第273話

「うーん……どうするべきかね」


 フェルトに大量のクズ魔石を押し付け――げふふん。ちゃんとでっかくするようにお願いしてきた翌日。

 いつもより15分も早く、自らの意思でベッドから這い出して起きると言うぐーたら道の門下生としては信じられない行為をしたのにはもちろんそれ相応の理由がある。じゃないと普通にぐーたら神から説教を食らうからな。

 そしてその理由ってのが、でっかくした大量の魔石をどうすっかな……ってモンだ。

 作ったは良いけど、これだけの魔石……絶対怪しまれるよなー。

 まぁ、それ自体はどうでもいい。魔法で出来ますねん。と嘘っぽく聞こえるマジ話をしておけばなんとでもなるけど、問題なのはこれが売れるってなって、金儲けの為にブラック労働を強いられるかもしれない方だ。

 そうなった場合は、冷房を取り上げたり酒の購入量を減らせば割とどうにでもなりそうだな。

 これがちょっと前だったらエレナをどうやって攻略したもんかと頭を悩ませてただろうけど、今となってはちょろい相手になってしまったようだな。


「ふあ……っ。そうと分かってたらもっと寝ておくんだった」


 考えが至らないばっかりに余計な早起きをしてしまった。こんな事だとぐーたら神に呆れられるならまだいい方。最悪考え足らずってなって昇段試験が遠のいてしまう。

 それでなくともここしばらくはそんな話が上がってないって言うのに、これ以上遅れたらぐーたら神に見限られてしまうかもしれない。出来る事ならそれは避けたい。


「いつまで無視してんのよ!」

「痛ぁ!?」


 割と真剣に悩んでると背中に衝撃が走り、その勢いのまま床を2回3回転がって壁に激突。朝から酷い目にあわされたな。


「もうちょっと加減できないの?」

「十分加減してやってるわよ。あのくらい踏ん張れないから、アンタはいつまで経っても貧弱なのよ。これに懲りたら少しは足腰を鍛えたりしなさい」

「断る。俺には俺のやり方があるからね」


 5歳の体でハードなトレーニングをしたって意味はない。ひと昔前は背が伸びないなんて言われてたのも懐かしいね。

 とにかく。なんと言われようと今の訓練の量とペースを変えるつもりはない。特にアリアと同じだけの訓練なんて普通に死ねる。前生きてたのは奇跡に近いな。

 まぁ、そのせいで随分と長い間不自由な生活を強いられたけどな。あれは本当に辛かったなぁ……。

 家族からはぐーたらと勘違いされたし。指一本動かすだけでも、生きてるのがしんどいと思っちゃうくらいの痛みが全身を駆け抜けてたしね。

 とにかく最悪としか言いようがない時間だったね。金輪際あんな地獄は味わいたくないからな。どんな手を使——転移魔法は流石に除外しよう。コレばっかりは表に出す気はないからな。それ以外の方法で逃げるつもりだ。


「で? 何しに来たの?」

「決まってんでしょ。アンタを起こしに来てあげてんじゃないの」

「別に頼んだ覚えはないんだけど?」


 睡眠はぐーたらに関連する事なんで、記憶に関してはバッチリ覚えてる自信があるから、絶対にぐーたら神に喧嘩を売るような真似をする訳が無い。


「いつも起きるのが遅いから親切で起こしてやってんのよ」

「じゃあ迷惑だからもうやんなくて大丈夫だよ」


 大前提として、この家で特別な理由もなく食事の時間に遅れる事がどれだけ命知らずな事かわかってない馬鹿はいない。

 もちろんぐーたら神だろうとその怖さは骨身に染みているから、1日中ぐーたら寝て過ごすと言う事については、現在推奨していない。

 勿論。いずれ成人して1人暮らしするようになったらその限りじゃないとの事。

 なので、いちいち誰かに起こしてもらわんでも大丈夫なんだよね。


「とか言いながらいつも遅いじゃないの」

「でも寝坊した事無いでしょ? むしろ父さんとアリア姉さんの朝の訓練の方が危なっかしいと思うんだけど?」


 ご存知の通り。アリアは俺のぐーたら道とは真逆に位置する道を進んでおり、訓練に集中すると同じように時間を忘れちゃうんだけど、違いの1つとしてコイツはそれに気付けないって大きな弱点がある。

 そもそも、この世界で生きてるほとんどの連中は、時間って概念が欠如してる。この村で敏感なのは、俺か製薬の為には必須技能と言ってもいい薬師組くらいだ。

 だから毎日毎日俺が呼びに行ってるっていうのに、アリアもヴォルフも時間にルーズなままこれっぽっちも成長しやしない。


「う、うっさいわね。別にアンタが呼びに来るんだからどうでもいいじゃない」

「その割には呼びかけに応じないじゃん。そんなんじゃ、魔物に奇襲とかされてあっという間に殺されるんじゃないの?」


 こんなんでも一応家族だからな。成人して冒険者となって早々に、魔物にやられてお亡くなりに……なんて聞きたくないぞ?


「馬鹿にすんじゃ無いわよ。魔物の接近くらいすぐ分かるように訓練してるっての」

「ふーん……」


 まぁ。さすがのヴォルフもそのくらいのことは普通に鍛えてると信じたいけど、日頃の行いを見てる限りだとその信頼も薄いんだよなー。

 とは言え、そういう命に関わる事に関して言えば、きっとエレナも口を挟んでくれるだろうからその辺は一応信頼しておこうかな。

 あくまでヴォルフにではなくエレナへの信頼という事で。


「そんな事より訓練はいいの?」

「そうだったわね。いつまでもアンタの相手なんてしてらんないのよ」


 そう断言するなら、最初から俺を起こしに来なければいいのになー。一体何のためにほぼ毎日俺の事を起こしに来るんだろうね。

 正直言っていい迷惑でしかないし、あっちとしてもわざわざ訓練の時間を削ってまでする事のメリットが見出だせない。


「やれやれ……本当に止めてくれないかなー」


 取りあえず、エレナに相談してみるかーとキッチンでついさっき起こった事を一通り話してみたら――


「あらあらー。姉弟仲が良くてお母さんも嬉しいわねー」


 どうやらエレナの耳は完全に腐っているらしい。一体どこをどう切り取ったらそんな回答になるのかちんぷんかんぷんだし、この様子だといつも通り使い物にならないようでガッカリだよ。

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