第240話

 結局。早く作ったらその分早く居なくなるんじゃない? と言ったらすぐにじゃあ時間を稼げと言われ、それにはヴォルフが王家への献上品の納期をあまり遅らせるなよとくぎを刺された。

 そんなちょっとだけやかましい昼飯を食い終わり、後は晩飯までぐーたらしようかなとリビングを出ていく俺の頭を何者かがガッシリと鷲掴みにする。


「待ちなさいよリック」

「なに? 俺この後ぐーたらするのに忙しいんだけど?」

「なら暇ね。王都から来てるって騎士の所まで連れて行きなさい」

「自分で行けばいいじゃん。多分村の広場にいると思うし」

「なんで居場所がわかるのよ」

「逆に分かんない方がどうかしてると思うけど?」


 全身金属鎧でこの地の熱期の炎天下で、平常でいられる奴は多分存在しない。氷魔法を使えるなら別だけど、前に地中で強制サウナを体験させたときは息も絶え絶えだったからな。

 だから、この村で唯一といっていい巨大冷房から降り注ぐ冷気は、この上ない天国となって離れがたい場所になってるだろうってんで、この地で暑さに慣れてない部外者が居られる場所なんてそこくらい。


「アリアちゃーん。貴女もう少しお勉強頑張りましょうねー」

「ええっ⁉ なんでそんな話になるのよ!」


 こんなに簡単な問題すら正解できないんだ。そりゃあそうしたくもなるさ。

 って事なんで、アリアはエレナの手によって夕方まで勉強会となりました。もちろんそれをするのはリビングでですけどね。


「じゃ。俺はぐーたらするんで」

「リックちゃんも手伝いなさーい。お母さん1人じゃアリアちゃんの相手は難しいのよー」

「サミィ姉さんがいるじゃん――っていないし!」


 いったいいつの間に居なくなったのか。さっきまで椅子に座ってたはずのサミィの影も形も見当たらない。どうやら一足先に危険を察知して逃げ出したらしい。なんて逃げ足の速さだ。


「リックちゃーん。村の子供たちにお勉強教えてるんでしょー? だったらアリアちゃんに一緒にお勉強を教えてもいいんじゃないかしらー?」

「普通に教えて覚えるならそれでもいいんだけどねー」


 アリアは筋金入りの脳筋なせいで、普通に勉強させたんじゃ全くと言っていいほど物を覚えない。一応言葉は覚えてくれたからこうして意思疎通は出来るんだけど、文字も完璧に書けないし数字も訓練で何回振るとか何周走るとかで一応数えられるとはいえ、計算となるとてんでダメ。

 そんな奴に物事を教えるのは、はっきり言ってブラック企業の労働に匹敵するほどなんで、ぐーたら道の教義に反するからしたくない。


「ちょっとリック! なんかアタシが馬鹿って言ってみるみたいじゃない!」

「みたいじゃなくてそう言ってるの。文字も覚えないし数字の計算もできないんだから、村の誰よりも馬鹿なのは仕方ないでしょ」

「むぐぐ……そ、そんなの母さんが――」

「お母さんがなにかしらー?」

「な、何でもないです」


 うん。よくその先を言わなかったね。知恵が足りない代わりに直感は冴え渡ってるようで、危うく自殺行為にも等しい――「母さんの教え方が悪い!」というセリフを言わなかった。


「とにかく。アリア姉さんに勉強を教えるのは1度痛い目を見てからじゃないと無理だと思うよ? 真面目に受ける気がないんだもん」


 覚えが悪いのはその気がないから。俺も人の名前を覚える気がないんで全くと言っていいほど覚えてないという前例があるんで、この仮説はあってると思う。

 だから、こっちがいくら熱心に勉強を教え込んだところで、右から左にほとんど抜けていくのが目に見えてるって。


「痛い目って何かしらー?」

「ぱっと思い付くのは、依頼料誤魔化されたりとか。不利な契約結ばされたりとか。目的地に到着できないとかじゃない? どれも成人して冒険者になった後じゃないと体験できないけどね」


 読み書き計算が出来なけりゃどれも理解出来ないものばっかりだ。これに関しても一応説明して勉強に真剣に取り組めと何度か言ってみたけど普通になんも変わらんかったんだ。エレナの圧に負けないように! って気持ちで始めた新しい訓練みたいに、勉強で同じような事がないと多分アリアは変わらないだろう。


「割とすぐに思いつくのねー。でもー、確かに間違ってないわー」

「でしょ? だから、自分から勉強したいってなるまでほっとくしかないんだよって事だから。俺は夕方までぐーたらさせてもらうねー」


 やる気がなければ何をしたって無駄。そんなのに貴重なぐーたらライフに勤しむ貴重な貴重な時間を浪費していいほどの価値が今のアリアにはない。

 これが、真剣に勉強を学びたいっていうなら多少手を貸してやらない事もないけど、今はマジで無理。

 話は終わりとばかりに席を立ち、サッサとリビングを出ていこうとする俺の頭を掴む手が。


「随分と好き勝手言ってくれるじゃない」

「全部事実だよ。アリア姉さんは勉強に興味ないでしょ?」

「当然ないわ。文字とか計算を覚えて強くなるわけじゃないもの。とはいえ、ここまで馬鹿にされたんであれば話は別よ。このアタシが本気を出せば、そのくらいちょちょいのちょいで覚えてやるわよ!」

「って言ってるけど?」

「それじゃあ早速お勉強をしましょうかー。リックちゃーん。いつものお願いねー」

「へーい」


 うちに日常的に羊皮紙を使うほどの金銭的余裕はない。正確に言えば捻出できるけど使うのはヴォルフくらいで、うちのメモ用紙と言えば土魔法で作った土板と土ペンだ。

 ついでに、小学生低学年レベルの問題をいくつか刻んだものをアリアに手渡す。


「それじゃあー始めましょうかー」

「期待してないけど頑張ってー」

「見てなさいよ! アタシの本気を――」


 そう言って計算問題に立ち向かったアリアは、晩飯が食い終わって俺が寝る時間になっても全部解き終わる事がなかった。

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