第251話

「ん……っ。よく寝た気がする」


 今日は朝の訓練の音の対策として、ぬいぐるみの綿を耳に詰めて即席の耳栓として使ってみたんだけど、結果として案外悪くなかったんで最終日まではこうして騒音対策をしておこう。

 さて……あんまりやる気はないんだけど、やらないとうるさいからね。

 商品か……ガキ相手ってなるとそう凝ったモンじゃなくても良いいだろうってなると、コップとか皿とかって小物がいいか。これなら毎日見てるから、渡し間違いとかをしたりしないでしょ。


「うーわうるせ……」


 土魔法で作るために窓を開けると、耳栓をしててもガンガンギンギンと土剣同士が激しくぶつかり合う音が聞こえてくる。こんな朝っぱらからよくもまぁ飽きもせず訓練を受けられるもんだ。


「造形」


 とりあえずコップと皿を数個づつ作って終わり。ほかにフォークとスプーンも用意しておくか。

 さて。次は魔道具だな。こっちに関しては1枚だけとはいえ集中力が要るからな。面倒臭さはコップとかの比じゃない。

 じーっと眺めて魔法陣を円盤に焼き付けるイメージで――


「リック起きてるか?」


 ここぞ! ってタイミングで部屋にヴォルフが入ってきたせいで思いっきり魔法陣が歪んだ。おかげでまた1から円盤にし直さなくちゃいけなくなった。面倒臭い。


「起きてるけど?」

「お? それが商品か?」

「そう。ガキでもわかりやすいようにいつも使ってる日用品にした」

「なるほど。じゃあこれを確認に回すが構わないか?」

「いいよ」


 そう言ってコップとか一式を持ってヴォルフは出て行った。

 やれやれ……朝から酷い目にあったな。ミスリルが混じってるから捏ねて円盤に戻すのって少しだけ面倒くさいっていうのに。


「よし」


 日課を終えてキッチンに向かう道中、リビングに目を向けると見覚えのある商人見習いがさっき俺が作った日用品をじっと眺めてて、その対面にはヴォルフもいる。


「こんな時間から何してんの?」

「見てわからないか? 打ち合せだ」

「ふーん……朝早くからご苦労さんだね」

「リックが遅いだけで、みんなもっと早くから働き出してるんだぞ」

「俺はもっと寝てたいんだけどねー」


 可能なら好きなだけ寝てたいけど、ご飯を食べないとエレナに怒られる。だからこうしてしんどいのを我慢して起きてきてるのだよ。


「よくそんなに寝れるな」

「若いからね」

「父さんだってまだ若いからな」

「そうだねー。ところで、なんか不具合でもあった?」


 大した数じゃないんでそう長くかかるはずもなく、ヴォルフとの会話を妙に緊張した面持ちで聞いてた見習い商人に問いかける。


「いえ。私の目から見て問題らしい問題はなかったです。しいて言うのであれば、取り扱うのが子供という事なので、大きさをもう少し小さくした方がいいかと……」

「なるほど。そこはうっかりしてたな」


 うちで使ってる食器類はほとんど俺の手——じゃなくて魔法作りなんで、無意識にそれぞれのサイズに合わせて作ってたけど、今回のそれは普通に大人サイズだったんですぐさま修正。


「すご……あっという間」

「こんなんでいいか?」

「あ、ありがとうございます。ではこれを――各20づつおねがいします」

「20かぁ……まぁ、妥当っちゃ妥当か」


 多くも少なくもない丁度いい感じ……なのかなぁ? こんな事なら皿とコップだけでよかったかもな。


「体験と銘打っているので、商品の数は多いに越したことはないですよ」

「なんも言ってないけど?」

「見習いですけど商人ですので、表情の変化で相手の考えを多少なりとも把握出来るんです」

「ふーん。とりあえず努力はするよ」


 コップとか皿程度であればぐーたらしながらでも作れるから大丈夫だろ。


「成功はリック様にかかってます。あと、領主様より頂いた羊皮紙に商店の図面を描いてお持ちしましたので、期限までに建築していただけるようお願いします」

「どれどれ」


 受け取った羊皮紙を開いてみると、やっぱり詳細じゃない1枚絵がデデン! と書いてあるだけで、広さだとか内装だとか言った物がなーんも分からないんで、一目見ただけで放り投げた。


「ああっ! なにするんですか!」

「こんなんで建物作れるか馬鹿。もう1回描き直してこい」


 羊皮紙がもったいないんで、今度は土板と土筆をパパっと作って投げ渡す。


「じゃあどう描けばよいのですか?」

「あ? こんな感じだろ」


 不動産なんかでよく見た図をそのままこの家に当てはめて土板にゴリゴリ彫る。


「ほれ。次はこんな感じで持って来い」

「「……」」


 ずい……と見習い商人に土板をつきだすと、見習い商人——と一緒になぜかヴォルフまでビックリしてように見えるがどういう事だ?


「うん? 聞いてんのかー?」

「聞いてないんじゃないかな? リックが作ったそれは、そのくらい驚きに値するものって事なんだと思うよ?」

「別にただの建物の間取り図でしょ。サミィ姉さんも特に驚いてないし」

「あはは。僕はこういう事はさっぱりわからないからね。あくまで反応に対する姿を見て、そうなんじゃないかって思っただけさ」

「なるほどねー」


 たかが見取り図されど見取り図ってか? こんな簡単なもんでそこまで驚かれるのは今更だからどうでもいいんだけど、そろそろ見習い商人には出て行ってもらわないといけない時間だな。


「サミィ姉さん目をつぶってねー」

「ああ分かった」


 俺が何をするのかすぐに察したんだろう。きつく目を閉じた上に顔を手で覆うようにしたのを確認して、光魔法で部屋が真っ白になるくらいの閃光を放つ。


「「ぎゃあああああああああ‼」」

「はい。気が付いたならお前は帰って父さんはアリア姉さんを呼んで来てねー」


 余計なやり取りのせいでキッチンに行くのが遅れてしまった。

 当たり前だけどエレナは黒いオーラを纏ってたんで、身の安全のために遅れた理由をかくかくしかじかと説明をすると納得してくれたようで、いつもの穏やかなエレナに戻ってくれた。

 はぁ……せっかく耳栓ってナイスアイディアでいつもよりぐっすり寝れた気がするのに、朝からどっと疲れた。

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