第210話

「お待たせいたしましたお客様」


 ようやく大人しくなったガキエルフにどっと疲れた。ライオン女子が帰って来るまでぐーたらするかとベッド――を作ったら簡単石付きの腕輪してんのにどうやったんだよと文句を言われそうだから、床を柔らかくして寝転がってると声を掛けられた。


「んぁ? あんたが担当者?」

「ええ。ええ。ワタクシが販売担当のトレーボと言います」


 胸に手を当てて優雅に一礼するのは普通の爺さんで、横にも後ろにもライオン女子の姿はないのは少しイラっとするな。爺さんに任せるのはさすがに気が引けるんだから、一体誰が俺を店の外まで連れてくって言うんだよ。


「早速だけどここに入ってる奴隷4人全員欲しいんだけど」

「ありがとうございます。それでは準備をいたしますので別室にてお待ちください」

「……ライオン女子は?」

「ライオン女子? ふむ……それは恐らくメープの事ですかな? でしたら彼女はラウンジで警備の真っ最中です」


 むむむ。こっちの仕事を放棄するとはとんでもない奴だな。一体どうやって俺はその別室とやらまで行けばいいっていうんだよ全く。爺さんに無茶な事をさせるなんてライオン女子は人でなしだな。


「じゃあ動きたくないからその別室やらまで運んでくれない?」

「……申し訳ありませんが、老体でありますのでそう言った要望はお断りさせていただいております」


 そう告げて腰を叩いて自分には無理なんですよーと大仰にアピールしてきやがる。

 きっと金でなびく事はないだろうから、非常に面倒だけど歩くしかないのかー。嫌だなー。ぐーたら力が減っちゃうよー。


「じゃあここで済ませてくんない?」

「ここで、ですか?」

「そう。手続き全部済ませたら、足となってくれる奴隷が居る訳だしさ」


 ネット小説のテンプレなんかだと、奴隷購入の手続きは金を払って契約を交わすくらいで専用の施設が無いとできないってもんでもないはずだから別にここで全部を済ませても何の問題もないだろう。わrながらナイスアイディアだ。


「ふむ……可能であれば別室でお待ちいただきたいのですが」

「じゃあ運んで」

「……仕方ありませんな。では部下を連れて来ますので少々お待ちください」

「なに? ここじゃ無理なの?」

「必要な道具がございませんので」


 なるほどね。とにかくあっちも本気で俺を運びたくないらしい。その決意の固さはぐーたら道に通じるものがあるとはいえ、ライオン女子か別の部下を連れてきてなかった時点で俺より下なのは明らかだ。


「じゃあ頑張ってねー」


 立ち去る爺さんの背中に沿う言葉をかけ、俺は床に寝転がる。もちろん魔法である程度柔らかくしておくのも忘れない。


「さて、もういいかな」


 十分に距離が取れたかな? って感じた辺りでエルフたちの拘束と遮音を解くと、もはやこっちに対する敵対的な目をする事もなく、近づいてくるような気配もない。


「分かった? どっちが上かが」

「……ああ」


 苦々しく父エルフが降伏のセリフを口にした。うんうん。あの爺さんが帰るまでずーっと動けないようにした上に声も聞こえないようにし続けてたからな。あまりの実力差をさすがに理解してくれたらしい。


「じゃ、さっきの爺さんが来たら起こしてね」


 そう告げてすぐにぐーたらタイム。意識を空高く飛ばす一瞬、エルフ4人がぎょっとした顔をした気がしたけど興味がないんでそのまま――ぐぅ。


 ————


「もし。起きてもらえますかな?」

「……んぁ?」


 肩を揺さぶられて意識を身体に戻してみると、さっきの爺さんともう1人の知らない青年がなんか変な物を見たって顔をしてる。

 こういう事だ? 確かに連中に爺さんが来たら起こせと言ってあったはずなのに……と牢の中のエルフに目を向けると、どうやら起こしたっぽいけど俺が起こせなかったらしい。なんという役立たずぶりだ。


「待ってたよ。で? ここで取引するの?」

「いえ。奴隷の所有権を変更するには特別な魔道具が必要ですので、お客様と奴隷をそのお部屋まで運ばせていただきます」

「……だったら最初からそうしたらよかったんじゃない?」


 奴隷と一緒に行くんであれば、そっちに俺の運搬を任せればわざわざこんな面倒な時間を無駄に浪費せずに済んだのに。なんでわざわざひと手間かけるかねー。理解できないな。


「お客様は老人をいたぶる趣味でもおありですかな?」

「人によるかなー」


 別にいたぶってるつもりはない。すべては俺のぐーたらライフのためであり、それが魔物だろうが老人あろうが等しく使えるんであれば有効活用しようというのが教義の1つでもあるからね。

 とはいえ、なんで急にそんな事を言ってきたのか分かんないな。

 あの状況でやる事と言えば、牢の鍵を開けるだけ。なのにそんな事を言われる理由が分からん。ぐーたら道の観点から見ても人を呼ぶために行き来するのと、すぐそこにある牢の鍵を開けるのとでは疲労の度合いが全く違うから、むしろ優しさに感謝してほしいくらいの提案だろうに文句? 意味が分からん。


「……奴隷が暴れたらレンネルさんが奴隷を制圧する必要がある」

「ああ。なるほど」


 疑問に答えるように後ろの青年が口を開いた。確かにそれなら老体に鞭打つ事になるね。そしてその青年は、エルフ――じゃなくて農家4人を牢から出しても大丈夫なくらい強いって事なんだろう。


「こちらでございます」


 いつの間にか目的の部屋の前に到着していたらしい。

 爺さんが戸を開けると、中には見た事のない魔道具がぽつんと置いてあるだけの簡素な部屋だったけど、まだ見ぬ魔道具があるという事に心が躍った。

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