第267話

「さて……それじゃー村に行ってくるねー」

「はーい。いってらっしゃーい」


 キッチンの魔石に魔力を入れ、朝飯を食い終わって数時間ぐーたらしたいという欲求を押しのけて立ち上がり、ゾンビが徘徊するような速度で家を出て、虫が這うような速度で土板に乗り込んで、一旦考える。

 先に畑仕事を終わらせるか。

 先に始祖龍のトコに行くか。

 どっちもぐーたらライフを送るのに必要な労働だけど、昼までの時間じゃあ片方しか片付けられない――いや、したくないっていう方が正しいか。わざわざ両方解決しようとして時間がカツカツになるのは教義に反する。

 となると……時間がかかりそうな始祖龍の方を済ませるか。そもそもあいつがいまだに薬草園に居るかどうかも知らんし、居なかったらフェルトに伝言を残して改めて畑仕事を終わらせれば、夕方までじっくり話を聞いて実験に充てる事が出来るんじゃないか?


「うん。それが1番効率が良さそうだ」


 もし普通に始祖龍が居たらそのまま魔石をでっかくする方法を聞き出せばいいだけだしな。これにはぐーたら神もニッコリ笑顔になっている事だろう。

 そうと決まれば、早速いつもの洞窟で転移しようと思ったんだけど、入口すぐ近くになにやら見覚えのあるやつがいるじゃあないか。


「こんなとこで何してんの?」


 ゆっくりと振り返ったのは薬師見習いの元奴隷。それがしゃがみ込んだままじーっと地面を眺めてた。


「あれ」

「ん?」


 指さす先にはなんか草があるのでとりあえず鑑定魔法をかけてみると、何故か味覚破壊の魔力回復薬に使える薬草だという結果が出た。


「魔力回復に使える薬草だねー」

「……分かるの?」

「魔法を使ったからねー。で? 農作業はどうしたんだ?」

「当番。違う」

「ふーん……」


 それなら別にいいか。サボりだったら土魔法で全身を拘束して畑に数日間埋めてやってるところだったが、そうじゃないなら何も問題はない。誰にだって自由な時間は必要だろうからね。


「ところで? 薬師の訓練は順調?」


 一応薬師見習いって事で、時間がある時はおばばの所に修行をつけてもらうように頼んであるが、農作業が第一なんでアレザほど厳しくしないでねとは言ってあるんで、逃げ出すほどじゃないと信じたい。


「師匠。すごい」

「へー」


 どうやら王都で薬師見習いをしてたこいつから見ても、おばばの腕前は凄いらしいけど、そう聞けば聞くほどなんでここに居るん? と首をかしげたくなるが、今は優先順位が違うんでこの辺で切り上げるか。


「じゃあ俺は行くけど、まだここにいんの?」

「ん。調べる」


 ちらっと奥に目を向けると、全く気にしてなかったけどポツポツと何やら草が生えてるのが見えるんで、アレを調べるって事でいいのかな?

 とりあえずここが転移に使えないって事は、別の場所で転移するしかなくなるのがちょっと面倒くさいんだよなー。

 どこかに人目につかなくて目隠しにもなって遠くも近くもない洞窟なり森なりがあればいいんだけど、そんなのがあれば薬師見習いを発見した時点でそっちに向かってるっての。


「しゃーない。面倒だけどあれするかー」


 まずは光魔法で姿を隠して。

 次に地上10センチくらいを浮いてた土板を、カタパルト射出するような速度で垂直に上がりに上がって成層圏。このくらいまでくれば雲が目隠しになってより視認が困難になるだろう。


「転移ー」


 く……っと魔力が減る感覚に特に何も思わずぼけーっとしてると、すぐに景色が切り替わって、青と白だけだった世界が一瞬で緑の薬草園と気持ち悪ぃ青色の葉を茂らせたクソ木が。

 ちらっと別荘裏に目を向けるも始祖龍の姿はない。こうなる可能性を考えなかった訳じゃないけど、改めて現実として突き付けられると全身に疲れがどっとのしかかって来る。


「ん? また貴様か」


 別荘裏を恨みがましく眺めてると、薬草園の中から雑魚エルフがひょいと現れた。相変わらず魔力が察知できないようで、欠片も成長しとらんようで先行きが不安になる。


「なんだその小馬鹿にしたような顔は!」

「実際馬鹿にしてるんだよ。人の魔力も探知できない雑魚のままなんだなーって」

「ぐ……っ!」

「それに魔法の実力もへぼだしぃー? エルフのくせに人間に負けてるんだから、馬鹿にされても仕方なくね?」


 俺に文句が言いたいなら、少なくともフェルト並——はまぁ無理だろうから、最低でも魔力の感知が出来ないとね。そのくらいできればまぁ頑張ったじゃん。と褒めてやらんこともない。


「……何をしに来た。また薬草の無心か?」

「今回はそれじゃないけど、ここにあるモンは俺のなんだから無心していいのは当たり前でしょ?」


 何しろここは、俺が作り上げた場所だ。薬草もあのクソ木もいわば俺の所有物。いちいち誰かに確認する必要なんてない。毎回フェルトに薬草採取を頼んでるのは、必要な薬草を探すのが面倒だからに他ならない。

 だけどなんなんだろうね。急に雑魚エルフの魔力が渦巻き始めた。つまり魔法を使う前段階に入ったという事になる訳だけど、なんだって急にそうなったんだ?


「おい雑種。貴様今、ここにあるものすべてが自分のだとほざいたのか?」

「んぁ? なに当たり前のことを言ってんだ?」

「ならば死——うげがばっ⁉」


 なんかしようとしてたっぽいけど、背後から飛んで来てた水球が雑魚エルフの頭部を包み込み、何やら微細な振動をしたなーと思ったら白目をむいてぶっ倒れそうになったんで、無魔法で放り投げる。


「ふぅ。危うく薬草が潰れて駄目になるところだったじゃないか」


 水球が飛んできた先に文句を言いながら土板に乗り込んで近づくと、ビーチチェアーっぽい椅子に寝転がって優雅なひと時を満喫してるっぽいフェルトの姿がある。


「それはスマンかったのぉ。少々寝ておったせいで反応が遅れてしもうたわい」

「まぁいいや。そんな事より始祖龍居ないみたいだけど?」

「当然じゃろ。あ奴はすでに自分の巣に帰しておるわ」

「じゃあ悪いけど、数時間後にまた来るからそれまでにここに呼んでおいて」

「何故じゃ?」

「前に魔石をでっかくしてたじゃん? アレを俺もやりたいから教えてもらおうって思ってね。じゃあお願いねー」


 さっさと要件を済ませた俺は転移で村にとって帰り、急ぎ足で畑仕事に精を出した。

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