第206話

「いやー助かったよ。てっきりこのまま売られるんじゃないかと不安だったからな」

「そりゃよかったね。じゃあ救助代」

「金取るのか⁉」


 何を当たり前の事を言ってるんだか。自分でどうにもできない状況なんだから、そこから救助されるのに何かしら代償を支払うのは当たり前の話だろうに。逆にどうして無償で助けてもらえると思ったんだ?


「別にお金じゃなくてもいいよ」


 どう見たって身ぐるみはがされましたって一目で分かる恰好をしてるからな。そう言うのは全く期待できない。正直、魔力を感じなかったら耳を傾けたりしなかったしね。


「って言ってもなぁ……後日では駄目なのか?」

「駄目だね。そもそも俺は王都の住人じゃないし、はいそうですかと言って逃げられたらムカつくし。今ここでなんかくれないと牢に戻す事になるけど?」

「それは勘弁願いたいな。こんな好機はそうそう訪れそうにないだろうし……」


 だろうね。あの数を相手に、並の魔法使いじゃ物量に押し込まれて簡単石付きの首輪なんかをつけられて終わる。そうなったら後は売られる運命を受け入れるしかない訳だけど、俺が来たおかげでその運命がねじ曲がった。

 でも、このままだとねじ曲がった運命が元に戻ってしまう。さぁどうするかね。


「……よし。ならいい情報を教えるってのはどうだろう」

「いい情報?」

「ダンジョンに関する情報なんだが、これを知っているのは恐らく私だけだ」

「ダンジョンねぇ……」


 正直言うと興味はまったくない。冒険譚だったらちょっと聞きたかったけど、潜る前提の情報ってのはあんまりほしくないんだけど、これ以上粘ったところでロクな報酬がなさそうだから手を打つか。


「まぁそれでいいや」

「……どうして納得できないのか分からないけど、交渉は成立って事でいいか?」

「いいよー」


 そんな感じで聞き出した情報は、王都近くのダンジョンの下層にある不思議な扉の話だった。

 なんでも、探索当初から冒険者達にその存在は確認されてるらしいんだけど、誰も中に入れない不思議な扉で、過去に何人もの冒険者がこの扉を開けようと様々な方法が検証されたんだけど、誰一人としてそれはかなってないらしい。


「で? その扉がなんな訳?」

「その扉の開け方を教えるのが報酬なんだけど?」

「知ってるならすでに中を見た後だよね? 無駄な情報だと思うけど?」


 冒険譚として話を聞くんであれば是非とも扉の先に何があったのかを教えて欲しい物だが、それを報酬とするのはお門違いにもほどがある。


「いいや。開け方を知ったのはたまたまでな。それは一定量の魔力を注ぐ事なんだ」

「随分簡単だね。それに誰も気づけなかったの?」

「ダンジョンの下層で誰が大切な魔力を無駄にするような真似をする?」

「あー」


 ダンジョンの下層がどんなもんか知らんけど、簡単石にちょっと触れるだけでぶっ倒れるような少ない魔力しか持ってない雑魚魔法使いであればそれも頷けるね。


「そんな訳で、開け方は知ってるけど私には不可能なんだよ」

「ふーん……」


 得する情報か? と言えば俺的には違うな。そもそもダンジョンなんて面倒臭いだろう場所に行くつもりは今の所ない。話を聞くのは楽しいけど、わざわざ足を運ぶ人間じゃないんだよね。富士の御来光とか世界の絶景とかはテレビでも十分な人間なんでね。


「これで以上だけど、大丈夫かな?」

「まぁ、一応は納得したんで」

「なら私は衛兵を呼んでくるが、君はどうするんだ?」

「ん? 俺は別の店に行くよ。農作業をする奴隷が欲しいからね」

「出来ればこいつ等を投獄させるまで一緒に居てほしいんだけど?」

「絶対に嫌」


 ここが終着点だとするならば、残念だけど農家奴隷はいなかったって事になる。てっきり1軒目ですぐ発見できて終わりってなると思ってただけに、やる気がガクッと落ちるよなぁ。

 おまけにこんな騒動に巻き込まれた上に衛兵から事情聴取なんて受けた日には、10年後20年後に今日という日が黒歴史としてフラッシュバックするかもしれない。そうなったら、そこから数日はテンション爆下がりでぐーたらライフに影響しそうだから、ここは逃げの一択だ。邪魔をするならまた牢に入れるまでだ。


「……やれやれ。無理強いしたらまた牢に入れられそうだから止めておくよ」

「賢明な判断だよ。じゃあ一足先に行かせてもらうねー」


 こいつを先に出したら衛兵を呼ばれるかもしんないからな。そうなる前にさっさとここを出て別の奴隷商に行かないと面倒な事になるだろうから少し急ぎ目に――


「……なっ⁉ どうしてここに居るんだい!」

「ん? あー。そういえばあんたも居たんだったね」


 勢いよく戸を開けた瞬間、受付に居た婆さんと目が合うと同時くらいにそんな事を言われてその存在を思い出したんで、ついでに土魔法で地面に腰まで埋めてから奴隷商を飛び出した。


「やっほー。お待たせー」

「随分遅かったな。ん? 奴隷は?」

「え? いなかったから戻って来た」

「随分時間かかったっすけどなんかあったんすか?」

「道中話すから次行こう」

「ちょい待ち。そこのおっさんはいいのかよ」


 言われて思い出したようにそっちに目を向けると、体力が有り余ってるようでいまだに何かしら喚いて暴れまくってるっぽかったみたいだけど、俺の姿を見た途端かな? こいつもなんかメッチャビックリしたような顔をした。


「いいんじゃない?」


 別に放っておいたって、そう遠くない未来に衛兵がやって来て投獄されるんだ。だったらこうしておいた方が衛兵にとってもあの魔法使いにとっても拘束する手間が省けて丁度いいだろう。


「まぁ、そっちがそう言うならいいっすけど」

「じゃあ行こう」

「ほいじゃあ、行くだよぉ」


 やれやれ。後であの騎士に会う事があったら文句と一緒に痛い目に合わせてやろう。覚えてる自信はないけど、あっちから話しかけてくれば思い出す可能性もあるだろう事にワンチャン賭けておこう。


「で? 中で何があったんすか?」

「ん? なんか俺を奴隷にするとかふざけた事を言ってきたんで、地面に埋めた」

「お前そんな事出来んのかよ……」

「まぁ、魔法使いだからね」

「す、すごいだぁなぁ魔法使いつぅんは」

「普通だよ普通。しっかし……」


 普通に奴隷商をやってたのかすら怪しい店だったな。そんな店を紹介したあの騎士にはいつかひどい目に合ってもらう事は確定している訳なんだけど、気になるのはあれがわざとだったのか本当に知らなかったかだよなー。

 知っててやってたんなら、それこそ二度とそんな舐めた事が出来ねぇくらい酷い目に合わせてやるが、真正面からそれを聞いた所でしらばっくれられるのは確実だから少しアプローチを変える必要があるだろう。

 うんうん。ぐーたらに対する侮辱罪が適用された途端に脳細胞が行動してくれるのがよく分かる。おかげでクソ騎士の顔をはっきりと記憶に中に刻み込む事が出来たよ。


「しかし、なんだよ?」

「んー? あのおっさん、こうなる事を知っててここを紹介したのかなーって」

「あー。それはあるかもしんないな」

「なんか知ってんの?」

「んだ。あの騎士様さぁ奴隷商紹介してもらった時、おめぇさについて行くでねぇさいわれてただよ」


 あー。それはもう点数稼ぎにわざと違法だろう店を教えた確定でいいだろ。そうときまったらどうする? 奴隷購入を優先するか。それともあのおっさんをボコボコにしてぐーたらライフに喧嘩を売った罪を償わせるか……悩むなぁ。


「どうしたっすか? 怖い顔してるっすよ?」

「いやー。このまま奴隷商向かうかさっきの騎士をボコボコにするか悩んでてさ」

「物騒だな。んな事したらお尋ね者だぞ?」

「あー。それがあったかー」


 別に俺1人だったなら光魔法で姿をいくらでも変えられるから速攻でボコってやるところだけど、村の迷惑がかかるのはぐーたらライフにモロに影響が出るんで、今のところはグッと我慢してやろうじゃないか。


「じゃあ無視して次の店——は大丈夫なんだろうな?」

「知らん」

「知らねぇだぁ」

「知らんっすね」


 本当かねぇ。

 まぁ、そうだった場合は強引に巻き込む事で憂さ晴らしでもしよう。

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