第234話
……とりあえず、今回の件は誰が悪いでもないって事で、元奴隷たちを引き連れてヴォルフの書斎に。
これで俺の仕事はおしまいで、後は夕方までのんびりゆったりぐーたらタイムを満喫しましょうか――と背を向けて出て行こうとする俺の肩をヴォルフがなぜかがっしりと掴んでいる。
「どこに行くんだリック」
「どこって……庭でぐーたらするつもりだけど?」
「リックも一緒に居るんだ」
「後は任せたって言わなかったっけ?」
俺の仕事はあくまでこいつらをヴォルフのもとに来るように連絡する事であって、そこから先の仕事は全部放り投げたはず。となると、俺のやる事なんてなんもないんだから、ついて行ったってぐーたら出来なくなるだけじゃん。
「まだ説明が足りないから、所々で解説してもらわないと困るんだが?」
「えぇ……別日でよくない?」
確かにそう言われるとそうかもしんないけど、別にいっぺんにやらなくたっていいじゃないかと俺は問いたい。
ルッツが来るまで半月近くある。だから今日は簡単な説明くらいで、続きはその間にゆっくりゆっくりと進めていけばいいじゃないか。
「父さんはリックと違って忙しいんだ。そう何度も時間をとれないから一度で終わらせるぞ」
「……分かりましたよ。参加すればいいんでしょ参加すれば」
やれやれ。そんな訳で強制的に説明会に参加させられる羽目になったんだけど、ヴォルフの書斎って思ったより狭いんで俺とヴォルフ以外は立ちっぱで話をする事に。文句があるなら――ない? そうなんだ。
「さて、それじゃあ早速だけど、君達奴隷になる前は元々何かの見習いをやっていたとリックから聞いたが、本当か?」
「は、はい……その通りでございます」
「そうか……ならばどの程度の事が出来るんだ? 各々答えてもらおう」
「か、畏まりました……」
って事で、それぞれが出来る最大限の事を報告し、ヴォルフがそれを羊皮紙に書き記し、俺はボケーっとその光景を眺めるだけ。本当にいる必要あるのかね?
「ふむ……こんなものか。じゃあリック。後は頼んだぞ」
「んぇ? なに急に」
本当にボケーっとしてたから話が8割近く入ってないせいで、なんで急に呼ばれたのかが本当に理解できない。
「皆の出来る事の一覧だ。これを基に職業体験の内容を考えるんだ」
「俺がなの?」
「父さんはそういう頭を使うことは苦手だし、そもそも発案者はリックだろ? 内容に関して提案されないと可か不可かの判断が出来ないからな」
それもそうか。とはいえ面倒くさいなー。適当に決めちゃおうかなーとか考えながら手渡された羊皮紙に目を通す。
「……とりあえず鍛冶は、鉄を打つくらいでいいんじゃない?」
高校生の頃、ガラス工芸体験をした時はただ指示されるがままに息を吹きかけるだけだった。正直、この程度の事で体験って言っていいのかよと疑問しかなかったが、10にも満たない子供であれば、ハンマー片手にトントンカンカンやってればとりあえず満足するだろ。
という提案をしてみたところ、ヴォルフから待ったの声がかかった。
「火を使うのは危なくないか?」
「じゃあただ鉄を叩かせるでいいんじゃない?」
大人であれば多少は鍛冶の知識があるかもしんないけど、ガキであればなんも知らんだろうから、見習いがあれこれ理由付けをすれば納得するだろうと思うが、ヴォルフはあんま納得してないっぽいな。
「それで大丈夫なのか?」
「父さんは鍛冶の現場を見てるから疑問に感じるんだよ。何か適当な理由をつければ、ガキなら納得するでしょ」
元・傭兵として何度か鍛冶場を訪れてるんだろう。それでなくとも武具を扱う人間であれば、当然足を運ぶ場所だから心配するんだろうけど、何も知らなければそういうもんだと納得するだろ。
「そっちも、聞かれたらなんかしらの理由を考えといてね」
「わ、分かりました」
さて、それじゃあ鍛冶見習いの話はこれでおしまい。次は薬師見習いにすっか。
薬師に関してはおばばという存在が大きいから、これはガキ共でもちょっとはどんなところか。何をしているのかは理解してるから、適当な仕事を体験させる訳にはいかない。
そして問題の見習いは、一応傷薬の調合が出来るらしい。この時点でアレザと大差ない実力なのかな? ってのが顔に出てたんかね。首を横に振って「あっちが上」と端的に言い放った。
さて、そうなると調合をさせるのはNG。使う材量が少ない傷薬とはいえ、十数人のガキ共のために消費したら、フェルトの所に取りに行けと文句を言われそうだから――
「うん。薬師見習いは薬草の選別でもさせるとしよう」
「……地味」
「でも必要な作業だろ?」
「ん。絶対必要」
見極めが出来ないと、ちゃんとした薬にならないどころか逆に毒になるかもしれない可能性があるもんね。やるやらないは置いといても、知ってて損をしない知識ではある。
「選別か……それだったら特に危険はなさそうだな」
「薬草かそうじゃないか仕分けるだけだからね」
とりあえずこれで薬師体験もいいとしよう。
次は商人見習いだけどこれはそう難しいことはない。おままごとの延長線みたいなことをさせればいい。
「商人見習いは仕入れとか値のつけ方とかの体験でいいでしょ」
「それは構いませんが……商人の仕事というのは高度な計算能力が求められますので、子供にそれらをさせるというのはいささか酷なのではないでしょうか?」
「ああ大丈夫。簡単な計算と文字の読み書きは大抵のガキ共は頭に入ってるから」
もともとそれの必要性を説くためにこんな超絶面倒な事をさせられてるんだ。今更一般的な商人レベルの計算能力は優に超えて、この見習いも上回ってるんじゃなかろうか?
「そうなのですか?」
「ああ。将来のぐーたらライフのためには必要な知識だからな」
「そうなのですね。でしたら教材としていくつか商品を用意していただきたいのですが……可能でしょうか?」
「じゃあ必要なモンを書き出しといて。何日かしたら取りに行くから」
とりあえずこれで俺の役目は本当に終わりかな。後は……仕入れと値付けのための商品を用意するくらいで、ヴォルフと元・奴隷達で十分だろ。
「もう出てっていいよね? 父さん」
「そうだな……とりあえずやる事は決まったからな。また何か聞くかもしれないが、今日の所はもう十分だ」
「じゃあねー」
いやー終わった終わった。これ心置きなく夕飯までぐーたら出来る。
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