第203話

「一応聞くっすけど、おれ等売られる訳じゃないっすよね?」


 ああなるほど。身構えたのはそれが理由か。

 とはいえ俺にそんな気はさらさらないし、ワンチャンあったとしても売るんであれば山賊や盗賊の類だろうな。そっちの方が懸賞金とかついてそうで金になりそうだからな。


「ってか売れんの?」


 まだ街の子供とかなら分かるけど、こいつ等はこの世界でいわば底辺に近い存在の孤児。そんな連中を奴隷商に持って行ったところで、買い取ってくれるとは正直思えないし俺だって買い取らん。

 これが魔法使いとか誰もが目を奪われるような美人であったなら話はもちろん変わってくると思うけど、どっからどう見たってモブA・B・Cって感じだもんなー。俺にかかれば奴隷商に出入りしただけで忘れそうなほど特徴がない3人だ。


「どうだろうなぁ。売れねぇんでないかぁ?」

「まぁ。孤児院出身だからな」

「っすね」

「じゃあなんで警戒したんだよ」

「いやー。いきなり奴隷商に行くって言われたら誰でもそうなるっすよ」


 うーん。それがこの世界の常識なのかね? 親が子供に悪い子にしてたら奴隷商に売り払うよ! なんて脅し文句でもあるのかな? あったとしたら冗談だとしても全く笑えないし、ヘビーすぎる。


「とにかく。奴隷商に行くつったら目的は1つ。奴隷を買うんだよ」

「だったらなんでここに居るんだ?」

「場所知らん」

「衛兵とかに聞けばわかるはずだぁよ?」

「分かっても歩くの面倒じゃん?」

「とんでもない理由だな。そんな事にあんなに金使っておれ等雇ったのかよ」

「当然だろ? だからさっさと引っ張って」


 よいこらしょと荷車に乗っかり、顎で始めろと言わんばかりに指示を飛ばすと、まずはちょっと訛りが入った奴が引き始め、残った2人は後ろから押す。

 これはいいね。騎士だけだった時とは少しだけ早い。やっぱり1人力より3人力の方が――


「って、ちょっと待った」

「どうしたっすか?」

「いや……騎士の姿がないなーって思って」

「騎士なんてぇ、こっだなトコに来ないだぁよ?」

「俺がどうやってここまで来たと思ってんだ? そいつに引っ張らせたんだよ」

「騎士にこれやらせるとか、命知らずなのかお前は」


 確か大通りまで無事脱出するために同行を願い、その対価をどうするかを孤児院の前でうんうん頭を悩ませていたはずなんだけど。その姿がどこにもないんだよねー。


「ちなみになんだが、奴隷商の場所って分かる?」

「おらは知らねぇだなぁ」

「おいらも知らないっすね」

「右に同じだ」


 うん。なんとなくそんな予感はしてた。

 さて、ここで取る選択肢は2つ。

 騎士を探すか。探さないか。

 前者であれば、多分だけど孤児院の前に血っぽいのが無かったんで件の裏組織の連中に殺されたんじゃなく連れ去られただけの可能性があるが、生きてる可能性は100じゃない。ここは命の価値が低い異世界だからな。探し回った結果、死んでましたじゃ時間の無駄になってしまう。

 後者であれば、生きてようが死んだと判断して別の騎士を探すなり話の分かる大人を探して奴隷商の場所を教えてもらう。これなら時間はかからないかもしれないが、傍から見ればガキ4人で奴隷商どこにあるのん? なんて聞いてまともに相手されるかどうかと言えば疑問だな。


「……まぁ、尊い犠牲だったと思うか」

「いいんすか?」

「いいんじゃない? だって俺の責任じゃないし」

「いや。どう考えても連れてきたお前の責任だろ」

「そうだなぁ。おめぇさんが悪ぃだぁよ」

「だが証拠がない。なので、俺は無実だからみんなで騎士の魂が地獄でも罪が軽くなるように祈ろうか」

「勝手に殺すな! そしてなんで地獄なんだよ!」


 皆で騎士の冥福を祈ろうかと思た矢先、孤児院の中から騎士が飛び出してきた。


「おお。ゴーストなんて初めて見た」

「いや。普通に生きてるだろ」

「何ぃそうなのか! じゃあどこ行ってたんだ?」

「トイレ借りてたんだよ。ってか坊主。お前オレの事おいて行こうとしただろ!」

「居なかったからね」


 何を当たり前の事を言ってるんだろう。別に待ってる約束はしたけど、それは延々じゃなくて孤児院を出るまででしかない。

 そして今、俺は普通に孤児院の外に居る。なので約束は終わり。ここで無事大通りまで同行するための対価を提案が出来れば同行してもいいって事になってた事くらいはさすがに覚えてる。何せほんの数分前の出来事だからな。


「いやいや。そこは少しくらい待つ所だろ」

「はいはいそれはもういいから。で? 対価は決まった訳?」

「そうだな。奴隷商の場所ってのはどうだ? お前ら知らねぇだろ?」


 確かに知らないね。孤児院の連中もてっきり知ってるもんだとばかり思ってたのであてが外れた形になる訳で、その情報は願ったり叶ったりだけど……それだけ? って思いもある。


「上の人間の紹介状が欲しいな」


 ごく一般的な奴隷商であれば、一応貴族ですねんって事を前面に押し出し、軍資金をちらつかせれば突破は可能かもしれんけど、一応の目的である貴族御用達の高級奴隷商ともなると、流石に金じゃどうにもならない可能性があるからな。

 そこで騎士団の上司――欲を言えばトップの物を頂戴したいがこいつは木っ端騎士だからな。その希望はかなわんだろう。


「坊主お前……どこの奴隷商に行くつもりなんだよ」

「貴族が行くような高級店だけど、こんな格好だと難しいだろ?」


 親は救国の英雄ヴォルフですねん。と言ったところで100人中300人は信じないだろう。何故なら似ても似つかない顔だからな。


「まぁな。つっても、オレが紹介できる上の人間つったら、部隊長が精一杯だぞ」

「使い物になる?」

「失礼な物言いだな坊主。だがしかし、お前さんの要望を叶えるにゃ部隊長って肩書きが弱いのは確かだ」

「なら交渉は決裂だけど? 一応聞くけど、命かかってるかもしれないって自覚あるの?」


 そもそも騎士の実力を知らん訳だけど、あれほど必死に同行を求めてる時点でお察しって所だと思う。

 そんな男が、なんともしょぼい提案をしてくるところを見るに、どう考えても命を大事に思ってなさそうなんだよね。


「滅茶苦茶本気だっての! そっちの坊主共も分かんだろ? ここら辺がオレ等騎士とか衛兵にとってどんだけヤバい場所かがよぉ」

「そうっすね。最近は衛兵とかの見回りも減ったっすね」

「そうだなぁ。おい達も何度か声かけられたぁなぁ」

「なんだっけ? 透明人間だっけ? んなの分かるかっての」


 どうやら俺の存在は貧民街全体に知れ渡っているらしい。俺としては普通に着地しただけなんだけど、何をそんなに血眼になって探す必要があるんだろうな。まったくもって理解しがたい。もっとぐーたらすればいいのに。


「ほら見ろ。ってか坊主が多くを求めすぎなんだよ。普通、騎士に貸しを作るってだけでも市民の連中に取っちゃ途轍もねぇ事なんだぜ?」

「それはそっちの常識でしょ? 俺にとってそんなのはまったく価値はないから何とも思わないって」


 そもそもこんなところにそうそう何度も来ないし、別にこの騎士に貸しを作ったところで何の役にも立たない。雑魚で権力もない奴に借りを作ってもねぇ。


「むぐぐ……」

「まぁ、あんまりじめて時間の無駄だしね。とりあえず貸し4つと奴隷商の場所で手を打ってあげるよ」


 これ以上何かを期待しても無駄だろうからな。だとしても1つってのは少なすぎだからな。4つくらい貸しを作らんと面倒事が起きた時にいちいち追加していいかどうかなんて話し合いをするのはぐーたら道に反する。


「……まぁ、いいだろう。ただしだ! オレが出来る事しかしねぇぞ?」

「いいよ」


 ここでじゃあ部隊長殺して? って言ったらやるのかなーって悪い考えが脳裏をよぎったけど、それは言わないでおこう。騎士にもエンジン3兄弟にもドン引きされる未来がそこそこ色濃く見えたからな。


「じゃあおっさんは、この3人に奴隷商の場所を教えといて」

「坊主はいいのかよ?」

「俺の記憶力をなめてもらっちゃ困るね」


 地図があってこの辺だよって指針があればまだ記憶にとどめる事は出来るだろうけど、昔は地図が戦略にとって重要な情報源だと思うから多分無いと仮定すると――


 あの角右に。

 とか。

 あの店を左。

 とか。

 そんな風に説明されても俺には覚える気が無いからマジ無理。きっと今でもフェルトの家や親方の所に転移を使わずに行け。と言われたら行けない自信がある!


「威張って言う事じゃねぇだろ全く……」


 ため息交じりにそんな事を言い、3人を集めて何やら話し始めたんで待ってる間ぐーたらしてるか。

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