第257話

 昼飯を食い終わり、さーてこれから鶏肉がどんなもんなのかと調べるために、エレナに調理場を貸してもらってさぁ始めるかと鶏肉を前にしてるわけだけど――


「……なんでいるの?」


 ちらっと対面に目を向けると、ものすごく不機嫌そうな顔をしてこっちを睨んでるアリアがいる。


「なによ。アタシが居たらまずいっての?」

「別に駄目じゃないけど、訓練はいいの?」

「父さんが身が入ってないって言ってさせてくれないのよ」


 ぽつぽつと語るその内容によると、ハーフエルフが居なくなったショックが大きすぎたせいか、朝の訓練で細かいミスが目立って珍しく怒られたんだそうで、罰として1日訓練禁止を言い渡され、何もやる事がないと途方に暮れていたら、俺が調理場で何やら始めるみたいな話をしてたから、こうして見学に来たらしい。


「ふーん……まぁいいけどね」


 見られたくらいでどうにかなるほどやわじゃないしね。

 さて、まずは普通に1口大に切って焼いて食う。


「……普通だなー。姉さんも食べる?」


 1つ皿にのせて土で作った楊枝を刺して差し出すと、何も言わずに口に放り込んだ。


「あんま美味しくないわね」

「だねー」


 結構な速度で縦横無尽に飛び回ってたからか脂身がほとんどなくてパサパサなうえにその運動量も相まって結構硬いんで、このまま食うにはさすがに厳しいが、それでもから揚げが食いたい。

 小麦粉を薄くつけてウルフの油で揚げてみる。


「うん。見た目は美味そうだ」

「どれどれ――」


 アリアがひょいと奪い取って口に放り込む。揚げたてだから熱いと思うんだけど、特に意に介してないところを見ると問題ないようだけど、不機嫌そうな表情が少し緩んだように見える。


「どう?」

「焼いたのより美味しいわね」

「ふむふむ」


 俺も一口。うんうん……確かにどういう訳か硬さが減ってサクサクとした触感になったけど、まだパサパサ感は残ってるとはいえ食えないほどじゃない。塩だれをかけたりスープと一緒にすれば多少はごまかせるだろ。

 それからも。ミンチにしたり茹でてみたり塊のままスープに放り込んでみたりといろいろな食べ方を模索した。


「ふぅ……さすがに食いすぎたね」

「そうね。夕飯食べられるかしら?」


 2人で1羽丸々食った結果、ちょっと動くのがしんどくなった。アリアの言葉通りに夕飯がちょっと心配になるけど、そうなる程度には食べる事が出来る食材って事が分かったんで、破棄する必要もなくなった。


「あとそっちのはまだかかるの?」

「姉さんお腹いっぱいって言ってなかった?」

「気になるだけよ」

「まぁいいけど。こっちは夜までかかるかな?」


 アリアが気になってるのはキッチンの奥でずーと煮込まれてる鍋。中身は鳥の骨——いわゆるガラをコトコト煮込んで旨味を抽出してる最中だ。


「骨なんか煮込んで美味しいの?」

「姉さんは最近スープが美味しくなったって感じないの?」

「……もちろん気付いてるわよ。アタシが言ってるのは、鳥の骨がって事よ」


 嘘だね。あれは気付てない。そもそも脳筋アリアにそういった事を求めるのが間違ってるんだが、言ってる事は間違ってないんだよなー。

 匂い的には美味そうに感じるけど、飲んでみなくちゃ分かんない。


「その辺は出来上がってからだね」

「ふーん……」


 後はボケーっとぐーたらしつつ時々鍋を見てるだけでやる事はほとんどない。ないんだけど、アリアは出て行こうとはしない。かといって追い出したりしたらまた文句を言いつつ殴ってきそうだからなー。


「ねぇ」

「なに?」


 テーブルに突っ伏してぐーたらしてたらアリアが声をかけて来たんでそっちに目を向けると、不機嫌そうな顔をしたままじーっと俺を睨んでる。なんなんだろう?


「アンタって圧出せる?」

「母さんとか父さんみたいなのは無理」


 一応魔力で圧を与える事は可能だけど、これは魔力を持ってない人間にやっても意味がない。だから無理と言っておく訳だけど、なんだって急にそんな事を聞いてくるんだろう?


「使えないわね」

「無茶言わないでよ。俺は魔法使いなんだから」

「それもそうね。そういえば、前にアタシの訓練手伝った魔法があったわね」

「そんなことあったっけ?」

「なんで覚えてないのよ」


 全然覚えてない。っていうかアリアの訓練を俺が手伝うってのが無理があると思うんだけど、こと戦闘に関して言えば抜群の記憶力を誇るアリアの言葉だしなぁ……。


「どんなのか覚えてる?」

「無数の剣が浮いててそれが縦横無尽に襲い掛かって来るってやつ」

「……全然覚えてないけど、出来ない事がない魔法じゃないね。それが何なの?」

「あれ使えるなら、今度アタシの相手しなさい」

「嫌だよ面倒臭い」

「……あっそ。ならいいわ」


 おや? 珍しくアリアがあっさり引いたな。てっきりまた暴力で従わせるもんだとばかり思ってたんだけど、なんもする事なく居なくなった。

 なんだったんだろうと少し思ったけど、被害がないんであれば別にいいやと気にする事なくテーブルに突っ伏して鍋をボケーっと眺める。


「……あらー。ここにずーっと居たのー?」

「んー? 母さんどったのー?」

「もうそろそろ夕飯の時間よー?」

「そうなんだ……」


 ボケーっとしてたらいつの間にかそんな時間か。

 グツグツ煮込んだ鳥ガラも随分と水かさが減ったなーとのぞき込んでると、横でエレナが不思議なくらい機嫌がよさそうな笑みを浮かべてる。


「なんかいい事でもあったの?」

「うふふー。そう見えるかしらー?」


 一応見えるから言ってるんだけどな。

 それにしても、本当にどうしたんだろう? ここまで機嫌が良いエレナを見るのは本当に久しぶりだ。前は確か……あぁ。それの前に砂糖の一件があったな。あの時も大層機嫌が良かったな。

 それと比べ――る事は出来ないか。そこまで細かく覚えてないし。


「で? なにがあったの?」

「アリアちゃんと仲直りしたんでしょー? さっきすれ違ったけどうれしそうな顔をしてたわよー」

「はい?」


 仲直り? そもそも喧嘩をしてた訳じゃないんだけど? それにどこにそんなやり取りがあったんだろう。記憶力の悪い俺でもちょっと前までのやり取りくらいは覚えてるが、そんな気配はどこにもなかったけどなー。

 まぁ、なんか機嫌良さそうだし、そういう事にしておこう。


 あ。ついでに鳥ガラを使ったスープはメチャ美味だったよ。

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