第243話

「さて……ぐーたらするか」


 昼飯を食べ終え、仕事——は冷房を作るってのがあるけど、別に急ぐものじゃないし、今日は1つ作ってるからいいだろ。

 さて……あとはする事なんて何もないんだから、夕飯までぐーたら――夕飯があったな。初めて使うオーク肉。単純にすいとんとケバブもどきの肉をそれに変えるだけでも十分に美味い飯になると思うけど、やっぱエレナとアリアが精魂尽き果てるまで頑張った努力を讃えるにはちょっとインパクトに欠けるよなー。

 出来る事なら新しい料理を出したい。構想はあるんだけど肝心の材料がなぁ。

 小麦粉・砂糖・塩・後は乾燥野菜にキノコくらいか。これで新しい何かを作るってなると……。


「……餃子があったな」


 皮を作るのに多少手間がかかって時間が必要だけど、確か塩と小麦粉があればなんとかなる。焼きも水も蒸しも揚げも出来るから目新しいし結構美味い。調味料が塩しかないのは残念だけど、贅沢は言ってられん。

 そうと決まればすぐにでも用意したいところだけど、今はぐーたらの真っ最中だから動きたくない。家族の誰かが通りかかってくれないかねー。そうしたらキッチンにある小麦粉を持って来てもらうんだけど――


「やぁリック。ちょっと話があるんだけどいいかな?」

「サミィ姉さんが俺に? また運動の話? それとも砂糖?」

「どっちでもないよ。母さんとアリアの事でちょっと」


 ぐーたらの邪魔をされるのは嫌だなー。でも、ここでそれに付き合わないと小麦粉を持って来てもらえないかもしれな――


「じゃあ調理場から小麦粉持って来てくれない?」

「……話がかみ合ってないような気がするんだけど?」

「まぁまぁ。話を聞くからとりあえず持って来てくれない?」

「逃げたりしないだろうね」

「今日は大丈夫」


 すぐに逃亡という言葉が出てくるあたり、やっぱり俺の性格を良く分かってるようでうれしい限りだよ。これがゲイツだったらなんも聞かずにキッチンに向かってる所だろうからね。


「えーっと。これでよかったのかな?」

「そうそうこれこれ。ありがとう」


 サミィから受け取った小麦粉に水魔法と火魔法で作った熱湯を注いで手早く混ぜる間に話を切り出す。もちろん俺はハンモックに寝っ転がったままなのは言うまでもない。


「それで、話ってなに?」


 横で小麦粉がこねられてるという光景に何か言いたそうな目をしていたけど、話が進まないと感じたんだろう。咳払い1つで気持ちを切り替えたみたいだ。


「今日の母さんとアリアは随分と疲れているように見えるだろう? そこで、何か元気にする方法はないかと思って相談したいんだ」

「母さんは確かにちょっと心配だけど、アリア姉さんは別に放っておいてもいいんじゃないかな?」


 アリアは放っておいても何日かすれば勝手に元気になるだろう。そう思える兆候が昼飯を食った時点で少しだけ顔を出してた。

 朝飯の時点でいつもの調子と比べると30くらいの元気だったけど、昼飯の時点では50くらいになってて。飯を食ってる時に、何かを聞きたそうにこっちを何度か見てるのを確認してる。

 多分だけど、あれはきっとハーフエルフとの訓練に関して聞きたかったんだと俺は考えてるが、間違ってない自信はある。

 現にアリアは、昼飯を食い終わったらいつものように木剣を手にどっかに行ってしまった。あれはきっと、兵錬場で腕っぷし自慢の村人連中と一緒に訓練に汗水たらすためだろう。

 だけど、エレナの方は深刻だよなぁ。昼飯は子供である俺たちの手前、残すことなくきっちり食い切ったけど、アリアと違っていまだにぐったりしたままだからな。

 このまま弱っていって――なんて事にはならなそうだけど、ああも弱ってる姿を見せつけられると心配にもなるよな。いくらヴォルフと共に数多の戦場を駆け抜けた歴戦の傭兵っていっても寄る年波には勝てない――


「あれ?」

「うん? どうしたんだい?」


 そうだよ。エレナだって傭兵として人並外れた体力があるはずだよな。少し前にダイエットがどうのこうのって話が出た時も、有り余る体力で随分と超人じみた運動能力を発揮してたじゃないか。

 となると、1つの仮説が脳裏をよぎる。

 そう――単純に冷房の効いた部屋から出たくないがためにあんな演技をしてるんじゃないかという疑惑が浮上してしまった。

 サミィに言うべきか? でも、言ったところで信用されるか? むしろそんな事を疑うなんて薄情だと怒られるか? そうなってもエレナほどの迫力がないんで別に大丈夫だから聞いてみるか。


「ねぇ。母さんのあれが嘘だとしたらどうする?」

「……そう思う理由があるんだね?」

「まぁ……」


 やっぱ疑惑の目が向けられたんで、一応俺の考えをペラペラしゃべってみる。

 その間にこねまくってた皮がひとまとめに出来るようになったんで、一旦ラップで――ってある訳ないんで、土魔法で覆って氷魔法で少しだけ温度を下げておく。


「——って感じなんだけど、サミィ姉さんはどう思う?」

「うん……確かにリックの説明には一理あるとは思うけど、ボクはいくら何でも疑いすぎじゃないかと思うな」

「どうしてさ」

「リックはあの現場を見てないからさ」


 あの現場とは、エレナがアリアに勉強を教えてた時の事だろうね。

 確かに俺は見てないが、アリアの脳筋ぶりはしっかりと理解してる。だから、簡単な計算だって言ってもどれだけそれをあの脳に叩き込むのが大変なのかを分かってるつもりだ。


「とりあえず、おばばに診察してもらった方がいいんじゃない?」


 一応この村唯一の医者的役割の出来る人物だからな。それに、1回診てもらえば仮病か何かがすぐに分かるんじゃないかな?


「なるほど。それはいい解決法じゃないか」

「でしょ? じゃあ頑張って」

「え? 手伝ってくれないのかい?」

「今忙しいし。そのくらいサミィ姉さんでもできるでしょ?」


 これ以上ないナイスなアイディアを出したから、正直言ってサミィが求める以上の事をしたという自負がある。

 それに、見た目こそぐーたらはしてるけど、すぐ横では餃子の皮を作ってるし。気が向けば冷房の魔道具を作るかもしれないから、そこから先はサミィの仕事ではなかろうか。


「そうだね。頑張ってみるよ」

「応援するよ」


 さて、これで、皮の様子を見つつぐーたら出来るな。

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