第228話

「じゃ、元・奴隷たちに明日話があると伝えておいてくれ」


 サミィに肩を押さえつけられたのを見たヴォルフは、ただならぬ気配を感じたんだろう。それだけの言い残して逃げるようにリビングから去っていった。


「それじゃあリックちゃーん。おかーさん達とお話しましょー」

「……うい」


 なんだろう……もの凄い迫力で有無を言わせない圧がある。逆らっちゃいけない。ぐーたら神もこれには首をものすごい勢いで縦に振りまくってる幻影が見えるぞ。


「早速だけどー。砂糖ってどうなってるのかしらー?」

「どうって言われても……順調に育ってるよ?」


 砂糖の生産はかなりの急務だからな。一応ぐーたら力の減少を多少なりとも無視して働いてるおかげか、予定より早めに収穫が望めそうではある。


「それは知っているさ。ボク達も確認しているからね」

「じゃあなんでわざわざ聞いてくるの?」


 というか見てたんだ。まぁ、それだけ砂糖を待ち望んでるって事なんだろう。エレナは当然ながら、サミィもちゃんと甘党だからな。気になるのも仕方ないか。


「これ見てちょうだいー」


 机に置かれた壺をのぞき込んでみると、中は空っぽ。わずかに残った匂いから入ってたのは砂糖なんだろうって事がうかがえるけど、これを見てどう反応すればいいんだろう?


「えーっと……これがなにか?」

「砂糖が入っていた壺なんだよ」

「まぁ、甘い匂いがするからそうなんだろうなーって。それで?」

「なくなっちゃったのよー」

「それもいつの間にかね」

「……」


 いつの間にかも何も、2人が食ったから無くなったんだろうに……一応黙ってはおくけど、ここ最近の俺のポーカーフェイスの駄目具合を鑑みると、うん……そっと視線を逸らす姿を見ると白い目で見てるんだろうなと分かる。


「母さん。俺言わなかったっけ? 1月ぐらいかかるから考えてねって」

「……し、知らないわねー」


 嘘だなってのが一目でわかるほどの反応だ。どうしてあれで隠し通せると思ってるんだろうと疑問を感じると同時に、俺もこうなのかなーと内心愕然とする。

 何度も指摘されて多少は感情が顔に出てる自覚が出てきたけど、ここまでなんじゃと思うと今後は気を付けようと身が引き締まるな。


「とにかく。どうしようもないんだから諦めなよ」

「今の畑にあるもので作ることはできないのかい?」

「試してもいいけど……失敗しても怒んないでよ?」


 別に実験する事に否はない。断って嫌な空気で夕飯を食べるくらいなら、多大な労働をする事で平穏が保たれる方がよっぽどマシなので、ぐーたら神も是非やりなさいと推薦してくれてる。


「「……」」


 急に黙っちゃったけど、さてどうするんだろう。

 かと思えば2人でこそこそ何やら話し始めたし、用が終わったなら裏庭でぐーたらしたいなー。


「1つだけ。というのは難しいのかい?」

「無理なんじゃない?」


 やっぱある程度の甘味を取り出すには、それ相応の量が必要になるでしょ。だからこその規模でガキ連中をこき使って育ててるんだもん。

 全てはぐーたらライフのために。


「魔法でどうにかならないのー?」

「現状、魔法で育ててるから砂糖があるんだけど?」


 普通にやっても、麦の収穫すら困難な環境だからな。逐一甜菜畑を見張ってたなら、魔法を使ってようやく育成が可能なんだと理解してほしいなー。


「どうしても無理かい?」

「……じゃあ、少量で実験してみる?」

「いいのかい!?」


 不完全な生育。

 心許ない量。

 とりあえずこれで砂糖ができるかどうかの実験といこう。


「もちろん俺は何もしないよ?」

「「え?」」


 そもそも忠告を無視して無計画に砂糖を貪ったのはエレナ達なんだから。砂糖がどれだけの手間をかけて作られているのか一度体験するといい。そうすれば、多少なりともありがたみを感じて消費量を減らしてくれるかもしれない。


「まぁ、横から説明くらいはするけどね。とりあえず、畑に行って作物を取って来ようか」

「……そうだね。母さんは調理場で待っててください」

「わかったわー」


 って事なんで、サミィと一緒に甜菜畑にやってきた。


「どれを抜いてもいいのかい?」

「いいと思うよ」


 どうせどれを抜いてもそんな変わんないと思うしね。

 なので俺も魔法で1本抜いてみると、いつもの丸々太った姿と違って細いなー。これで本当に砂糖が出来るのかねー?


「何本抜けばいいんだい?」

「5本くらいでいいんじゃない?」


 別に実験だから1本でもいいのかもだけど、それで失敗したら2人から恨まれそうなんで、少しだけ多く抜いてキッチンに戻ると、エレナがちゃんとお湯を沸かして待っててくれた。


「これでよかったのよねー?」

「そうだねー」


 いつもは大釜だけど、今回はこれで十分。

 まずは水で表面の土汚れを落として、包丁で皮を厚めに剝く。


「さすがにこのくらいはできるよね?」

「……多分」


 少しやって見せるも、サミィはめっちゃ不安そうだ。


「大丈夫よサミィちゃーん。お母さんがやっちゃうからー」


 サミィから包丁を奪い取ったエレナが、あっという間に皮をむいてサイコロ状にカットし、次々鍋に放り込んでいく。


「これをどうするのかしらー?」

「しばし待つ訳だけど、ちょっと言っておきたい事がある」

「なんだい?」

「これで成功したからって、味を占めてまた同じ事をすればいいやとか思わないようにね。砂糖はこの村の皆の物なんだから」


 成功するかは知らないけど、万が一そうなった時のためにキッチリと釘を刺させてもらおう。じゃないと、村のおば――じゃなくてお姉さん方からの文句でヴォルフに迷惑がかかり、最終的に俺のぐーたらライフの邪魔になる。


「……努力はするわー」

「ボクも、可能な限り我慢しようじゃないか」

「そう……」


 その言葉の信用性は滅茶苦茶低い。当たり前っちゃ当たり前だけど、出来るんだったら既にやってるだろ? って反論されちゃうからね。

 とはいえ、そんな事を言ってたらいつまでも相手しなくちゃなんなんで、この辺にしておこう。

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