第245話
「ふあ……っ。寝たりない」
翌日。おばばの薬を飲んで出来る限り精の付く物を食べさせたりしてたらあっさりとエレナの体調不良は完治したし、アリアもアリアであの元気のなさが嘘のように元に戻った。
まぁ、その分また計算能力が低下したんだけど、ギリ1桁の計算が出来るくらいの知恵は生き残ってくれたらしいが、体調を崩すほどの勉強を叩きこんだ結果がそれって聞いて、エレナの笑みが引きつってたのは印象的だったなー。
そんなこんなでいつも通りの平和な時間が戻った訳だけど、まだ残ってる面倒があるんだよね。
冷房と姫ちゃんのぬいぐるみよ。どっちもぐーたらライフにとって大切な仕事だって頭では理解してんだけど、昨日1日料理をするためにぐーたらを犠牲にしたせいもあって本当にやる気が起きない。
「まぁ、仕方ないでしょ」
エレナの体調不良は予期せぬアクシデントだ。それによって予定が崩れるのは避けられないんだから、1週間くらいぐーたら力の回復に努めたっていいんじゃないかなと問いたい。
「……起きるか」
いつまでも寝てたいけど、そうしてるとすっかりいつもの脳筋ぶりを取り戻したアリアが飛び込んでくるからな。
最近になって急に毎日起こしに来るようになった意味が全く分かんないだけに若干怖いんだよね。
のろのろと着替えを済ませ、今日からは料理手伝いに格下げになった事に内心喜びの舞を踊りながら部屋を出ようと戸を開けたら何かとぶつかって半分くらいまでしか開かなかった。
「うん?」
なんだろうと隙間に身体をねじ込んで廊下に出てみると、戸のすぐそばで蹲ってるエレナの姿があった。
「どうしたの母さん?」
「リックちゃんー……貴方のせいよー」
「あぁ……もしかしてぶつけた?」
まぁ、ぶつかった感触があったしね。しかし何でここにいるんだろう? 一応体調は戻ったし朝飯作りをしてるはずなのに……なんで?
「いたたー……相変わらずリックちゃんは気配が薄いわねー」
「それで? なんでここにいるの?」
「アリアちゃんの代わりに起こしに来たのよー」
「ふーん……今度はアリア?」
「違うわー。お母さんが起こして来てって言う前に訓練に行っちゃったのよー」
「あぁなるほど」
多分だけど、勉強のせいで中止になった訓練分を取り戻そうとする本能がそうさせるんだろう。これでますます頭の中から計算式が消えて行かない事をただただ祈ろう。
「そじゃあご飯づくりしましょうかー」
「あーい」
さて、今日もいつも通りご飯づくりを手伝った。オーク肉は餃子に全部使ったんでもうないから、今日の朝はケバブもどきです。
「じゃあ2人を呼んで来てちょうだーい」
「分かったー」
今日は圧の訓練じゃなくてちゃんとしたぶつかり合いをしてるようで、調理中ずっとうるさかくて何度魔法で洪水を起こして黙らせてやろうかと悩んだくらいだ。
案の定、裏庭に行ってみると高速で動いてるんだろう。ほとんどアリアの姿が見えないし、ヴォルフは棒立ちのまま腕を振り回してるっていつもの光景がある。
「おーい。ご飯だよー」
……呼んでも反応なし。いつも以上にうるさいんだから当然と言えば当然か。それじゃあ、仕方ないけど魔法で止めるしかないよねー。エレナにキレられるの嫌だし。
「水流ー」
水魔法で流れを作れば、2人はあっという間にすっころんで近づいてくる。やっぱこれが1番楽でいいよね――と思ったんだけど、なんと。ヴォルフもエレナも耐えているじゃないか。
「————」
と思ったらエレナが脱落したが当たり前か。人は30センチくらいで流されるって事でそのくらいより少し高めに設定したんだからな。ヴォルフは大人でアリアは子供。耐えられるわけないよねー。
「げほっ。ごほっ。アンタねぇ……こういうやり方はやめろって言ったでしょ!」
「話を聞かないのが悪い。それともアリア姉さんは、母さんを怒らせたいの?」
「それは嫌よ。母さん怒ると怖いんだから」
「じゃあ別にいいじゃん。すぐに魔法で綺麗さっぱり洗い流すんだし」
いつものように水魔法で水球を作って覆い。ぐるぐる回転させて汚れや汗を綺麗に洗い流して、最後に熱風で乾燥させればおしまい。
「父さんもやる?」
「いやいい。それよりあの水の流れは足腰のいい訓練になりそうだ。これからの頼めるか?」
「面倒だから1日1回、この時だけねー」
「それで構わないが、きちんと報告はするように」
「はーい」
さて、いつも通り訓練も止めたんで、後は朝飯を食うだけだ。
——————
「リック。話があるわ」
朝飯を食い終わり、さーて面倒だけど大切な畑仕事に行きますかねと重い腰を上げたところに、急にアリアに話しかけられた。しかも木剣を手にしてるんであれでぶっ叩かれるのかな?
「なに? 死ぬまでぶっ叩かせてとかだったら嫌なんだけど?」
「なんでそんな物騒な事をアンタにしなきゃなんないのよ。あの王都の騎士との手合わせについてよ」
「そういうのは父さんに頼めばいいじゃん。酒に溺れてるけど救国の英雄なんだし」
「一言余計だぞリックー。父さんはお酒が好きなだけだ。それと騎士との手合わせについてリックに頼れと言ったのは父さんだ」
「はぁ? なんで俺?」
「いい手札を持ってるからだ。ぬいぐるみ……あれをすぐに製作する――と言えばあちらもアリアの提案に乗ってくるだろうと思わないか?」
……まぁ、確実に乗ってくるだろうね。
昨日も畑仕事で村に行った際、広場に常駐してるからすぐにぬいぐるみを作れと文句を言ってくるんで無視してたけど、それがようやく前進するってなれば手合わせの10や20請け負うだろう。
「なるほどねー。確かにそうかも」
「分かったならさっさと行くわよ」
どうやら俺に拒否権はないらしい。
まぁ、そろそろあいつの言動に対する怒りをちょっぴり収まってきたし、そろそろ作ってやってもいい時期かもな。
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