第235話

「ん……っ。もう朝かぁ……」


 じんわりと強くなる暑さに無理矢理起こされて仕方なくベッドから這い出る。日に日に熱期の暑さがしんどくなってきたって事は、そろそろ冷房魔道具作らないといけないよなぁ。期限までたった5日しかないわけだし。


「……はぁ」


 とりあえず、亜空間から鉄とミスリルを取り出して混ぜ込んで円形に。

 じーっと表面を眺めながら、脳内にある氷の魔道具の魔法陣をイメージして一気に彫ると冷房魔道具の完成だ。

 あとはこれに、魔法陣と魔石をつなぐ線を掘って魔道インクを注いで蓋をすれば氷の魔道具は完成となる。

 魔石……はないんでとりあえず自前の魔力を流してみると、ちゃんと冷たくなってくれてるから、後はこれに風の魔道具を付随させれば冷房魔道具になる訳だけど、朝っぱらからやるもんじゃないね。


「なんかすっごい冷たい空気出てるんだけど、これなに?」


 気が付いたらアリアが部屋にいて、俺の手の中にある氷の魔道具を興味深そうに指でつついてそんな事を聞いてきた。

 これをごまかすのはいくら脳筋アリアが相手と言ってももう無理っぽそうだから、いい機会だと諦めてさっさとバラすか。


「氷の魔道具だよ」

「へー。確かにそのくらい冷たいわね。でもなんでこんなの作ったの?」

「毎日氷作るの面倒だから」


 これなら魔石を交換するだけで済むし、何より氷よりはるかに涼しいからな。


「ふーん……でもちょっと冷たすぎない? 氷と違ってあんまり長く触れないんだけど?」

「これは触って涼を得るための物じゃないからね。というかアリア姉さん、触ってたの?」

「だって毎日暑いじゃない。そのくらいしないとやってられないわよ」


 一応アリアでも暑いのは嫌らしい。まぁ、俺に比べればその許容範囲は馬鹿でかいだろうけど、生物である限り暑さ寒さの耐久には限度がある。一部、寒さに打ち勝った人類がいるとニュースを見たのはカウントしない。


「よくもまぁそんなことを平気でやるね」

「なによ。すぐ作れるんだからいいじゃない」

「いや。よく母さんに怒られなかったなーと思って」


 エレナは俺と同じくらい暑さに強くない人種なので、キッチンには氷のほかに風の魔道具が置いてあって、何度かスカートの中にそれを突っ込んで涼んでる姿を確認してるくらいには弱い。

 そんなエレナの生命線——というにはちょっと大仰だけど、大切な氷を触って小さくするなんて、よく今までバレなかったな。そういうのは野生の勘みたいなので察知できるのか?


「ふふん。母さんが寄り付かないような場所のを選んでやってるからね」

「まぁ、怒られるのは俺じゃないからいいけどね」


 今までの反応を思い起こせば、一応バレてるような形跡はない。

 しかし、いつ見つかって重苦しい空気の食卓になるのかがわからないのは、一種の時限爆弾っぽくて気が気じゃないなー。


「そんな事よりよ。これをどうやって氷の代わりにするってのよ」

「風の魔道具を使うんだよ」


 と言っても、ここにそれはないんで風魔法で代用。

 軽く風を出して、氷の魔道具から漏れ出る冷期にうんざりするほど感じる寒さを取り込んだそれがアリアの全身をなでるように通り過ぎた。


「これ凄いわね。氷なんて比べ物にならないくらい涼しいじゃないの!」

「でしょ?」


 うんうん。外での訓練が大好きな脳筋アリアであっても、冷房の魅力にはあらがえないらしい。いつもの吊り上がった眉に鋭い目つきも、冷房の前ではだらしなく垂れさがってるぜ。


「ところで、訓練に行かなくていいの?」

「そうだった! 終わるまでにリビングにそれつけときなさいよ!」


 やっぱり訓練の前には冷房が相手でも全くかなわないらしい。あっという間にいなくなってしまった。

 とりあえず氷の魔道具を手にリビングへ行ってみると、そこにはサミィしかいないわけで、すぐにこっちに気づいたけど大抵まっすぐキッチンに行く俺がこっちに来るのが珍しいのか少し不思議そうな顔をしてる。


「あれ? まだ母さんは調理場にいるけど、こっちに来て大丈夫なのかい?」

「まぁ、すぐ終わるから」


 備え付けてある風の魔道具のそばまで行き、ちょちょいと氷の魔道具を接着すればあっという間に冷房魔道具の完成だー。


「なんだいそれは」

「氷より涼しくなれる魔道具だよ」

「それは随分とすごい物を作ったんだね」

「じゃあ早速……ぽちっとな」


 と言いながらもそれぞれに魔石を嵌めると、すぐに冷気をたっぷりと含んだ風が吹き始める。


「おぉ……本当に氷を置いてるより涼しいね」

「でしょ? これなら暑いのが苦手な母さんでも快適に過ごせると思うんだ」

「確かにそうかもしれないけど、これは少し寒すぎないかい?」


 俺的には適温でしょ。って思うけど、サミィには強すぎるらしい。だけど再調整にはちょっと時間がかかるんで、そういうのは朝ご飯を食べ終えてからにしよう。じゃないとマジで空気が重くなるからね。


「あらー。リックちゃんが遅いと思ったら何をしてるのかしらー?」


 これからキッチンに向かおうかというタイミングで、エレナがスープが入ってるであろう皿を手に入口あたりに立ってるじゃないか。しかも俺が来なかった事に若干腹を立ててるのか黒い靄が見える。

 これはまずい。すぐにでも冷房魔道具の説明をしないと。


「ちょうどよかった。新しい魔道具を作ったからすぐに設置しようと思って」

「あらー。それはご飯より大事な事なのかしらー?」

「個人的にはあまりだけど、母さんからするとそうなるかも?」


 俺は、1日のほとんどの時間を快適な気温で過ごしてるが、ほかの連中はそうはいかん。氷と風の魔道具でほんのちょっぴりマシになってるだろうけど、基本的には灼熱と極寒の中で生きている。

 そんな中に突如として出現した熱期を吹き飛ばす冷房魔道具。これを大事と言わずして何を大事といえようか!


「さぁさぁ。まずはその身で体験してみてよ」


 手にした皿を魔法で受け取り、エレナを冷房の前に立たせると薄く見えてた黒い靄が一瞬で消し飛んだのを見て、ほくそ笑む。


「あらー。これいいわねー。今までのと比べ物にならないくらい涼しいわー」

「でしょー? さすがにご飯より大事じゃないけど、これはこれで大事でしょ?」

「そうねー。これはとても大事ねー」

「じゃあ料理運ぶね」

「お願いねー」


 ……うん。どうやら離れる気はさらさらないらしい。

 とはいえ、機嫌が直ったんであれば問題ない。さっさとヴォルフ達を呼んで来て朝飯を食べちまおう。

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