第239話

「リーック。起きなさい」

「んぅ? アリア姉さんおはよう」

「……何よ。起こしてもらったくせにイライラするなんていい度胸じゃない」


 まだ寝たりないせいか、ハーフエルフとのやり取りで発生したイライラが残ってて、それを起叩きこされたせいだと勘違いされてしまった。


「あぁ違うよ。今、王都から騎士が来てるんだけど、そいつがちょっとムカつく事言ったのが消化しきれてなかっただけで、これはアリア姉さんにムカついわけじゃないから」

「その騎士ってのはどこにいるのよ。手合わせしたいわ」


 ふんふんと鼻息荒く辺りをキョロキョロ見渡す。あっという間に怒りは霧散して、代わりに手合わせ出来るんじゃないかって興奮に喜んでるくらいだ。相変わらず単純でいいねぇ。


「それはお昼ご飯を食べてからでしょ」

「むぅ……そうね。じゃないと母さんに怒られちゃうものね」

「そうそう」


 いくら冷房で上機嫌になってるって言っても、飯抜きをするのは命を粗末にしてるとしか思えない。そのくらいエレナは子供の栄養を大事に考えてくれてる母親だからな。

 そんなエレナの愛情に感心しながらアリアと2人並んで玄関をくぐり、俺はキッチンへ。アリアはリビングへと別れる。


「あれ? 父さん?」


 てっきりエレナが調理してるんだとばっかり思ってたんだが、いざキッチンに入ってみると、何故かヴォルフが不慣れな手つきでウルフ肉を切ってるって珍しい光景がある。


「おぉ……来たかリック。じゃあ母さん呼んでくるから涼しくしておいてくれとさ」

「……はーい」


 なーんてこったい。まさか冷房を導入したせいでエレナが完全にではないものの、家事を放棄してしまった。

 こうなる事は考えてなかったな。とはいえ解決するのは簡単なんだけど、各家庭に設置してからと言ってしまった以上それを曲げる訳にもいかないしなー。

 そんな事と解決策をうんうん頭を悩ませながらコンロに魔石をセットし、鍋にお湯を張って細かく刻んだ乾燥野菜を放り込んでぐつぐつ煮込んでると、重い足取りのエレナがようやくキッチンにやってきた。


「ちょっと母さん。ご飯づくり放棄するのはどうなの?」

「ごめんなさいねー。それよりもー、もっと涼しくしてくれないかしらー?」


 すっかり暑さに対する耐性が無くなったエレナが椅子にぐったりと座りながらそんな事を言うので仕方なく氷魔法をキッチン全体にかけると、なんとか多少はマシな顔つきになってくれたよ。


「で? 今日は何にするの?」

「そうねー。すいとんでいいんじゃないかしらー?」

「じゃあ母さんも手伝って」

「分かったわー」


 とりあえず涼しくなってからはちゃんと動いてくれたけど、これが今後も続くってなるとちょっと考えを改めないといけなくなるかもしれないぞ。


「はい完成ー」

「それじゃあ運んじゃいましょうかー」


 というとひょいと皿を持ち上げて逃げるようにキッチンから出て行ってしまった。本当に熱いのが駄目な身体になっちゃったんだなーと思いながら俺もその後を追ってリビングに入ると、目をキラキラさせてるアリアと困ったような顔をしてるヴォルフが額を突き合わせるような距離で会話をしてる。


「だから父さんからお願いして手合わせできるようにしてほしいの!」

「そういわれてもな……相手は王家に仕える騎士だ。そうそう手合わせしてくれるとは思えないぞ?」

「だからお願いしてって言ってるんじゃない。父さんこの国救った英雄なんでしょ」


 どうやらあのハーフエルフと戦いたいという相変わらず脳筋全開な発言をしてヴォルフを困らせたけど、そんなに困る事なのかね? 

 普通に暇なら訓練でもどうだ的に言えばどうとでもなるような気がするけど、今は飯を食う時間なんでね。


「アリア姉さん。ご飯できたから座って」

「むぅ……父さん。ちゃんと頼んでね」

「分かった。見かけたら聞いておく」


 話はいったん中断。皿を並べてすぐに食事が始まる。


「リック。ぬいぐるみはいつ作るんだ?」

「んー? まだムカついてるんで気が向いたらかなー」


 クソ貴族をとっちめて来いとは言ったけど、たった数時間でどうこう出来る事じゃない。俺みたいに転移魔法が使えるなら話が変わってくるけど、大雑把にであれば魔力があれば何とでもなるけど、正確かつ安全に使うには繊細な魔力操作と場所を完璧に脳内に思い浮かべるイメージ力が必要になる。

 まぁ、そもそも馬を使って移動してる時点でその可能性はゼロだけどなー。

 なんで、スッキリしてない現状だとぬいぐるみを作る気には全くならない。


「なるだけ早く頼みたいんだがな……」

「無理だねー。少なくとも、数日はやる気にならないねー」


 多分だけど、このイラつきがぬいぐるみに影響を及ぼす気がする。別にいいのかもしれないけど、それで購入を打ち切られたら腐葉土が定期購入できなくなるのはぐーたらライフが遠のくから出来れば末永く利用してほしいんだよね。


「なによそれ。さっさと作ればいいじゃない」

「……まぁ、アリア姉さんがそう言うなら頑張るか。そうなればあの騎士はすぐにいなくなって手合わせも出来なく「やっぱナシよ」ういーっす」


 なんで言わないと分かんないんだろうね。結構わかりやすい流れだと思ったんだけど、エレナなんかあまりの脳筋ぶりに頭を押さえてため息なんてついちゃってるよ。あんなに真摯になって勉強を教えてるのに、本当に進歩が見られないんだもん。頭抱えたくもなるよねー。


「うん? だったらアンタがぬいぐるみさっさと作るって交渉すれば手合わせしてくれんじゃないの?」


 こういうことに関してだけは妙に頭が回る事に対しても、エレナはため息をついた。ご苦労様です。

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