第241話

「ふあ……っ。暑……」


 目覚めてすぐ魔法で涼を得ながら着替えと洗顔を済ませ、亜空間からミスリルが混じった鉄板を数枚取り出す。

 広場の1台だけでいいんじゃないかと一時は肩の荷が下りて非常に体が軽く感じたものだけど、夢にぐーたら神が現れ不穏な助言をして去っていった。


 曰く――冷房魔道具を作っておけ。というものだ。


 初めはあのぐーたら神が俺に労働を強いるなど偽物確定だっ! と思ったんだが、そう言えば元奴隷の商人見習いに俺が冷房魔道具を各家庭に設置する的な事を言ったんじゃなかったっけ? というのを思い出せば、ワンちゃん今のマジのぐーたら神だったんじゃね? と思い直して、こうして冷房作りにほんのちょっぴり精を出すことにしたんだ。


「さて……」


 いつも通りの工程を経て、1枚完成。すぐに亜空間に放り込んでさてもう1枚作ろうかなーといったところで戸がゆっくりと開くと、のそりのそりといった様子でアリアが現れたんだけど、いつもの元気は全くない。


「あぁ……起きてたわね」

「どうしたのアリア姉さん。なんか元気ないみたいだけど……そういえば勉強どうなったの?」


 俺が覚えてる限りだと、夕飯を食い終わって風呂入ってさて寝るかとリビングをちらっと見た時は、今以上にひどいくらい死にそうな顔をしてテーブルに倒れこんでたっけか。

 それに比べるとずいぶんよくなったけど、いつもの元気さはどこにも見当たらない。


「……終わったわ」

「おぉ……」


 一応頬をつねってみる。痛いんで現実なんだろう。しかしまさかあのアリアが小学校低学年レベルとはいえ勉強を終わらせることが出来るだなんて……とてもじゃないけど信用ならない。


「随分頑張ったんだね」

「もう二度とやりたくないわ……」

「ちゃんと覚えてればやらなくて済むよ」

「……自信ない」

「まぁ、その辺は頑張ってとしか言えないかな」


 俺も人の名前を覚えていられる自信はないからね。


「あぁそうそう。母さん今日は1日中ダメらしいから、ご飯はアンタが作ってって伝言預かってるわ」

「……なるほどね」


 アリアがこれなんだ。教える立場のエレナはもっとひどい有様になっててもおかしくないよな。


「分かった。それじゃあ朝ご飯を作りましょうかね」

「じゃあアタシは朝の訓練行ってくるわ」

「それは欠かさないんだね」


 あんな重い足取りで庭に向かうエレナを見てよくやるよなぁと思うのと同時に、ヴォルフもよくこんな姿を見てやろうと言えるよなぁとその狂いぶりに呆れるばかりだよ。

 さて、エレナが駄目な以上、俺が今日1日の飯を作らなくちゃいけないからさっさとリビングに行こうかね。

 さて……随分と勉強を頑張ったアリアと、それに最後まで付き添ったエレナへのご褒美ってわけじゃないけど、何かしらのご馳走みたいなのを用意するか。

 何がいいだろう。金に糸目をつけず、何もかんも気にせずに食材を使っていいんだったらドラゴン……じゃなくてワイバーンの肉とかを用意出来るが、ぐーたらライフと天秤にかけるまでもなく優先順位的には比べ物にならないくらい下なんで、ウルフ肉で――


「いや。オーク肉って手があるか」


 入手経路を聞かれても、今であればゲイツを送るために王都に行ったときにちょっとねー。とか言っておけば誤魔化せるんじゃないか? 保存については、氷魔法が使えるからそれでなんとかしてたって言えばどうとでもなるだろう。


「よし。行くか」


 そうと決まれば、まずは光魔法で全身が透明になるように覆ってから転移。

 こうする事で、転移した先に誰かが居た場合に無駄な言い訳をしないで済むから、こうした危機管理はぐーたらライフを送る上では必須事項。


「うんうん。やっぱりやっててよかったね」


 転移した直ぐ側に、見ず知らずの冒険者数人が緑狼との熱い――かは知らないけど、そこそこの戦いを繰り広げてるんで、そいつ等を無視して森の奥へ奥へと入っていく。


「お? 今回はあっさり見つかったな」


 適当に突き進んだら遠くの方にオークの姿を発見。このまますぐに風魔法で首を斬り飛ばす。

 前回はこれをやって問題が起きて無駄な時間を過ごしたが、今回は光魔法で透明化してるからな。横殴りになったとしても犯人を特定するのは難しいでしょ。

 まぁ、幸いにして今回は誰かのを横取りする事が無かったから、水魔法でしっかり血抜きをして、全部持って帰るのも怪しまれそうな気がするんで、美味そうな部分を鑑定魔法で調べて残りは地面に埋めて処分。

 こうして手に入れたオーク肉を、アリバイのために芯までカッチカチに凍らせて家に帰ってキッチンへ。


「さて……何作ろうかね」


 豚肉はとりあえず夕飯に出すとして、朝飯は何がいいかね。元気なさそうなのが2人いるってなると、あんま重いのは止めといた方がいいだろうからケバブもどきはナシ。

 ……うん。いつも通りすいとんにしよう。リビングはすでに冷房で涼しいからな。多少熱っつい物を食ったって気になんないだろうしね。

 って感じでパパっと作ってリビングへ行ってみると、ソファにもたれかかってぐったりとした様子のエレナの肩を揉むサミィという光景が。


「やぁリック。どうやらご飯が出来たみたいだね」

「そうだけど……母さん大丈夫? 随分とお疲れみたいだけど」

「僕も多少付き合ったから分かるけど、本当に母さんは頑張っていたよ」


 さすがに睡眠時間を削ってまで勉強をさせるって事はしなかったらしいんだけど、それでもアリアは本当に物覚えが悪いらしく、何度教えても数分も経つと忘れてしまうんだとか。

 それでも、めっちゃ時間はかかるけど何とか1桁の足し算を教える事が出来たらしいのはとても大きな1歩だと思うな。


「もう忘れたりしてないよね?」

「……そんな怖い事を言わないでくれ。さすがにそれは母さんが可哀そうすぎる」

「……とりあえず、2人呼んでくるね」

「ああ。僕も母さんを起こしておくよ」


 とりあえず、急いだ方がいいかなと多少急ぎ足で2人を呼んで始まった朝食は、いつも通りとはいいがたいほど静かだったし、食べ終わったらエレナはソファにもたれかかるようにしたまま動かなくなってしまった。

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