第246話

「おいーっす」

「おぉリック様——とアリア様でねぇか。姉弟一緒とは仲がええでねぇですか」


 なんか勘違いされてるなー。俺は絶賛首根っこを掴まれてる最中なのに、この村人は言うに事欠いてそんな第一声をしやがった。どこをどう見ればそんな解釈にたどり着くのか……理解に苦しむぜ。


「これのどこが仲が良く見えるんだよ」

「そういう文句はいいからさっさと仕事しなさい」

「はいはい分かったからあんま揺らさないで」


 魔法で結界を張ってるって言っても、三半規管とかは普通だからな。激しくゆすられたら気持ち悪くなるから止めてほしいよ。頑丈な脳筋アリアと違って一般5歳児だからね。あっちからすれば軽くでもこっちからすれば結構激しいからな。


「だったら仕事。アタシはさっさとあの騎士と手合わせしたいんだから」

「ったく……ちゃんと計算覚えてるんだろうね?」

「……多分」

「じゃあそこに1問作るからやってて」


 即興で簡単な計算問題を地面に彫ると露骨に嫌そうな顔をしたが、答えないと騎士に交渉を持ち掛けないよ? 的な事をぼそりと呟けば、渋々といった様子でだけど指を使って計算を始めた。


「さて、これでしばらくは静かでしょ。さっさと畑仕事やっちゃおうか」

「おねげぇしますだ」


 さて、こうして毎日土の栄養を補充してるわけだけど、なんだってこんなにあっという間になくなるんだろうかね。1回本格的に調査する事も考えなかったわけじゃないけど、じゃあどこをどう調査するん? となる。

 地面を掘ればいいのか? そうしたとして何が原因か分かればいいけど、あくまでおっさんはごく普通の大学卒業なんでなーんも分からん可能性があって、そうなったら時間もぐーたら力も無駄に大量に消費するだけになったという絶望は俺を地の底まで叩き落すには十分すぎる。

 それは絶対に嫌だ。

 だけど、腐葉土をもってしても改善が見込めなかったら?

 そうなったら時間とぐーたら力を『無駄』に『大量』に消費としたという最悪の結果になる訳で。それを想像するだけで思わず意識が遠のきそうになるのに、現実として突き付けられたらマジで絶望死するんじゃない?


「うーん……」

「どうしましただ?」

「いや、なーんで毎日畑仕事しなくちゃなんないのかなーって」

「税のためでねぇんでねぇですか?」

「それもあるけどさ。畑ってこんなにもすぐ栄養が無くなるの?」

「申し訳ねぇですが知らねぇですだよ。そういう事が必要だ言う事も、リック様から初めて聞いたですだから」


 まぁ、栄養だなんだという時代じゃないから当たり前か。

 ってなると、答えは永遠に闇の中か。俺以外の誰かに頼めればいいんだけど、この辺一帯を畑ごと持ち上げられるくらいの魔力を持ってる奴ってなると、フェルトか始祖龍くらいか? どっちも呼べねーって。


「困ったなー」

「役に立てず申し訳ねぇですだ」

「あぁ。気にしないでいいよ。別に悪いことしたわけじゃないんだし。よし。そんじゃあ次行きますか――と言いたいところだけど、まだやってんの?」


 畑仕事1件1件は短時間だとしても、簡単な計算1問答えるには十分すぎる時間があったはずなのに、アリアはそれを前にして微動だにしない。


「うっさいわね。今数えてる途中なのよ」

「途中って……簡単でしょ」

「アンタには簡単でもアタシには難しいの!」

「あーそうですか。まぁ、それが終わらない限り騎士との手合わせはできないんだから頑張ってね」

「ちょっと! どこ行くのよ!」

「いや畑仕事だよ。戻ってくるまでに問題解き終えててねー」


 アリアを残して土板でその場を飛び去る。これでつかの間の自由を得たんだけど、1時間もしないうちにあの場所に戻るってなるのがちょっと気が滅入るし、そこからさらにぬいぐるみを作るってなるともっと気分が落ち込むなー。


 ——————


「ただいまー」


 きっちり畑仕事を済ませ、残ったのは広場の魔道具の魔力を入れる事のみなんで、アリアを拾っていこうとこうして戻って来たんだけど、離れた時と何ら変わらない体勢のままでいるじゃあないか。


「……アリア姉さーん。そろそろ騎士のいる広場に行くよー」

「分かってるわよ」

「……」


 やれやれ。こりゃあエレナも倒れる訳だ。あんな簡単な計算1つにこれだけ時間がかかったら、教える方も大変だ。

 ここは一肌脱ぎますか。


「素振り」

「……何よ急に」

「いいから素振り。はい」

「……分かったわよ」


 特に説明もせずにそう告げて土剣を投げ渡すと、ジロリとこっちを睨みながらも受け取って素振りを始めたんで、適当に石を放り投げてみたらものの見事に全部弾き落とした。


「おー凄い凄い」

「フン。この程度で凄い訳ないじゃない。ってかいきなり何すんのよ」

「ん? 石投げたの。1発くらい当たると思ったんだけどなー」

「たった7個程度でこのアタシに当てられるわけないじゃない」

「はい正解」

「……ん?」


 そう。今投げた石の数はまさしく7個。右3左4で投げたのを、アリアは一瞬で見切って無駄な動きを省いて叩き落した――んだと思う。俺には早すぎてさっぱり分からんかった。


「今の石の数とそこに書いた計算の答えは同じなの」

「……へー。そうだったのね」

「どう? これなら計算しやすいでしょ」

「そうね。アンタにしては悪くない提案じゃない」

「じゃあ忘れないうちにもう1問」


 今度は1桁と2桁の計算問題を掘ってみると、ここを離れる前と違って多少はやる気があるように見えるな。

 そうして。素振りを何度も繰り返してようやく回答をが導き出せたみたいで、振り返った表情はこの上なく自信満々だ。


「……これでどうよ」

「どれどれ……うん。あってるね」

「ふっふーん。まぁ? アタシが本気を出せばこんなもんよ」

「じゃあ。そろそろお昼ご飯だから家に帰ろうか」


 無駄に計算問題なんかやってたせいで、あっという間に時間が無くなった。素振りで計算するという新しい方法を編み出したとはいえ、それでも結構時間がかかったからね。


「……ふざけんじゃないわよ! 手合わせの話はどうするのよ!」

「お昼食った後でだね」


 って事で、結局ハーフエルフに話を持っていく前に時間切れになりました。

 もちろん。冷房への魔力供給も同じくこの後です。

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