第207話

「で? 次がここか……」


 やって来たのはさっきまでの寂れた店じゃなくて、大通りから1本入った比較的清潔さが感じられる店で、門番っぽいのもさっきの柄が悪そうなハゲと違って若めの青年だけど、こっちもしっかりと武装をしてる。


「んだぁ。そう聞いてるだぁよ」

「見た感じ普通の店っすね」

「ああ。そうだな」

「じゃあ今度はお前等もついてこい」


 否は言わせない。というか、言ったところで魔法で強引に引っ張りまわすんで拒否権は存在しない。

 そうして捕まえた3人と共に、2軒目の奴隷商に近づいていくと、門番を任されてるだろう青年の引きつったような笑顔だが気にする事なく突き進んで、ご苦労さんと言わんばかりに会釈をして扉を開けようとしたんだけど、流石に待ったがかかってしまった。この勢いのまま行けると思ったんだけどそう甘くはなかったか。


「え、えーっと。一応店内での魔法の使用は禁止されてるからそれを止めてもらえるかな?」

「それって何?」

「いや、何か知り合い? が浮いてるよね? それって魔法だと思うんだけど」

「でも、詠唱してる所とか見た?」


 この世界の常識として、魔法には詠唱が必要であるってのは結構知られてる――かどうかは知らんけど、王都で店をやってる以上は最低限の知識として頭に入ってないとおかしいからな。

 まぁ、実際は人ごみに紛れてコッソリ使ったから魔法に違いないけど、証拠がなければ罰する事もできまいよ。


「いや……見て、ないけど……」

「じゃあ魔法っては言えないんじゃない?」

「なら人が浮いてる事をどう説明するんだい?」

「俺に言われても困る」


 何せ急に3人が宙に浮いて俺に追従してきてるんだ。近くに居るからって犯人にされるのは業腹であるとばかりに不満をあらわにしてみる。


「とにかくだ。 それを何とかしない限りは中に入れる訳にはいかないよ」

「……ちなみに聞くけど、それって貴族だったり王族だったりしても?」

「その通り――と言いたいところだけど、まぁ普通に無視だよね」

「やっぱりかー」


 門番の話だと、やっぱり不条理に振る舞う貴族が多く、いちゃもんをつけられて物理的に首を斬られるなんて事もあるらしいく、実際にそうやって何度か同僚・先輩・後輩が現実世界からおさらばしているとの事。

 割と怖い話をサラッと白状する青年の神経には驚かされるけど、とはいえ貴族であれば魔法を使っても無視するってのはこういった異世界テンプレっぽいな。


「一応俺もその貴族なんだけど?」

「まぁ、魔法使ってるからなんとなくそうだろうとは思ってたけど、生憎と高位貴族じゃないなら対応は普通の市民と変わらないようにって言われててね」


 まぁ、なんとなくそうだと思った。高位貴族なら大量の金を落としてくれるいわゆる太客として支配人から顔と名前を覚えるように徹底されてるらしい。本当に口の軽い青年だなー。

 ここで、俺の親は救国の英雄ヴォルフなんやでー。と言ってみたいなーって欲が少し出たけど、まぁ信じてもらえないだろうね。何せどこが似てんだよ! ってツッコミが飛んでくるだろうから黙っておく。


「しょうがないね」


 まぁ、ここまで躾がキッチリ行き届いてるんであればさっきの店みたいな問題も起こるまいて。万一起こったとしても、騒ぎになって困るのは店側だからな。

 渋々魔法を解除してやると、3兄弟は逃げるように俺から距離を取って荷車から一歩も動かんぞ! 問う意思表示を見せて来るんで仕方なく1人で行くことに。


「じゃあこれをどうぞ」

「うむ」


 す……っと手渡されたのは簡素な腕輪。とりあえずつけてみるけど変化はない。簡単石があるのは見なくても所持してるのは知ってたけど、こういう事だったんだねと装着するけど、まぁほとんど意味はないよね。


「じゃあ……お通りください」


 腕輪をつければ大丈夫って教育なんだろう。特に魔法が使えなくなったかどうかの確認する事もなく普通に通されたんで中に入ると、さっきの店と違ってこっちは随分と広いし俺以外の客なんかの姿も確認できる。

 とりあえず歩く――のかぁ……。嫌だなー。歩きたくないなー。でも魔法使ったら追い出されるのかなー? どーすっかなー。


「おいそこの子供。一体何をしているんだ?」


 入り口の手前で1歩も動かずうんうん唸ってるとさすがに声を掛けられたんでそっちを向くと、背が高くムキムキでライオンっぽい獣人女子がいた。


「いやー。奴隷を買いに来たんだけど歩くの面倒臭いなー。どうしようかなーと悩んでる真っ最中で」

「お前……魔法使いか」


 目ざとい――のかな? 一応腕輪付けてるからすぐに分かるようなもんだけと思うけど、まぁ気付いてくれたんなら有効活用できるか試さない訳にはいかないね。


「そうなの。だから歩くのが辛くて辛くて。お姉さんがここのお店の人だったら俺を脇にでも抱えて連れまわしてくれない?」

「まぁ、お客の世話をするのもアタイの仕事の1つだけど……親はどうした?」

「2人は……俺が生まれた時に……親になりました――痛っ」


 軽いジョークを言っただけなのに、なぜか頭をひっぱたかれた。一応俺ってお客なはずなんだけどね。これって支配人に文句を言ったら罰を与えてくれるんかな?


「馬鹿言ってないで欲しい奴隷を言え」

「いちち……博打じゃない理由で奴隷になった農家が欲しいんだけど居る?」

「どーだったかな。ちょっと待ってろ」


 じゃあ待つかとその場で腰を下ろそうとしたら、ライオン女子に小脇に抱えられて壁際のソファに座らされた。

 どうやらここで待ってろという事なんだろうと受け取って、ぼーっとする事にした。

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