第231話
「リック。昨日の話を覚えているか?」
朝食を食べ終え、さーて小2時間ほどぐーたらしようかなーと席を立ったら、急にヴォルフがそんな事を言って来た。はて……昨日の話って何だろう?
「覚えてない」
「はぁ……っ。まぁ、父さんもついでに言ったようなものだから仕方ないけどな。昨日の話というのは職業体験についてだ」
……あー。そういえば砂糖関連で2人にリビングに拘束された際、そこから逃げ出した薄情なヴォルフがなんか言ってた気がするけど内容は覚えてない。それだけあの一連のやり取りが滅茶苦茶面倒臭かったからね。
「職業体験? ナニソレ」
そしてその内容にアリアが食いついて来た。ロクに娯楽がないこの世界でもさらに何もないこの村での聞きなれない言葉に琴線が刺激されたのかな。厄介だよ全く。
こうなると相手をするのが面倒臭いからヴォルフが説明してくれないかなーとちらっと視線を向けてみると、あっちもあっちでお前の方が詳しいんだからお前がしろっていう目を向けてきてる。
そんな沈黙の攻防に業を煮やしたのは、当たり前だけどアリア。
「無視するなんていい度胸じゃないの」
「いだだだだだ……」
近くにいた俺が頬をつねられると、ヴォルフが普通に視線をそらしやがった。来月の酒の量はちょっと考えさせてもらおうかね。
「言葉通りの意味だよ。リンとかにルッツとか元・奴隷達の前職のお手伝いをさせて、勉強の大切さを知ってより熱心に学んでもらおうって事をやろうって話」
「ふーん……なんかつまんなそうね」
「アリア姉さんも参加する?」
「しない」
勉強って聞いて明らかにテンションが下がったアリアは、俺の提案に即座にノーを口にする。
まぁ、冒険者を目指してるアリアに住民レベルの勉強は求めてないから別にいいんだけどね。
「で? 何の話だっけ? 父さん」
「本当に覚えてないんだな。元・奴隷たちに話があるから父さんの所に行くように説明しておけといったんだが?」
「……そんなこと言ってたっけ?」
あの中には見習いレベルだけど手に職をつけてた奴らがいるからな。確かに手伝わせるのは当たり前の流れだね。
「思い出したならこの後頼んでもいいな?」
「そうだねー。どうせ畑仕事で顔を合わせるだろうし」
一通り畑を回る。そのついでに見かけたら随時声をかけるって感じで大丈夫だろ。集合時間は昼飯を食い終わってからと決まり、未来のぐーたらライフのために重い腰を上げますかとリビングから出ていこうとしたら、何故かまだ居たアリアに通せんぼされてるんですけど?
「なに? アリア姉さん」
「アタシもついていくわ」
「……父さん。この国が亡ぶかも――うぎゃ⁉」
「なんでそうなんのよ!」
「まぁ、気持ちは分からんでもないな」
「父さんまで酷い!」
当たり前だと思う。あの脳筋アリアが訓練ごと以外に時間を割くなんて、俺がぐーたら以外に時間を割くのと同じくらいありえない発言だからな。ヴォルフも驚くのも無理はない。
「で? なんだってリックについていきたいんだい?」
「グレッグに聞いたわ。リックが買ってきた奴隷の中に元・冒険者がいるって。そして、職業なんちゃらの話をするんだったら冒険者の体験もできるって事じゃない! そんな楽しそうな事に参加しないわけにはいかないわ!」
なるほど。つまりアリアは冒険者の体験がしたいがために俺と同行して、言質を得たいってわけか。脳筋にしては随分と頭に血が廻った――いや、どちらかというと直感力かな? それでそんな答えに行きついたのか。
しかし残念だなー。そこには大きな見落としがあるんだなー。
「……なるほど。確かにその者達にも仕事を依頼するだろうけど、アリアは1つ大きな勘違いをしているよ」
「何よ父さん」
「ここには、君を満足させるほどの冒険者としての仕事はないって事だ」
アリアが思い描く冒険者の仕事ってのは、ドラゴンを狩ったりダンジョンを攻略したりってのだろうけど、そんなのは限られた連中にしかできないし、そもそもそんな危険なのがいたりあったりしたらとうの昔に俺が処分しとるわ。
なので、ここでも出来る冒険者の依頼となると……思いつくのは薬草採取とかのいわゆるお使い系だけど、この村でそう言った依頼に向いてるものはなーんもないんで、やるんだとしたら代替案を考えるようにヴォルフに言っておかないとな。
そんな発言を聞いたアリアは、さっきと同じようにとんでもない勢いでらんらんと輝かせてためから光が失われてって――
「じゃあいいわ」
と言ってリビングを出て行った。やれやれ……本当に騒がしくて参っちゃうよ。おかげでまだ朝飯を食い終わったばっかりだっていうのにどっと疲れた。
「……いったいアリア姉さんは何を想像してたんだろうね」
「きっと魔物討伐とかが出来ると思ってたんだろう」
俺にも想像できるレベルだ。より親密に接してるヴォルフであれば容易か。
「さすがにそんなのをガキ連中にさせられる訳ないでしょ?」
「当たり前だろう。グレッグに鍛えてもらい、リックが作った武器を手にしてなお、ウルフ相手に大人が怪我をしてるんだぞ」
大人で怪我をするから、子供であればどうなるかは容易に想像がつく。そんな危険を冒してまで勉強の大切さを再認識させるつもりは全くない。
「じゃあ冒険者の体験は無しでいいよね?」
「そうだな」
よしよし。これであいつらを探す手間が省けてちょうどいいな。多分兵錬場にいるとは思うけど、そこまで行かなくてもよくなったのは我ながらナイスアイディアだ。
「じゃあそろそろ行こうかな」
「来るように忘れずに伝えるんだぞ」
「わかってまーす」
さーて。ようやく畑仕事に向かえる。本当に朝から面倒な事が多すぎてやる気が無くなるけど、家族にぐちぐち小言を言われながらじゃぐーたら出来ないからね。さっさと終わらせて1秒でも長く没頭しなければ。
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