第274話
「さて……ぐーたらすっかな」
朝飯も無事食い終わり、畑仕事もぱぱっと終わらせた。じゃあ後は何するよって言われれば、俺の回答はだいたい1つ。そう――ぐーたらだ。
そんな訳なんで、さっさとぐーたらする為に裏庭の木に魔法でせっせとハンモックをセットしてると――
「おーい。リックー」
なんか俺を呼ぶ声が聞こえるけど無視無視。きっと風がそんな幻聴に聞こえてるだけだろう。
「おい! 無視してんじゃねーぞ!」
「あー聞こえなーい。俺はぐーたらするのに忙しくて幻聴が聞こえてるんだー」
なんて抵抗も虚しく。ドタドタと駆け寄って来たリンに肩をガシッと掴まれた。こうなったらもう相手しない方がやかましくなるんだよなー。
「で? なんだよこんな朝っぱらから」
「朝になって結構経っただろうが。んな事よりすっげぇ嫌なんだけどよ。勉強会開いてくれねぇか?」
この5年生きてきて、まさかリンからそんなセリフが聞けるとは夢にも思わなかったんで、俺の視線は自然と上へと向けられる。
流石にアリア程ではないにしろ、リンも勉強嫌いの部類にカテゴライズされる人間だからな。そんな奴が、俺の気分次第で開催してる青空教室を自らリクエストするなんて、明日は小石でも降るかも知んないな。
「やる気は全く無いけど、一応理由だけ聞いてやろうじゃないか」
ここ最近はずーっと冷房関係でぐーたらできずにいたからな。正直そんな面倒な事をしたくないんだが、リンが嫌々ながら青空教室を開けと言い出したその理由だけはちょっとだけ気になったからな。
「最近村に来たねーちゃん。知ってんだろ」
「どいつの事を言ってんのか分かんねーけど?」
買った奴隷の中に女は6人。どいつも――いや。薬師見習いの奴に関しては社交性が低そうなんで除外するとなると、残ってんのは商人見習いか鍛冶見習いの2人と狩人1人のどれかってなるな。
「えっと……ルッツみたいなねーちゃん」
「じゃあ商人見習いだな」
なんだってわざわざ青空教室なんて開くなんて面倒臭い事をさせられなくちゃなんないんだって疑問があるけど、正直言ってそんな事をいちいち確認する為に探し回るのは、畑仕事が終わった後じゃあやりたくない。
「なんか理由とか聞いてないのか?」
「んー? 別に何も言ってなかったぞ」
「じゃあ何で青空教室を開けって話になったんだよ」
確か……職業体験の話をした際に、ガキ連中にはある程度の勉強は叩き込んであるって事を言ってあった気がする。
その確認の為? と言われれば納得しなくもないけど、返答はもちろんノーだ。そんな事の為に貴重なぐーたらタイムを削るなんて真似出来る訳無いでしょ。
「知らねー。急にそのねーちゃんがオレ等が遊んでるトコに入って来て、色々と話してたら急に勉強会の話になったんだよ」
「その色々な部分が大事そうな気がすんだけど」
「まーいーじゃん。とにかく勉強会は無理って事なんだろ?」
「ああ。だって面倒臭いし、リンもやりたく無いだろ?」
「当たり前だろ。なんの役にもたたねーもんを教えられたってつまんねーだろ。それだったら魔道具の事を教えろー」
「教えろって言われてもなー」
正直言って、魔道具に関して教える事なんて何も無いんだよねー。
もしあるとするなら、どんな魔法陣があるのかってくらいじゃないかな? 彫り方に関しては練習あるのみだし。魔導インクは買えば済む話だからな。
一応完成品の出来について評価したりしてはいるけど、魔法陣の線がガッタガタって事以外何も言えない。
「ちなみにこれが1番最近作った魔道具な」
随分と自信ありげに服の中から取り出した土板をずい……と俺に向けて突き出して来たんで受け取って確認してみると、確かに自信があるのも頷けるって出来だな。
「ふむ……悪くないんじゃないか? 円の歪みも少ないし、記号の不備もないっぽいし。試しに魔導インクを入れて起動実験してみるか?」
「そんなのするに決まってんだろ! っていうかさっさとやれよ!」
「はいはい。ちょっと待ってろ」
ゴソゴソとポケットを漁るふりをしながら、亜空間から魔導インクの入った瓶を取り出す。
「ちょーっと待ってろー」
あの円を描ける道具のおかげで、以前と比べて格段に良くなってると言っても、当たり前だけど俺のと比べると雑なんで、念の為にインクの量を少なめにして出力を小さくして――っと。
「よし。これでいいだろ」
「オレが点けるオレが点ける」
「はいはいどうぞご自由に」
グイグイ迫るリンをウザく感じながら、着火用の魔石を魔道具と一緒に無魔法で渡してやると、となんとも微妙な顔をしやがったが、すぐに興味が別に移ったようで起動させた。
するとすぐにオレンジの火がぽっと灯る。
ふむ……魔力の流れも少なからず滞ってる場所はあれど、すぐに壊れたりする程じゃ無さそうだから大丈夫だろう。
「おいリック。これって……成功って事でいいんだよな?」
「良いんじゃないか?」
火力としては予想してたより弱めかも知んないけど、ちゃんと稼働する事が証明された。つまりは商品として売れるんじゃないかと思う。
「やったー! なぁなぁ。これってルッツに売れるかな?」
「聞いてみたら良いんじゃないか?」
多分だけど売れると思う。今までに無い――かどうかは知らんけど、円を綺麗に描ける道具のおかげで随分と安定した火力が出せてるし、エレナかルッツから聞いた従来品と比べるとひと回りくらいだけどサイズダウンに成功してるからな。喜んで買い取ってくれるだろう。
「もし売れたらどうしようかな? もっと作ってとか言われっかな?」
「可能性はゼロじゃないと思うぞ」
「じゃあ何個か作っておきたいから、この板何枚かよこせ」
「はいよー」
リンが自ら望んだ事なんで、全力と言わないまでも半分くらいは叶えてやろうと土板を数枚作って手渡してやると「ぐぎゅ」とか変な声を出して押しつぶされた。
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