第204話

「……よかった。無事に帰って来れたぜ」


 結局何かが起きる事もなく無事に大通りへと戻って来れた。俺としても、裏組織の連中と出会って余計な時間の浪費をする事なく貸しを4つと奴隷商の位置まで教えてもらったのは最高にぐーたら出来たと思う。


「じゃあちゃんと見回りしろよー」

「うっせ。坊主に言われんでもやるに決まってんだろ」


 さて……騎士と別れた俺達は奴隷商に向かうかね。


「何店舗くらい教えてもらった?」

「全部で5店舗っすね。しかし本当に行くんすか?」

「行くに決まってるでしょ。何のために雇ったと思ってるんだよ」

「そうだけどなぁ。おい達が行って入れてもらえるだぁか?」

「大丈夫じゃない? いざとなったら、金が有る所を見せりゃ一発で態度を変えるんじゃないか?」


 何しろ立派な客だと確信できる最大の要素が金だからな。それを見せつければ一定のレベルの店であれば手のひらをくるっくる回転させるのは間違いない。


「お前のどこにそんな金があるんだよ」

「そうっすね。見た感じ奴隷を買うだけの大金を持ってないように見えるっすよ」

「そこは魔法使いの秘技よ。ちゃんと金はあるからさっさと奴隷商に行った行った」

「ったく。変な目で見られても恨むなよ?」

「あーそう言うの気にしないんで大丈夫」


 誰にどんな目で見られようが大して気にするつもりはない。別にどう思われようがぐーたら以上に重要な事ってほとんど存在しないからどうでもいいし、いちゃもんつけて来たら魔法で懲らしめればいい。

 なので、孤児を引き連れて大通りを移動する俺を汚い物を見るような目を向ける連中の評価なんて、俺が大往生するまでの生活に何ら支障がない。


「まぁ……お前がいいってんならいいけどよ」

「そうそう。そんな事よりさっさと奴隷商に向かった向かった」


 指示を飛ばした後は到着までぐーたらする。さっきの騎士は死体運んでるように思われるから寝るなって言ってたが、こいつ等はこいつ等で奇異の目を向けられるんだったら、ボケーっとしたところで目を向けてくる奴なんていないだろ。


「おい。おいって!」

「……なん?」


 早速ボケーっと空を眺めてたら、急に声を掛けられたんでとりあえずぐるりと周りを確認してみても、望んでる奴隷商っぽい店は見当たらない。

 これは……エンジンとしての義務の放棄か? だとするならいい度胸だと言わんばかりだが、なんか全員がホッと胸をなでおろしてる所を見ると違うっぽい。


「おぉ……生きてただぁなぁ」

「さっきまで話してたろ。それがなんだって急に死んだってなんだよ」

「いやぁ。そんな顔されたら誰だって死んだと思うと思うっす」

「ああ。もしかしてゾンビなんじゃないかって疑ったくらいだ」

「失礼だなお前等。とりあえず生きてるから到着以外で起こすなよ? 次やったら魔法で酷い目に合わせっから止めろよ?」


 一応釘はさした。これでまた同じような事が起こるんであれば、流石に命までは取らんけど痛い目にはあってもらう事は確定しているんで気を付けてもらいたいね全く。


 ————


「——い。おーい」

「んぁ? 着いた?」


 ガクガク肩をゆすられて現実世界に戻ってくると、なんかしょぼい建物の前に不釣り合いに武装したおっさんが憮然とした表情のまま立ち尽くしてるって光景があるって事は、ここが奴隷商の一軒目って事でいいのかな? なんて事を漠然と考えてると、武装おっさんがのしのしと近づいて来た。


「貴様が客だと聞いたが?」

「ん? ここ、奴隷商って事でいいんだよね?」

「ああ」

「だったらそう」

「……帰れ。貴様のようなガキが来る所ではない」

「え? 嫌だけど?」


 俺の眼鏡に適う奴隷が居なけりゃ普通に帰るつもりだけど、その確認も済んでないのにどうして見ず知らずの門番如きにそんな事言われなくちゃいけないのか全く分からん。

 当たり前の事を当たり前に答えたら、おっさんの禿げ頭に無数の青筋が浮かび上がり、それを見たエンジン3兄弟は顔を真っ青にして数歩後ずさったと同時くらいに俺の横顔にハゲのぶっとい腕が密着してた。


「っ⁉」

「残念だね。腕に覚えがあるのかもしんないけど、その程度じゃ俺には届かないよ」


 龍の1撃ですらヒビ一つ入らんかったんだ。たかが奴隷商の門番如きが俺の障壁を突破できるわけがないんだよねー。だから痛くもかゆくもないんで、そのまま足元からゆっくり地面に埋めていく。

 当たり前だけど、怒鳴り散らして足を抜こうと必死に抵抗してるみたいだけど、店の中から余計な奴に出て来られると面倒になるんで、風魔法でしっかりと包んで音が一切漏れないようにしてるんから、傍から見れば無言で喚き散らしてるっぽく見えるのがなんとも滑稽だ。


「じゃあ待っててね」

「お、おい。こいつどうすんだ?」

「どうするって言われても……放置でしょ。関係ないし」

「関係ないって……どの口が言うんすか」

「この口」


 どうにかしろっていう事なんであれば、本当になんで? っていう他ない。

 確かに足を地面に沈めて一切の声が聞こえないようにしたのは俺だけど、無詠唱でやったんで俺がやったという証拠はないし、ここで救助なんてしたらまた襲い掛かって来る気しかしないんで、退店するまではこのままにしておくのが面倒事にならなくて済むんだよ。


「そんな事よりどうする? 一緒に来る?」


 ここに居たって、喚き散らしてるように見えるハゲとの気まずい時間を過ごすだけっぽそうだから、どうせならと提案してみたけど3人は首を左右に。


「おらはここにいるだぁよ」

「オレもここでいいわ」

「おいらもいいっす」

「あっそ? じゃあ行ってくるけど逃げんなよ?」


 逃げたところで行きつく先は分かってるからな。ぐーたらの邪魔をした不届き者に対する神罰を下す事に関しては、多少の労働をした所で忠告を受ける事が無い所かよくやったとぐーたら神に褒められてポイント稼ぎにもなるからな。


「「「……」」」


 3人もハゲの姿を見て逃げられない事を悟ってくれたのか、黙って見送ってくれたんでさっさと奴隷商の中に入ってみると、中は意外なほどせまっ苦しい。

 4畳半より小さいんじゃないか? って思える狭い空間には2つ――背中のも合わせると3つの扉があり、後はミイラみたいに見える婆さんが椅子に座って――いや、置かれてるって表現した方がいいのか?


「ガキが客たぁどういう事だい?」

「喋った!」

「なんだい。喋ったら悪いのかい」

「いや、干からびた死体を飾ってると思ってたから」

「失礼な小僧だね。なんだってあの馬鹿はこんな奴を通したのかね」


 よっこいせと椅子から下りた婆さんがえっちらおっちらとした足取りで近づいて来ると手を突き出してきた。


「いくらあるんだい?」

「金貨100枚」


 ここでならまぁいいだろう。亜空間からポケット経由で金貨をじゃらじゃら吐き出して見せると、やっぱりビックリするのか婆さんの両目がクワッ! と見開かれた。軍資金を聞いてそうなるって事は、そこそこ守銭奴っぽいのかもな。


「大層な額じゃないか。一体どんな奴隷が欲しいんだい?」

「博打に染まってない農家」


 目的の奴隷を答えたら、随分と興奮した様子だった婆さんの熱が目に見えて下がり始めた。まぁ、金貨100枚持って来て買うのはやっすい農家奴隷だからな。ガッカリ感が半端じゃないんだろう。


「なんだいつまらない小僧だね。それだけの大金をもってながら買うのは農奴だとはね。それだったら多少は居るから見ていくといいよ」


 そう言って婆さんが片方の扉を杖でガンガン叩くと、中からは目の部分しか開いてない何のデザインもされてないシンプルな仮面をかぶった礼服姿の女がゆっくりと現れた。


「客だよ。中に案内しな」

「……」


 返事は無し。手招きでついて来いって事らしいのは分かるけど、誰にでもああいう態度だと、万が一にでも貴族来たりしたらどうするんだろうね。ちな、俺も貴族なんだけど。


「あの子は口が利けないのさ」

「ふーん」


 喋れようがなかろうが、目的が達成できるんであれば特に問題はない。どうせそう何度も顔を出すような場所じゃないし、覚えてるかどうかも微妙だしねー。

 そんな仮面女子の後を土板でゆっくり追いかけて部屋の中に入ってみると、奴隷商だから臭いはあんまりよろしくなかったんですぐさま風魔法で全身を覆った。

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