかも知んないけど、相手はあのシグだからなー。そんな事をしたら一生モンのトラウマになりそうだからな。


「成人すりゃ変わるかもよ」


 ワンチャン変声期に期待するしか無いが、ああいうのは得てして変わらない可能性がの方が大きいんだよなー。


「まぁその件はどうでもいいとして、調査した結果はどんな職業体験をさせるか決まったのか?」

「ええ。当初の予定を変更して、商人としては実際に接客をさせてみるのが良いのではないかと思っています」

「ふーん。まぁ良いんじゃない?」


 接客であれば素早い計算能力は必要不可欠だし、コミュニケーション能力も鍛えられ――って、客が村の人間じゃあ意味ないか。


「ではこの方向で進めますね」

「よろしくね。あーそれとなんだけど、朝にお前から勉強会を開けって言われたってガキが来たんだが、あれってどういうつもり?」

「興味本位です。言いにくいですが、こんな辺境で商人顔負けの計算能力をあの若さで習得出来るという一種異常とも言える方法を知りたいと思いまして」

「あっそ。でも気分が乗らないからやんないよ」

「そうですか。取りあえず勉強会を開く時には教えてもらえますか?」

「いちいち教えるのが面倒だから、周りのガキ連中からでも聞いて」

「分かりました。それで、話は変わるのですが、体験で使用する商品についてなのですが……」

「……あぁ。そう言えばそんな話もあったっけ」


 なんとなくしか覚えてないけど、ヴォルフを交えた――と言うか強制参加させられた会議の時に、商人見習いがリストアップしたのを作れとかって言ってたっけ。


「話題に出すって事は、何をどんぐらい作るか決まったったんか?」

「そうですね。正直言って、子供たちに話を聞くまではここに書き記したので十分であると思っていたんですが、体験内容に接客を組み込むとなると少し手直しが必要になりそうです」

「あーそうなの?」

「今回は話を聞いてもらって感謝します。また後日伺いますので、本日はこれで失礼します」


 ペコリと頭を下げた商人見習いはすぐに立ち去った。随分とぐーたらタイムを削られたけど、これでようやく夕飯までは堪能できるだろう。

 ハンモックに揺られながらの会話だったと言っても、余計な事に意識を割くとぐーたら率は大きく減少する。

 ちなさっきまでのぐーたら率は10%にも満たない。


「ふあ……っ。寝よう」


 夕飯まで数時間とは言え、やっぱりこのぐーたら力を回復させるには寝るのがぐぅ……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る