第236話
「あらリックちゃーん。村に行くのかしらー?」
朝飯を食べ終わり、さて畑仕事にでも行こうかと重い足を引きずりながらリビングの前を通ると、エレナがソファに寄りかかって涼しさという快楽に溶けてたのが一瞬だけ見えたが、瞬き1回の間にどうやったのか。優雅にティータイムとしゃれこんでる光景に切り替わってた。
「そうだけど、別にぐーたらしててもいいんじゃない?」
「何を言ってるのかしらー? お母さんはリックちゃんと違ってー、だらしなく横になって怠けたりしないのよー?」
「いや、それはちょっと無理があるんじゃないかな?」
目にする機会は少ないけど、俺は何度かそういうぐーたらしてる姿を確認してるんで、ニッコリ笑顔で反論されても説得力は1ミリもない。これでヴォルフと共に数多の戦場を駆け抜けた元・傭兵ってんだから不思議なもんだよ。気配とかで気づかれないのかな?
「リックちゃんの気配は薄いのよー。だから気付くのが遅れちゃうのよー」
困ったように頬に手を当てながらそんな言葉が返ってきた。どうやら表情に出てたらしいけど、今の言い分だと他の家族にはバレてないって事なのか?
「じゃあやっぱりぐーたら「してないわよー?」……へい」
別にいいと思うんだけどなー。あれはあれで立派なぐーたら道なのに、エレナは頑として認めないんだよなー。そしてあまり突っかかりすぎると今度は脅してくるんだもんなー。別にそれがバレたからってヴォルフと離婚する訳でもないだろうに。
「そんなことよりー、お母さんとお話ししましょうかー」
「いや、俺はこれから畑仕事に行く予定なんだけど?」
「後ででもいいじゃなーい。それにー、リックちゃん次第ですぐに終わるわよー」
それはつまり、俺がのらりくらりと話をはぐらかしても良い事はないらしい。
面倒だなーと思いながらも、内容に心当たりがあるんできっとすぐに終わるだろうとしぶしぶ椅子に腰を下ろす。
「で? 話ってそれの事でしょ」
視線の先には冷房がある。しかも朝食の時より若干——いや、かなりエレナの傍に位置がズレてるのを見ると、勝手に動かしたんだと推察と言えないほど簡単に答えに行きつく。
「当たり前じゃないー。あれ、家中に設置してちょうだいー」
「別にいいけど、その前に村の設置するのが先だからね」
家にはもうそこの1台がある以上、今のところは十分。なので次は、村人に回すのが筋ってもんでしょ。
それに、2台も3台も置いてるのがバレて、村人が俺等を大切にしない領主の土地になんて居たくねーとか言っていなくなったりでもしたら、ぐーたらライフへの影響は計り知れないからね。
「そこを何とかならないかしらー?」
「ならない。1台あるんだから我慢しなさい」
「調理場が暑すぎるのよー。そこにだけでもいいからお願いできないかしらー?」
「じゃあ母さんが村の皆にそう説明してきなよ。それで全員に納得してもらえたんなら、もう1台設置するから」
「……」
俺の提案に、エレナは困ったように眉を下げる。さすがに、調理場が暑いからもう1台先に設置しちゃっていいかしらー? なんて言えないか。だってほかの家庭もこのクソ暑い熱期の中、調理場に立ってんだからな。
「じゃ。もう話がないなら俺はいくけど?」
「それじゃあ、もう1台はいつくらいになるかしらー?」
「まぁ、そのうちかなー」
明言するのは避けないといけない。ただでさえ期限が設けられてて精神的にひーこら言ってるんだ。これ以上急がされるのは絶対に勘弁してほしいからな。
「作らない……なんて事はないわよねー?」
「それはないよ。俺は爺さんになるまでぐーたらするって決めてるからね。そうするための冷房設置は絶対になくてはならない必需品だもん」
一家に1台。なんて言ったらエレナがどんな手段に出るか分からないからね。そん恐怖におびえながら暮らすのは、ぐーたらライフに悪影響しかないとわかりきってる以上、2台3台と作らせていただきますとも。
——————
さて、何とかエレナとの話を手短に済ませる事が出来たんで少し急ぎ目に広場に向かう。いろいろと考えたけど、やっぱり1番最初に設置するって言ったらここだろうよ。
となると、あのサイズに合わせた氷の魔道具が必要になるから1から作らないといけないから、亜空間から大量の鉄とミスリルを取り出して均一に混ぜ込んで薄い円盤にして魔法陣を刻んで――
「リック様ー! どちらに行かれるんですかー!」
おっとっと。少し作業に集中しすぎちゃったせいで通り過ぎるところだったし声をかけられたせいで魔法陣がブレちゃったからもう1回球体にしてから円盤に戻しつつ下降する。
「やぁやぁ待たせたね」
「あら? リック様その大きなものは何なんです?」
「あぁこれ? これはこの魔道具をより強力にするための新しい魔道具だよ。と言ってもまだ完成してないんで、もうちょっとだけ待ってねー」
キラキラとしたお姉さん方の視線を無視して円盤に意識を集中。デカい分随分とぐーたら力を使ったけど何とか成功。
さて……あとはこれに魔道インクを詰め込んで蓋をし、上に設置してある風の魔道具に溶接して魔石を嵌めれば――
「よし。問題ないな」
ちゃんと稼働したのを確認してから下に降りてみると、やはり人工的な冷風の効力はとんでもないな。暑そうにしてたお姉さん方が一様に弛緩したような表情をしてるじゃあないか。
「どんな感じー?」
「あぁリック様! これはすごいですね」
口々に誉め言葉を貰うのはやはり良いモンだね。これで誰も彼もが冷房の虜になって、この村から離れたくないと思ってくれるだろうと言いたいんだけど、1人か2人くらいは寒さが堪えるのか腕をさすったりしてた。
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