第233話

「……日頃の行いはいいはずなんだけどなー」


 散々飛び回って探した結果、なんでか知らないけど全員が畑にいたり長屋の近くに居た訳だけど、なんだって何も作業することがないのにここにいるんだろう。


「リック様。来た」

「待ってたっすわー」

「今日もよろしくお願いします」


 この反応を見る限り、鍛冶見習いから話を聞いてるって感じじゃなさそうだ。そもそもそいつの姿がどこにもないしね。

 のそのそと土板から降りて栄養ドバドバ入れてる間に話をするか。


「話は何も聞いてないよね?」

「えーっと……そうですね。わたしは何も聞いてないです」

「同じく」

「こっちも聞いてねぇっすね」

「じゃあ今伝えるよ。ちょっと父さんから皆に用事があるから、お昼ご飯食べ終わったらうちまで来てもらっていい?」


 さらっと説明したら、なんか近くにいた元・奴隷たちの表情がぐっと固まったような気がする。やっぱり領主に会うってのはそれだけ緊張するイベントなんだな。


「おいおい。たった数日で領主に呼ばれるって……」

「何か不手際でもしてしまったのでしょうか」

「殺される?」


 なるほど。呼び出し=罪を犯したって認識なのか。そりゃあさっきの鍛冶見習いもビビる訳だよ。これが世界の常識か……。恐ろしや恐ろしや。


「安心しろって。父さんは元傭兵で平民だから礼節とかそういうのは気にしないというかよくわかってないかもしんないからいきなり斬首! とか言わないし、そもそも呼んでるのもちょっとした手伝いを皆に頼みたいだけだから」

「手伝い……ですか?」

「確かなんかの見習いしてたでしょ? 買ったときにそんな説明受けた記憶がある」

「そうっすけどねぇ……言っちゃ悪いけど、こっちは領主様に頼られるほどの腕前じゃねぇっすよ?」

「同意」

「あー大丈夫。聞こえが悪いと思うけど、別に腕の良し悪しは求めてないから気にしないでいいよ」

「……それはそれでいい気分じゃねぇっす」

「だから聞こえが悪いって言っただろ?」


 この職場体験は、あくまで体験であって実際にこういう職業が世の中にはあるんだよって事を教えたり、俺が極々稀に教壇に立って教えた勉強が役に立つって事が教えられれば腕前なんて必要ないしね。


「とりあえず昼飯が終わったら行けばいいんすね?」

「そう」

「ん。分かった」


 さて、伝えたい要件は伝え終わったし、土に栄養も十分行き渡ったから今日のお仕事はおしまい。後は夕飯までぐーたらしようっと内心ウキウキ気分で土板に乗り込んで家に帰還。


 ——————


「それで? ちゃんと伝えたんだろうな」

「もちろん。そろそろ来るんじゃない?」


 お昼ご飯を食べ終わり、さーて夕飯までぐーたらしようと席を立とうとする俺に、ヴォルフが仕事をしたのかと再確認の質問をしてきたんできちんと返答した。


「ならいいが……もし来ないようならお前が迎えに行くんだぞ?」

「えぇ……俺、これから庭でぐーたらする予定だから、そうなったらアリア姉さんが呼んできてくれない?」

「なんでアタシがアンタの怠けのために小間使いをしなくちゃなんないのよ」

「怠けじゃなくてぐーたらね。でも、村中走り回るのはいい運動になるじゃん?」

「だったら剣振ってた方が何倍もマシに決まってんでしょうが」

「じゃあサミィ姉さん……お願い」

「ごめんねリック。僕はこの後用事があるから時間ないんだよ」


 ちらっとエレナに目を向けるも、ニッコリ笑顔で何も言わないし、俺も何も言えない。お願い♪ って言ったらひどい目に合う予感がビンビン伝わってくるぜ。

 まぁ、来なかったという判断は人それぞれだ。当然俺は滅茶苦茶遅く設定してる。

 さすがに夕飯ギリギリまでは待たないけど、それに近い時間くらいであれば来ないって判断はしないつもり。だっていちいち動くの面倒だからね。


「じゃあ夕方まで玄関でぐーたらするね」


 いつもであれば中庭でやるけど、家族の支援が期待できない以上は自力で何とかするしかない。

 そしてパッと思いついたのが、この方法だね。

 ぐーたら中に来客があるのであれば、それを知るためにはどうしたって起こしてもらわんとマジで無理。一応イラッとしないよう努力はするけど、満喫具合によってはやっちゃうかもしんないねー。


「出入りに邪魔にならない場所なら構わないぞ。あと、離れすぎるなよ?」

「……分かったー」


 ちぃ……っ。早速釘を刺されたか。俺の性格をよく理解してるようで喜ばしいよ。 

 といっても、移動が面倒だから離れるつもりもないからいいんだけどね。

 玄関前でハンモックに揺られるにはそれを支える柱が必要なんで、土魔法でパパっと作ってささっと設置して寝転がってぐーたらタイムを満喫しますかと戸を開けると、すでに元・奴隷の全員が集合してた。


「ちゃんとお昼ご飯食ったか?」

「もちろんです」

「ならいいけど。父さーん。皆来たよー」

「ちょ⁉ 呼ばないでください!」


 風魔法で声をリビングまで届けると、商人見習いが急にそんな事を言い出したけどもう遅い。ちゃんとおう分かった。という声が聞こえてきちゃったからね。

 そうして1分もかからぬうちにヴォルフが玄関に顔を出した。


「おぉよく来たな。待ってたぞ」

「「「「「も、申し訳ございません!」」」」」


 ヴォルフが待ってたぞなんて言ったから、全員が遅刻しやがってとでも勘違いしたんだろう。一斉に土下座せん勢いで頭を下げた。

 それを見て。ヴォルフはきょとんとした顔をするって事はちゃんと分ってないらしい。


「父さん。脅すのは良くないよ?」

「え? どこに脅す要素があったんだ?」

「領主が領民に待ってたなんて言ったらダメでしょ。貴族ってのは、人を待たせる立場でしょうが」

「だったらリック。父さんを呼ぶんじゃなくて、そっちの方を家のどっかに待たせた方が良かったんじゃないか?」


 ……なるほど。俺もまたこの世界の常識がなかったんだったな。うっかりしてた。

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