第266話
「リックちゃーん。朝よ起きなさーい」
「んぁ? 母さん?」
目を覚ましたらエレナがそこに居る訳なんだけど、どういう事だか逆さまに見えるじゃないか。
全く働かない頭でしばしボケーっと考えてるとじわじわと目の前がぼんやりと――
「なんでベッドから落ちてんの?」
視界がぼんやりとし始めたのは頭に血が上って来たからだった。体を左右に揺らしてベッドから下半身を落としてのそりと起き上がる。
「もう少し普通に起きればいいじゃないー」
「これが俺の普通なの。っていうか何でベッドから落ちてんの?」
なんか俺の話を聞いてなかったっぽいんでもう1回同じ質問をエレナにしてみると、どういう訳か不思議そうに首をかしげるじゃないか。
「お母さんは知らないわよー? 調理場の冷房が動かなくなったんでリックちゃん呼びに来たらー、ベッドから半身落ちてたんだからびっくりしちゃったわー」
いけしゃあしゃあとよくもそんな嘘が出て来るもんだね。生まれてこの方、ぐーたらを身上とするこの俺が、ベッドから体を離すなんて事をやる訳がないだろう。確実にエレナが何かした――この場合は、俺を起こそうと乱暴にゆすったら、ベッドからずり落ちたってのが顛末だろう。
「ふーん……そうなんだー」
「そうなのよー」
「それを俺が信じると思うの?」
「お母さんは嘘をついてないわよー? リックちゃんが寝相がいい事は赤ちゃんの頃から知ってるものー」
……まぁ、赤の頃からおっさんだったからな。寝相がいいのも当たり前だが、何よりぐーたら神を信奉し、ぐーたら道を究めるためにはどれだけ集中してベッドに居られるかは重要な修行の1つ。
これを疎かにしては5級に上がる事まかりならん。と言われるくらいには基礎に近い技術……って言えるほどでもない物なんで、こんな無様な姿をぐーたら神が見たら天罰を落とされるのは重々承知してる。
「じゃあなんだってあんな格好で寝てたのさ」
「お母さんに言われても困るわー」
うーん……ここまで否定するって事は、多分本当のことを言ってるんだと思う。さすがのエレナだって、俺の不興を買えば冷房と砂糖がどうなるのかくらい分からないほど馬鹿じゃあないからな。
となると一体誰が……って、こういう事をするのは脳筋姉くらいか。
「じゃあアリア姉さんだね」
そもそも何をしに来てなんで俺をベッドから落として去っていったのか。その辺が全く理解できないんだけど、そもそもアリアの言動のほとんどが理解に苦しむもんばっかだしなぁ。
「アリアちゃんー? アリアちゃんならお父さんと訓練してるわよー?」
「とりあえず問いただして反応を見てみるよ。冷房はその後ね」
まだアカデミー主演女優賞ものの演技をしてないと決まった訳じゃないからな。その疑惑が晴れるかどうかはアリア次第ってところだね。
「それじゃあーお母さんはリビングで待ってるわねー」
どうやら冷房が直らない限りは朝食を作らないらしい。
一瞬子供の成長はどうでもいいの? と思わなくもなかったけど、アリアを問いただしてエレナに説教してもらうまでにかかる時間はどう頑張ったって1時間もかからない。
ならちょっとした休憩時間と解釈する事も出来るか……。やはりぐーたら道の才能があるな。
——————
「おーやってるやってる」
重い足を引きずって裏庭にやってきたら、相変わらず圧の訓練っぽいのをやってる。そのおかげでこっちは静かな睡眠を得る事が出来て喜ばしいし、いちいち魔法を使わんでも声が届くのが楽でいいね。
「ん? もう朝食の時間か?」
「いいや違うよ。ちょっとアリア姉さんに話があってね」
「アタシ? 話って何よ」
「朝に俺の部屋に来た?」
「今日は行ってないわよ。昨日たくさん魔物を倒して疲れてすぐ寝っちゃったし、ちょっと寝坊しちゃったから」
……見た感じ嘘をついてるっぽく見えないな。とはいえ、体力馬鹿で脳筋のアリアがあの程度の魔物退治くらいで疲れていつもより早く寝た上に寝坊ってのはちょっと疑わしいアリバイだなー。
アリアはいつまでたってもぐーたらを怠けと勘違いし続けてる脳筋。それが寝坊というぐーたらに近い事をするなんてどう考えたっておかしいじゃないか。
「なんでそんな事を聞くんだ?」
「起きたら上半身がベッドから落ちてたから。目の前に母さんが居たんだけど違うっていうから、ここ最近起こしに来るアリア姉さんが怪しいってなって」
ちらっと目を向けるも、やっぱり目立った反応はない。とはいえ言い訳が若干嘘くさく聞こえるんで、犯人の第1候補である事に変わりはない。
「あんたの寝相が悪いだけじゃないの?」
「アリア姉さんと違って、生まれてこの方、ベッドから落ちるなんてぐーたら道に反する事をした覚えはないよ」
「なによ。アタシだって父さんに訓練してもらってから寝相はいいわよ」
「隙のない寝相は野営では必須だからな。これが出来る出来ないで夜襲をかけられたり窃盗に巻き込まれたりする頻度が減るぞ」
寝相1つでも訓練か……説明を聞けば確かに必須技術みたいに聞こえはするんだけど、親も親なら子も子だな。
「まぁそれはいいとして、アリア姉さんが訓練に遅れるなんて真似をするのは滅茶苦茶怪しい。俺がぐーたらをやらな――」
言葉を続けようとしたら急に心臓が握りつぶされるんじゃないかって激痛に思わず蹲って胸を押さえる。
「ど、どうしたんだリック」
「いや。これ以上はぐーたら道に身を置く者として言っちゃいけないらしい」
危ない危ない。あれ以上言葉を続けていたら今世が終わるところだったぜ。心にもない事とは言え禁忌を犯すところだったな。言葉遣いには気を付けないと。
「ええと……俺のぐーたらと同じくらい訓練をいの1番に持って来てるアリア姉さんが寝坊なんて、絶対嘘でしょ」
「……確かにそう言われると怪しく聞こえて来るな」
「ほら見なよ。アリア姉さんが寝坊とか言うのがやっぱりおかしいんだよ」
ヴォルフからも太鼓判が出たって事はもう確定だろ。
2人でじっと白い眼を向け続けるも、結局尻尾を出すことはなかった。
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