第238話
ヴォルフの後ろに付き従うようにして家の外に出てみると、ちょうど相手方も到着したようで、馬からさっそうと飛び降りたのはこのクソ暑い中でフルフェイスの金属兜を装着した女騎士だった。
「遠路はるばるようこそカールトン領へ。いかな用事かな?」
「王女殿下の命により、ぬいぐるみ制作の依頼を請け負ってきた。リック・カールトンは……貴様だったな」
「ん? 俺の事知ってんの?」
ぬいぐるみを作るために騎士が派遣されてるのは覚えてるけど、それが誰なのか魔では全く記憶にない。
「貴様……あれだけの事をしておいて覚えていないとぬかすか!」
「本当に覚えてないから仕方ない」
なんかしたらしいけどマジで記憶にない。注文に関しては、金が絡んでるから思い出そうとすれば何とかなるけど、人物名とかともなると俺に不都合な事をしたりしない限りは――
「あぁ。思い出した。確か人のハンモックぶっ壊した――騎士だ」
うんうん。人のぐーたらの邪魔をしたというフックのおかげで記憶の扉が勢いよく開いた流れで、うっかりハーフエルフって事まで口にしそうだったのをギリギリ踏みとどまったのは、我ながらファインプレイだと自画自賛。
おかげでヴォルフに若干不思議そうな目を向けられ、女騎士からは魔力の動きを感じる羽目になった。
「思い出したか。今回の要望はフェアリーラビットだそうだ。材料の用意もある。さっさと制作しろ」
「そんな事より払うモン払ってもらっていい?」
別に先に作ってとんずらかまされたところで、一瞬で捕縛。そこから身ぐるみ剝いで魔物の巣に放り込めるけど、親切心で前払いを催促する。
「リック……相手は王女殿下の命を受けた騎士だぞ。支払いはぬいぐるみとやらが出来てからでもいいだろう」
するとすぐにヴォルフから横やりが入る。さすが王家に並々ならぬ忠誠を誓う男なだけあるな。俺の態度が気に入らないようだが、その程度で引くことはしない。
「甘いね父さん。俺は出す物出してもらわないと安心できないんだよね」
「貴様! 自分が金を支払わないとでも言いたいのか!」
「そこまでは言ってないよ? でも、そうなったらどうなるかくらいは分かる――いや、覚えてるんじゃないのかなー?」
ハンモックをダメにしたって恨みは想像以上に記憶を呼び起こしたようで、こいつを炎天下の中。地中に閉じ込めてサウナみたいにして脱水症状に近い状態にまでしてやったんだったな。
そんな実力の差をまざまざと見せつけられたんだ。俺がニヤリと笑えば、前回してやられた事を思い出してくれたんだろう。表情は分かんないけど狼狽えたのはしっかり確認できたぞ。
「フン。さっさと受け取れ!」
投げ渡された革袋の中を確認してみると、ちゃんと金貨5枚が入ってる。うんうん。仕事をするのは面倒臭いけど、報酬が破格なんでこうしてぬぐるみを作る事に異論はない。
これが腐葉土に変わって、村の畑が肥沃な土地になれば俺が毎日土魔法を使って回る必要がなくなるからね。そこに忠誠心や愛国心は全くない。あるのはぐーたら神への信心とぐーたら道の探求心のみ!
「うんうん。ちゃんと金貨5枚受け取りました」
「ならばすぐに作れ。材料は用意してある」
どさっと落とされた木箱は随分と小さい。となると作るぬいぐるみは小さい物になるのかぁ……細かい作業が続くのはちょっと面倒くさいなー。
「今回は材料が少ないけど?」
「小型の魔物——フェアリーラビットの製作が貴様の任だ」
投げ渡された羊皮紙を開いてみると、蝶みたいな羽が生えた真っ白なウサギの絵が描かれている。これは確かに子供受けする魔物だろう。商売出来れば一攫千金も夢じゃないんじゃないか?
「なるほどねー。ところで、これを直接飼うとかはしないの?」
極々シンプルな疑問に対する回答に、ヴォルフが困ったように頬を掻き。ハーフエルフからは鼻で笑われた。
「戯けた事を。そもそも魔物を飼いならすという事自体そうそう出来る事ではない」
「それに、王家の玉体を傷つける可能性のある魔物を飼うなんて、出来る訳がないだろう」
「ふーん……」
それもそっか。とはいえ絶対無理ってわけじゃないらしいね。もしかして竜騎士とかいるのかな? それはちょっと興味あるけど、見せてと言って見られる物でもないだろうし、存在すらしない可能性もある。
「分かったならさっさと作れ。こんな場所に長居などしたくない」
だろうね。太陽から灼熱が降り注ぐこんな僻地に、全身金属鎧に身を包んでるんだから。その暑さは薄着で農作業をしてる村人と比べ物にならないくらいだろう。
でも、人のハンモックぶっ壊しておいてその態度はいかがなものなのかね。
「悪いけど、ちょっと忙しいから時間がかかるかなー」
「ふざけているのか? 王家からの命に勝る優先順位など、存在していいはずがないだろう」
「その命に難癖付けて俺らをこんな僻地に追いやったクソ共は今何してんだ? 罰せられる事もなく暮らしてんぞ」
ハーフエルフの言う王命が絶対であれば、少なくともヴォルフはこんな僻地の領主をしてないし、何十何百の領民だって餓死や凍死なんてひどい死に方をしなかった。
それを咎めずに御しやすそうなこっちだけにいちゃもんをつけてくるのは、殺されたって文句を言うなってくらいマジでムカつく。こればっかりはぐーたらどうのこうのは関係ねぇ。
「リック……」
「って訳なんで、これ以上ごちゃごちゃ言うんであればそいつらとっちめて来い」
久しぶりに嫌な気分になったな。こういう時は寝て忘れよう。別に2・3日遅れたところで、この世界であればいくらでもいい訳が出来るし、最悪このハーフエルフが真実をチクったところで態度を改めるつもりはない。
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