第205話

「ねぇ……これって普通なの?」

「……」


 俺の問いかけに対して、仮面女が振り返ったと思ったら首をかしげる。仕草から察するに、質問の意図が理解できてないらしい。まぁ、ちょっと曖昧だったとは思うけどいちいち反応を見て言葉を返すのって面倒だなー。


「臭いとか汚れ具合とか」


 そこであぁ……という風に手をパンと叩いて理解したらしい態度の後、こくりと頷いて見せたんで、ここの奴隷商としてはこの程度は普通らしい。

 さて、果たしてこれがこの世界の普通なのか。この店の普通なのかは次の店に行ってみないと分かんないんで、どうでもいいか。

 しかし、奴隷商ってだけあって右にも左にも牢屋があって奴隷が居る訳なんだけど、皆一様に大人しいのがなんとも不気味に映るね。イメージだと男であれ女であれ購入者に対して自分を購入して欲しいとアピールしてる感じに記されてる事が多い記憶があるんだけど、ここの連中はまったくそう言った素振りがない。

 まぁ、静かなのはいい事だ。ギャーギャー騒がれるのは好きじゃないんで、願ったり叶ったりだから適当にぼーっとしながら仮面女の後を追う。


「うわっ⁉」

「んあ?」


 なんか急に声が聞こえたなーと思ってそっちに目を向けてみると、牢の中の奴隷がこっちを見てめちゃくちゃビックリしてるって顔をしてるって事は、俺のボケっと顔を見て急に死んだとでも勘違いしたんだろう。

 チラッと紹介文的なのが載ってる立て看板に目を向けると、どうやら銀級の冒険者だとの事。値段は金貨30枚。一体何をどうやったらそんな額の借金をこさえる事になる――って理由は1つか。


「ねぇ。奴隷ってどのくらい博打で身を滅ぼしてんの?」

「……」


 くるりと振り返ってパーを見せる。どうやら半分は博打で借金をこさえて奴隷落ちするらしい。とんでもなく高確率だな。


「そう言うのって安いの?」


 こくりとうなずく。まぁ、当然っちゃ当然か。実力があれば博打なんかしてないで依頼をこなすだけで十分に金が入ってきそうだし、忙しそうだしね。


「だったらあれもそうなの?」


 さっきの銀級冒険者を指さして尋ねてみると、どうやらあれは違うらしい。

 なにやら身振り手振りで説明してくれてはいるんだが、当然それだけじゃあ何にもわかんない。かろうじて戦って負けた? 的な感じでここの奴隷商に身を売り、結構なおススメ奴隷の1人らしい。


「ああそう」


 もちろん購入の予定はないんであっさり返答で話を終わらせた。

 しかし……たかが――と言ったら失礼なのかもしんないけど、農奴の所に案内してくれてるハズにしては随分と奥まった場所まで連れていかれるなー。


「何でこんな遠くに農家奴隷を置いてんの?」


 この疑問に対して、仮面女は要領を得なかったがなんとなく理解できた感じだと、若い女・優秀な冒険者などは人気があるから前に。

 その逆に、農家だったり欠損を抱えていたりする瑕疵がある奴隷は買い手がほとんど居ないから目の届かない建物の奥へと追いやるらしい。

 まぁ、人間を商品として扱ってるとはいえ、損切りされないだけ温情があるんじゃないかな? これが食材だったりしたら処分だし。武器防具であったら鋳溶かして再利用したりするところだけど、人じゃあそうはいかないからね。

 仮面女の身振り手振りのつたない説明通り、奥へ行けば行くほどたしかに駄目そうな奴隷が目立つようになって来たし、なーんとなく騒がしくなってきたけど、ネガティブな呻きとか苦しむ声みたいなのも聞こえるようになって来た。

 この辺りになると、価格も金貨から銀貨に。おや? 詳しい値段は覚えてないけど、銀貨で奴隷が手に入るんであれば儲けものじゃないかな?

 ボケーっとしながらそんな事を考えてると、ようやく仮面女の足が止まった。

 奥の方に扉があるのを見ると、ここが一番奥って事なのかな? という事はここに農家奴隷が居るのかなーとぐるりと牢屋の中に目を向けてみれば、牢の中には魔法使いが数人いるだけで農家っぽいのはどこにもいない。

 まぁ、店に入った時点から魔法使いが居るのは分かってた事だけど、なんでこんな奥なんだろう? って疑問はあった。

 魔法使いは存在自体がレアだから当然前の方に置いておくはずなのに、ここは結構奥まったところ――のはず。

 そんな牢に何でいるんだろうと首をかしげてると、中に居る魔法使いがフラフラとした足取りで近づいて来る。随分と顔色が悪いし体調も悪そうなのは――腕とか足首に取り付けられた簡単石の影響だろう。ナイスぐーたらじゃないか。


「少年。今すぐ逃げろ!」

「なんで?」


 シンプルな疑問が口から出てたわけだけど、それに応えるように奥の扉が開くと、中から入り口に居たようなハゲ筋肉がぞろぞろと出て来た。この店の従業員はもれなくハゲにするのが社訓なのかな?


「なんか用?」

「ああ。お前に用があってな。奴隷として商品になれ」

「え? 嫌だけど?」


 奴隷の証っぽい首輪を手にそんな事を言われても、なんで俺がぐーたらの対極であるブラックオブブラック労働の極みを強制させられる奴隷なんぞにならなくちゃいけないのか全く持って理解が出来ない。


「へッ。多少魔法が使えるからって調子乗んなよクソガキ」

「別に調子乗ってる訳じゃないんだけどな……」

「その態度が生意気だって言ってんだよ。この数の大人相手に何とかなると思ってんのか?」

「まぁ……そうだけど」


 見た感じ魔法使いはない。それなのにこの自信がどこか来るのかというと、多分持ってる首輪とか武器に取り付けてある簡単石が理由で余裕の笑みを崩さないし、牢の中にいる魔法使いも逃げろって言ったのか。

 つっても、小さすぎて俺からすれば何の意味もないし、そもそも数が意味をなさないって。


「掘削」

「「「なあっ⁉」」」


 パカッと地面に穴を開ければ、もれなく全員が落下。

 別に殺しても良かったんだけど、騎士とか衛兵に事情を説明する際に生きて証言してもらわんと困るから、一応生かして置ける高さまでしか掘ってないんで、すぐに蓋をして出て来れないようにしておくか。


「さて……」


 外に居るエンジン3兄弟に騎士か衛兵を呼んで来てもらおうかと思ったけどふと足が止まる。あいつら孤児だからなー。最悪「は? 何言ってんだ孤児が」とか言われて無視されるかもしんないよな。

 かと言って、俺が騎士とか衛兵を探すのは非常に面倒臭いから嫌だしなー。


「どうすっかな……」

「えーっと、まずはここから出してくれないか?」

「んぅ?」


 いかに迅速で確実に騎士か衛兵を連れて来られるかなーと頭を悩ませてると、牢の中から声を掛けられたんでそっちを向く。確か……さっき逃げろとか言ってきた奴だよな?


「……いや。出して欲しいんだが?」

「え? 駄目でしょ」


 勝手に奴隷を出すなんてどんな罪になるか分かったもんじゃないしね。そんなんで無駄な時間を浪費するのはぐーたらライフの観点から見ても駄目に決まってるじゃないか。一体どうしてそんな事をしてもらえると思ったんだろうね。理解できないよ全く。


「いや。今のやり取りで分かるだろ。私も連中にはめられたんだ」


 確かに魔法使いの言い分には一考の余地がある。何せたった今奴隷になれとか素っ頓狂な事を言われたばっかりだからね。それに当てはめれば、確かにこの魔法使いが同じ目に合った結果、実力及ばず捕まったんだと思う。


「でも証拠が無いからねー」

「逃げろって言ったはずだろ」

「あー確かに」


 これから起こる事を知ってないと言えないだろう発言だね。そう考えると本当に捕まったのかもしれないね。


「じゃあ……助けるか」


 万が一襲われてもどうとでもなりそうだしね。あと、個人的には騎士を探しに行く人出としても役に立ちそうだからね。魔法使いってブランド力は孤児よりは高いだろうから、騎士か衛兵も耳を傾けるくらいはするだろう。

 土魔法でぐにょりと柵を折り曲げてやると、ちょっとびっくりしたような顔をしたけどのそのそとした足取りだけど出て来た。

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