第216話

「さて……それじゃあ行きますかね」


 朝飯を終えてすぐに家を出る。本当はもう少しゆっくりしたかったんだけど、ヴォルフからの早く酒を飲むのかどうか聞いて来いと視線でうざいくらいに訴えてきてたんで、渋々重い腰を上げて家を出る。

 まずは村の広場に置いてある氷柱の再設置をしようと行ってみると、見慣れた村人に混じって元・奴隷の姿がある。

 あれは確か……商人見習だった奴だったっけか。


「おはよー」

「おはようございますリック様」

「ちゃんと馴染めてるっぽいね。他の皆も大丈夫?」

「そうですね。皆さんが優しいおかげで人並みの生活を送れています」

「よかったね」


 でも、人並みの生活とか言われるとじゃあ今までどんな暮らししてたん? もしかして奴隷? とか変に勘繰られそうな発言は止めてほしいな。一応難民設定なんでそっち方面に勘違いしてくれたっぽいから、後で説教だな。


「じゃあ氷作り直しますかね」


 快適な環境で暮らせるとなれば、村を去っていくなんて考えをしなくなるだろうし、多少なりとも涼しくなればぐっすり眠れて疲れを癒せて翌日の農業にも影響が少なくなる。そんな恩恵を少し魔法を使うだけで与えられるんであれば、やらない理由はないんだからやる。

 パパっと氷を作り、冷気を村中に送る送風の魔道具の魔石に魔力を充填すれば、うだるような暑さが多少はマシになってると思う。ちらっとおば――じゃなくてお姉さん連中に目を向ければ、随分とスッキリとした顔をしてる。

 そういえば、親方に依頼してある耐久調査の結果報告の期限がそろそろだったっけか? 全然覚えてないけど思い立ったがって奴で昼にでも1回顔を出してみるかね。成功してればこの作業分ぐーたら出来るようになるしね。


「さて、そんじゃ畑——じゃなくてちょっと聞きたい事があるんだった」

「なんでしょうか?」

「連れて来た8人って何人か酒飲む?」

「そういう話をしたことがないので他の人はどうか分かりませんが、私はたしなむ程度ですけどなぜ急にそんな事を?」


 確かに。奴隷になったってのに酒の話なんてする訳ないか。とりあえず商人見習いが飲むってのは分かった。そしてお姉さん連中も質問の意図を理解して、揃って「あーなるほどー」という顔をする。


「聞きたがってるのは領主様ですよね」

「やっぱ分かるんだねー」

「当たり前ですよ。何年この村で暮らしてると思ってるんです」


 それもそうか。ルッツが来た次の日は男連中のほとんどは二日酔いで、ヴォルフも当然そのメンバーの一員として地べたにはいつくばってるからな。そしてエレナに特別きつく叱られるという醜態を毎月さらしてるもんな。

 こんな狭いコミュニティでそれを知らん方が逆におかしいか。


「って訳で、父さんがみんなの飲酒の度合いを聞いといてって」

「なるほど……では聞いておきますね」

「こっちでも見つけ次第聞いておくけど、そっちでも見つけたら聞いておいて」

「分かりました」


 さて、これで多少なりとも負担が減るかなーとぼんやり思ってると――


「あら? 同じ領地から逃げて来たんじゃないの?」

「そうですけど全員同じ場所からという訳ではないんですよ。道中も逃げるのに必死でそんな話にはなりませんでしたしね」

「へぇ……随分と大変な思いをしてきたんだねぇ」


 ヤバい質問が飛んできて内心ドキッとしたけど、商人見習いはさも当然の様にありもしない嘘が出て来たなぁ。おかげで怪しまれる事なく切り抜けたけど、俺も俺で発言には色々と気をつけんとな。


「とりあえずアンタは飲むって事でいいんだよね?」

「ええ」

「じゃあ俺は行くから、よろしくね」


 あんま長居するとボロが出そうなんで、逃げるようにその場を後にする。

 しかし……飲酒量を知らないだけでそんな疑問を投げかけられるとは思いもしなかったなー。今度から何か聞く時は近くに誰も居ない時を狙わないと駄目っぽい。


「おーいリック様ー! 聞こえてるだかー!」

「んぁ? あぁ悪い悪い」


 うんうん悩んでたら危うく畑を通り過ぎるところだった。


「いえいえ。へば、いつも通りおねげぇしますだ」

「任せとけ」


 どうやらこの辺りに元・奴隷達はいないっぽいな。


「ところで、難民の皆とはうまくやってる?」

「問題ねぇと思いますだよ? 話した感じも悪くねぇですし、こっちの畑の手伝いもよぉしてくれるですだよ」

「ふむ……それはよかった」


 ちゃんとやる事をやっているようでひと安心だ。熱を入れすぎて精神を病んだりされるのは勘弁だけど、俺みたいに何もしないのはもっと駄目だ。それは立派な粛清対象だが、今のところそれを実行に移す事はなさそうかな。


「よし。こんなもんだな」

「いつも助かりますだ」

「じゃ、次行くねー」

「ありがとうごぜぇましただー」


 同じ感じで村中の畑を回って土魔法を使ってはお礼を言われ、途中で野菜畑に顔を出して飲酒の度合いを聞いたりなんかしたら、8人中7人が酒を飲むって結果を聞いて、どんだけこの世界に娯楽がないんだよと言いたくなるねー。


「皆飲むんだな」

「そうですねー。結構いけますよー」

「まぁ、他に楽しみって言ったら博打くらいだろ?」

「鉄級冒険者じゃあ、娼館に入れるほど稼げないからぁな」

「「「ちょっと!」」」


 突然畑仕事をしてた女子達から男共に農具がぶん投げられ、子供相手に娼館とか口に出すなと説教が始まった。中身おっさんなんでなんとも思わないんだが、どうでもいいんで放っておこう。

 確認した結果、来月からルッツに持って来てもらう酒の増量が決まったとなると、薬草なり調理器具なりの追加が必要になるから、フェルトには当日。親方には明日。クーラーのついでに提案するとしますか。


「あ。忘れるところだった。そこの2人。ちょっといい?」

「んー?」

「なんだぁ?」

「うちで訓練を生きがいとしてる村人が居てね。そいつが冒険者の2人を訓練に参加させたいとか言ってるんだけど、どう?」

「他にやる事もねぇし、そっちが良けりゃ1回やってみてぇかな」

「こっちも同じだぁな」

「あいよ。そんじゃあすぐに行くか」

「行くわ」

「行かせてもらいまさぁな」


 そんな訳で、まるで説教から逃れるように土板に乗り込んできた2人と共に、グレッグが居る兵錬場へ向けて出発。

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