第208話

「——い。おい」

「んがっ⁉」


 ぐーたらしながら意識を宇宙遊泳させてたら、突然脳天に衝撃が。

 痛くはないけどさすってたら、目の前にさっきのライオン女子が数枚の羊皮紙を手にジト目を向けてきてる。


「なに?」

「なに? じゃない。他の客から死体が飾ってあるなんて言われて飛んで来たんだらお前だったんだよ。まったく……なんていう顔で待ってんだい。店で人死とか信頼に関わるじゃないか」

「いやはや申し訳ない。ボーっとしてると他人からよく死んでるだとか死んだ魚の目をしてるとか言われるんだよねー」

「だったら改善すればいいじゃないのさ」

「それは無理だね」


 他人に言われて改善してたら真のぐーたらではない。自ら気付いてよりぐーたらの極致に近づくための改善であればガンガンしていく事に抵抗はない。土地開拓もその一環だからな。

 しかし。他人にこうしたらああしたらは聞き入れる気は一切ない。なぜなら俺にとっての今のベストがこれだからだ。


「まぁいい。とりあえずこれが要望に見合った奴隷達だってさ」


 手渡されたのは羊皮紙で、確かにどれに関する情報がちゃんと書かれてたりするのは非常にありがたいね。これなら歩かなくて済む対応には感謝しかないね。

 さて……とりあえず1枚目。

 男で年は22。独身らしく値段は銀貨8枚。これが高いのか安いのかはさっぱり分からないけど、十分に買える値段ではあるけど肝心の奴隷になった理由は――魔物に片足を食われて――ってこんなんパスだろ。俺が求めてるのは野菜を育てる事が出来る農家だからな。

 次は44のおっさん。どうやら野菜の農家をしてたらしいんだけど、こっちは博打じゃなくて酒か。確かに博打に溺れてないって条件だったけど、違うモンに溺れてんじゃねぇか。こいつもパスだな。

 続く3枚目も4枚目もパッとしない奴隷ばかりで、正直もういいかなーと思った矢先の7枚目。


「お?」


 最後の1人――というか家族だな。どうやら母親が大病を患い、治療費の為に借金に借金を重ねた結果。母親は何とか助かったらしいけど、返済の当てがなかったらしく奴隷落ちしたらしい。

 家族構成は父と母に息子1人に娘1人という構成で、求めてる野菜農家ではあるんだけど……。


「金貨10枚って……高すぎるだろ」


 到底農家奴隷につけられる値段じゃないだろ。あの犯罪奴隷商で銀級冒険者が銀貨30だったのを考えると、ぼったくりを通り越してもはや子供が適当につけたろと言いたくなるぞ。


「なんだ。奴隷の値付けがどうなってるのか知らないのか?」

「あれ? まだ居たんだ」


 声を掛けられてようやく、まだライオン女子が居る事に気付いた。てっきり書類だけ渡して別の客の所に言ってるんだろうと思ってただけにちょっとびっくり。


「お客の世話をするのもアタイ等従業員の役目だからね。それで? もしかしてその奴隷一家を買うのかい?」

「どうすっかねー」


 亜空間に金貨100枚あるんで買えなくはないけど、いくらぐーたらライフの為とは言ってもひと家族に対してさすがに使いすぎだろ。


「まぁいい。その奴隷がその値段なのは、そこに書いてある薬を買うために使った金額分が加算されてるんだよ」

「え? そう言うのって買う側が払うの?」

「何言ってんだい。奴隷の主になるんだからそうするのは当然だろうに」


 知らんかった。しかしそうなるとどうしてこんな奴隷を手元に置いてるんだ? 農家を買うのに金貨10枚なんて絶対に買い手が居ないと思うんだけどなー。


「こんな値段で買い手が出てくるの?」

「出て来ないだろうねぇ」

「だったら値下げすればいいじゃん」


 どう考えたって売れる値段じゃない。これがエルフとか高位冒険者とかだったらネット小説でもよく見てたから納得だけど、たかが農家に支払うにしては度を超えすぎてるんだよな。


「まだ奴隷になったばかりだからそれは無理なんだよ」


 どうやらこの世界は、ネット小説で見た記憶がある自分の要望が一定期間通じるらしい。だからこの強気の値段なんだとしたって、あまりにも世間を知らなさすぎるだろ。


「注意ぐらいしたらよかったのに」

「しない訳ないだろう? 支配人も商売上、早く売れてほしいからね。でも頑として聞き入れなかったんだとさ。困ったもんだよ全く」

「ふーん……」


 確かに自分達を銅貨1枚でも高く売りたいって気持ちは分かるけどさ。だからって金貨10枚はぼったくりすぎだよなー。

 でも、他にいい奴隷もいないし、懐にも余裕がある。どんな馬鹿なのかちょっと興味があるな。


「ねぇ。ちょっとこの農家を見る事って出来る?」

「うん? 別に構わないけど、多少距離はあるよ」

「抱えてくんない?」


 もちろんタダじゃあないと言わんばかりに、亜空間経由のポケットから銅貨数枚を取り出して握らせてみると、しばしの沈黙の後——ひょいと持ち上げてくれた。


「いやー楽でいいわー」


 もちろん体勢には不満があるけど、こっちから抱えてと言った以上文句を言う訳にもいかん。金を払ったけど銅貨数枚なんで、やっぱやーめた。


「お客の頼みだからね。とはいえ、さっきの死体と間違われる顔をするのは止めとくれよ」

「じゃあ下向いてるわ」


 自分で移動する手間が省けるんであれば、わざわざ前を向いている必要もないだろうから、ぐでっと全身から力を抜いてぐーたらを満喫——


「おい。変な目で見られるからそれも勘弁してほしいんだけど?」

「文句が多いなー」


 せっかくぐーたらを満喫しようと思ってたのにな……。

 仕方がないんで羊皮紙を眺めてるふりでもしておいてやろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る