第232話

「おいーっす。遅れてごめんねー」


 畑に栄養を補充するのも大事だけど、優先順位としては村の広場の氷柱づくりは最優先な訳よ。じゃないとお姉さん方に怒られちゃうからね。こっちはこっちでエレナに及ばなくても十分に怖いんですから。


「待ってましたよリック様。いつおいでになるのかを今か今かと待っておりました」

「ちょっと父さんといろいろ話があってね。すぐ作っちゃうから」


 一応待機してた顔ぶれをぐるっと確認すると、1人元・奴隷のやつを見つけたんで、これは幸先いいなと内心ガッツポーズしながら氷柱を作り上げ、上部の魔石に魔力を補充すれば熱期の灼熱がほんのり和らぐ程度の風が広がっていく。


「これでよし……と。あとちょっとそこの。時間ある?」


 広場にいたのはとりあえず冒険者と商人見習いじゃないってのだけは覚えてるから声をかけて引き留める。


「あたしです? 別に大丈夫ですけど……なんかしちゃったです?」

「別に怒るとかそういう話じゃないから。ちょっと聞きたいんだけど、ここに来る前は何してたんだっけ?」

「あたしは鍛冶見習いです。これでも包丁の直しくらいはできるです」

「あらそうなの? だったらうちのをちょっと見てもらえないかい?」

「ウチも頼みたいわ。最近少し切れ味が落ちてきたのよ」

「大丈夫ですけどあまり期待されるのも困るです」


 なーんて感じで井戸端会議が始まっちゃったけど、こっちはこっちで急いでる理由があるから、かなり強引だろうと断ち切らせてもらう。


「はいはい。そういう話はこっちの話が終わってから好きなだけやって」


 領主の息子兼貴族パワーを使って鍛冶見習いを引きはがして少し距離を取る。じゃないとまた話が始まっちゃうかもだし、離れすぎると移動が面倒なんでね。


「さて、鍛冶見習いで包丁の直しが出来るって話だけど」

「はいです。包丁とか調理器具の直しくらいだったらできるですけど、剣とかの修理はあまりさせてもらえなかったです」


 なんでも、王都で中堅辺りの鍛冶屋の見習いになったらしいんだが、女という事もあってあまり仕事を回してもらえず、やっていたのは雑用だったりほかの連中がやりたがらない包丁や鍋の修理ばかりだったらしい。

 そして、そういう仕事しかしてないと自然と給金も低くなるらしく、最終的に奴隷になって俺に買われたって訳らしい。


「ふーん……まぁ別にそれはどうでもいいんだけど、ちょっと頼みたい用事があるから、お昼ご飯食べ終わったらうちに来てよ。父さんが話があるって事だからさ」

「分かりましたですけど、あたしだけです?」

「いんや。ほかの連中にも声をかける予定だよ」

「よかったです。領主様のお屋敷に1人で行くなんて怖くてどうしようかと思ってたですから」


 ほっと胸をなでおろす姿を見て、市民が領主に会うってなったらこういう反応するのが普通だったなーと再認識させられるわー。

 元・傭兵で他の貴族も全く近づかんから何も思わなかったけど、本来貴族と平民にはこうなるだけの差があるのが普通だったなー。


「そういう事なんで、そっちでも見つけたら声かけておいて」

「全員でいいんです?」

「いや、冒険者だった連中はいいらしいからそっちは大丈夫」

「なんか言われたら説明していいです?」

「いいよ。それでなんか変な気ぃ起こされても困るからな。手に職持ってる奴に用があるって言っといて」

「分かったです」


 ヴォルフに呼ばれなかった=役立たず。とか思われて厄介ごとを起こされたりしたらせっかく出した金が無駄になっちまう可能性があるからな。であれば、事前に理由を言っておけばいいだろ。


「さて……それじゃあ畑にでも行きますかね」

「こっちの畑にも来てほしいです」

「ちゃんと行くよー」


 新鮮野菜は今のところ優先順位が高いからな。ここが軌道に乗ればルッツから乾燥野菜を買う金が減る分違うのに充てられるからな。

 そうなったら何に使うのが1番ぐーたらライフに近づけるかな……金額にして金貨1枚くらいだったはず。

 何がいかなー。村人のためになる事——ひいてはぐーたらライフのためになる事ねぇ……。


「おーいリック様ー! どこに行くですだー!」

「おっとっと」


 いかんいかん。考え事をしてたらまた畑を通り過ぎるところだったんで、すぐに下降しよう。


「大丈夫ですだか? 昨日もこうだったですだが」

「ちょっと考え事しててねー」


 ペタンと地面に手をつきながらボケーっと考える。

 額を考えると結構デカい事が出来るな。それで感謝されそうな物ねぇ……日本だったらちょっとしたお菓子とかで済ませられそうだけど、食材は1月あれば腐るに十分な時間だし、かといって服だの布だのはめっちゃくちゃ高い。

 ……今は難しいから考えるのをやめよう。そもそも冷房魔道具をすべての家に配る予定なんだから、それが乾燥野菜の代わりって事でいいだろ。額から言ってもけた違いに豪華だしね。


「よし。こんなもんでしょ」

「ありがとうごぜぇますだ」

「さて……ほいじゃあ次に行くけど、この辺で最近来た村人の誰かを見たりしなかった?」

「いんやぁ……おらが見たんは広場にいる娘っ子だけですだな」

「そっか」


 1発目に鍛冶見習いに出会ったのは運が良かったと思ったのに……まぁ、畑はほかにもまだあるし、何か所も回ってればそのうち見つかるだろ。


「じゃあ、もし誰か見かけたら昼ごはん食べたら家に来るようにって伝えておいてくれない?」

「分かりましただ。ほいだば気を付けて」

「じゃー頼んだよー」


 うん。こうやって伝える人間が増えればおのずと俺の労力も減るから、一石何鳥にもなって万々歳だな。

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