第215話

「ふあ……っ。起きるか」


 奴隷を村に入れて数日。とりあえずバレてないようで、表立って問題らしい問題は起きてない。


「リック――なんだ起きてるのね」

「起きてたら悪いの?」


 ぼへーっとしながら虚空を眺めてると、アリアが部屋に入って来て開口一番にそんな事を言われた。


「別に悪くないわよ。それより母さんが呼んでるわよ」

「母さんが?」


 なんだろう。別に怒られたりするような事をした記憶はないし、腹具合から朝飯の時間だろうけど、アリアが呼びに来るほど遅くなってるとは思えないし、手伝いなら顔を出してる確率の方が高いからわざわざ呼ばれる理由が分かんないな。


「とりあえず教えたから、ちゃんと行きなさいよ」

「ふえーい。台所でいいの?」

「ええ。それじゃあアタシは訓練してくるから」


 本当に方句をしに来ただけらしい。これを無視するとエレナとアリアの両者からぐーたらを妨害されるんで、いつもより多少急ぎ目で着替えを済ませ、魔法で頭ごと顔を洗って多少眠気を取り除いてキッチンに。


「おはよー」

「あらリックちゃんー。ようやく来てくれたわねー」

「アリア姉さんから呼んでるって聞いたけど、いったいどうしたの?」

「とりあえずお手伝いして頂戴ー」

「うーい」


 言われるがままに調理の手伝いを魔法でこなす。

 今日はすいとん。5歳の俺の顎でも苦労する事なく食う事が出来る優しい食べ物で助かるよ。クッソ暑いけどね。


「あの子達は村になじめてるかしらー?」

「いい感じなんじゃない?」


 奴隷8人を村人に紹介した時、ある程度ここの村人になる経緯を作り込んでおいたから怪しまれる事なく暮らしてると思う。まぁ、大して確認してないんで違うかもしれんけどね。


「それで? なんか話があるって聞いたけど?」

「確か冒険者の子達が居たわよねー。時間があるようだったらグレッグが訓練に参加させたいって言ってきたのよー」

「へー。母さんに言うって珍しくない?」


 前のダイエット騒動の時に思ったけど、グレッグはエレナの事を苦手としてるっぽいのにわざわざ聞きに来るのは多少なりとも違和感がある。

 仮に、あいつ等がもっと高位の冒険者であったなら苦手をおしてでも聞きに来たかもしんないけど、ランクは最下層——かどうかも知らんけどギン達よりは下だからそこまで急いで参加させたいのはちょっと気になる。


「まぁー、それだけ村の皆が弱いんじゃないかしらー?」

「うわーお辛辣」


 って言われても仕方ないのかな? 俺も訓練を目にする事はあるけど、連中は大抵へばってる姿しか見ないからなー。弱いって言うのも頷けるかもだけど、鉄級冒険者との違いってそんなにあるのかな?


「それでどうかしらー?」

「うーん……」


 現状であれば別にいい。買った野菜の種はそこそこの量だったけど、8人も居れば水やりは十分手が回る。

 でも野菜が成長すれば自然と手がかかるようになるだろうから、そうなった時に手が足りなくなるのは駄目。あいつ等はあくまで野菜農家とするために購入したんであって、いつかやって来るかもしれない戦争に向けての戦力拡充の為じゃない。


「とりあえず野菜の成長次第って言っておいて」

「あらー。それならリックちゃんが自分で言いなさーい」

「……はーい」


 まぁ、どの道備品整備のために兵錬場にはいく予定だったから別にいいんだけど、代わりに説明に言ってくれないかなーと少し期待してただけにぐーたら力の低下は免れない。


「それじゃあご飯を運んじゃうからー、リックちゃんはアリアちゃん達を呼んで来てちょうだいー」

「はーい」


 相変わらずガンガンギンギンとやかましい裏庭を覗いてみると、いつも通り――って言うにはヴォルフにはまだ元気が足りないか。いやー。相変わらずエレナのマジ切れってのは怖いねー。

 そんな状況でもアリアの猛攻——かどうかは見えないんで何とも言えないけど、音を聞く限りならもれなく防いでるっぽい。こういう所は救国の英雄って感じがする。


「おーい。ご飯だよー」

「ん? あぁもうそんな時間か。じゃあ終わるか」


 今回はちゃんとこっちの声が聞こえてたみたいで、気が付いたら剣をしまって素手でアリアの首根っこを掴んでその動きを止めた。


「もう終わり⁉ 始めたばかりなのに……」

「そう言う文句は母さんに言ってね」


 エレナがご飯の時間だと言ったらそれはどんな事があっても覆らない。

 さすがに天変地異とかが起これば話は別だろうけど、平和なこの地でそんな事は多分あり得ないんでご飯は最優先なのはアリアも分かってるから、文句を言いつつも木剣を片付ける。


「片づけ終わり。じゃあリック。いつものお願いね」

「はいはーい」


 水球を作ってアリアを覆い、日課の人間洗濯機をしながらボケーっとしてるとヴォルフがふと隣に立った。


「どうかしたの?」

「奴隷達について聞きたい事がある」

「なんかやった?」


 こんなんでも一応領主だからね。その仕事内容から俺とは比べ物にならないレベルで村人の色々な話が入って来るんだろう。

 その一言で若干背筋がピンとなって重い空気が流れる。万が一にも問題を起こして追放ってなったら、大金とぐーたらに充てるはずだった貴重な時間を消費したすべてが無になる訳で……やば。何すっか分かんなくなるな。


「あいつ等……酒飲むのか?」

「はい?」

「いやー。奴隷を購入する事について賛成したのはいいんだけどな。数が増えれば増えるだけルッツが持って来る酒の飲める量が減る事にさっき気付いてな。そうなったら購入する量を増やしてもらわないといけなくなるから、今の内に知っておきたかったんだ」


 ……まぁ、とんでもなく下らないけど今回はホッとした。


「朝ごはん食べ終わったら聞いておくよ」


 そう答えてアリアの水球を解除。乾燥を終えたのちにゆっくりと朝飯を堪能した。

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