第225話
「ふあ……っ。まぁまぁ寝たか」
今日も今日とて寝足りないけど、さっさと起きないとアリアに叩き起こされるし、エレナが怖いからな。心の平穏と安全なぐーたらライフを送るためには、こういう努力も心掛けないとね。
「さて……どうするかな」
亜空間から冷房魔道具を取り出してじっと見つめる。
これをあと6日以内——いや、昨日約束……したか。あれは夕方だったから1日としてカウントするのは無理がある。なので、今日も期限は7日のままって事でいいだろ。
と言っても、作らなくちゃいけない事に変わりはないんだよね。魔道具の研究とか作るのは好きだけど、期限を決められると途端にやる気が無くなるなー。
「リック朝よ――って起きてるじゃない」
「おはようアリア姉さん。起きてたら駄目なの?」
「別に……。それよりソレ何?」
あまりに突然すぎて魔道具を隠す暇がなかった。どうにかして誤魔化さないと、これが冷房魔道具だとエレナに伝わってしまったら、7日もある期限が半分以下にさせられるかもしれない。
それは何としてでも回避しなければ……王都で寝ずにぬいぐるみを作らされた時みたいに、ブラック時代を彷彿とさせるような日々が確実に訪れるだろう。
あの時は夜から朝までだったからまだ何とかなったけど、数日続くとなると領主代行として事務にいそしんだあの地獄の再来になる。それは死ぬと同じくらいいやだ!
「これ? これは火の魔道具だよ」
「何でこんな暑いのにそんなの作ってんのよ」
ううむ……アリアにしてはまともな質問だ。確かにこんな時期に火の魔道具を作るのはおかしいか。咄嗟だったとはいえこれは迂闊だったな。何とか正当性を持たせないと。
「新しく村人になった人たち居るでしょ? そういえばかまど代わりの魔道具を置いてなかったなーと思ってね」
「でも、あの人達の家って全部リックが作ったんでしょ? だったらどうしてその時に置かなかったのよ」
「忘れてた」
「相変わらず忘れっぽいわね……」
「それより姉さん。訓練はいいの?」
「確かに!」
あっという間に居なくなった。こうなってくれるんだったら最初からこれを言えばよかったな。俺も突然の事で気が動転してたみたいだ。
さて、アリアが居なくなったのを確認し、魔道具を亜空間に放り込んでからキッチンへ。モチロン道中の所々に氷柱を設置する事も忘れないよ。
「おはよー」
「おはよーリックちゃーん。ちょっとお肉取って来るから後お願いねー」
「あーい」
どれどれ……今日の朝ご飯は、定番の乾燥野菜のスープとパンか。それで、ここにウルフ肉を加える訳か。
とりあえずエレナが帰って来るまではする事が無いのでぼーっとしつつ鍋の様子をうかがう。
……なんだろ。こうして渦巻いてるのをぼんやり眺めてるのって悪くないかも。これはこれでいい感じに意識が渦の中心に向かって落ちてってぐーたらの境地に――
「お待たせー。お肉切ってねー」
「……はーい」
エレナの声で意識を戻し、受け取ったカチコチのウルフ肉を一旦解凍してからミンチにして鍋にIN。後は出てくる灰汁を丁寧に処理すれば完成だ。
「それじゃあエレナちゃん達を呼んで来てちょうだいー」
「あーい」
勝手口から外に出て裏庭に行ってみると、いつもだったらガンガンギンギン凄い音が聞こえてくるはずなのに、今日は妙に静かだなーと感じながら覗き込んでみると、仁王立ちのヴォルフと片膝をついてるアリアって言う少し珍しい光景がそこに。
おかげで今日は、簡単に声が届きそうだ。
「おーい。ご飯出来たよー」
「分かった。じゃあ今日の訓練はおしまいだ」
「……ありがとうございました」
どうやらあれで訓練していたらしい。傍から見るとヴォルフが立っててアリアが片膝をついてるだけにしか見えないんだけど、いったいどんな意味があったんだろう。
「父さんがただ立ってるだけに見えたけど、あれも訓練なの?」
「ああ。今日はアリアが圧に負けない訓練がしたいっていうからな」
「圧?」
「……母さんのみたいなのだ」
「あぁ……」
あの重苦しい感じの空気の事か。まぁ、エレナがあんなことができるんであればヴォルフも使えるのは当たり前か。
「でも、なんだって急にそんな訓練を?」
「昨日、母さんに怒られた時に思ったのよ。あれをはねのける事が出来ればアタシはもっと強くなれるんじゃないかって!」
「へー」
つまり。すべては強くなって優秀な冒険者としてこの地を支えたいって事か。
「だから父さんに訓練をお願いしたんだけど、全然動けなかった……」
「はっはっは。流石にそう簡単に動かれたら父さんの立つ瀬がないからな」
「お酒に弱くても救国の英雄だしねー」
「一言余計だ」
ペしんと軽く叩かれる。結界で痛くないんだけど突然の事なんで普通に地面を1回転。
「おっとスマン」
「気を付けてよね。俺はアリア姉さんと違って貧弱なんだから」
「その自覚があるならアンタも訓練に参加しなさいよ」
「断る! 俺には俺に合った訓練をしてるからいらない」
「いつもそれ言ってるけど、アンタが自分の足で走ったりしてるとこ見たことないんだけど?」
「それはアリア姉さんが自分の訓練ばっかりして見てないだけでしょ」
実際にちょっと走ってちょっと筋トレくらいはしてるからな。丈夫な足腰は老後の健康に直結する以上、手を抜くのはぐーたら道に対する冒涜と言っても過言じゃないし、やりすぎもまた教義に反するからね。
「ほら。あまりお母さんを待たせると怒られるぞ」
「「はーい」」
一瞬。それも訓練になっていいかも? とかアリアが思わなくてよかった。
その矛先がアリアにだけ向かうんであれば別にどうなってもいいんだけど、朝食に遅れた=皆のせいってなるんで本当に良かった。
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