第202話

「ほら。ここで合ってるか?」

「……うん。ここで間違いないと思う」


 しっかり覚えてる訳じゃないけど、薄汚れてボロボロだった教会と栄養が随分と足りてなさそうだった広い庭の一部が畑になってるのはなんとなく覚えてる。


「じゃあオレは帰るが問題ねぇな?」

「大丈夫じゃない? 何人か引手は居るだろうからさ」


 外から確認出来るだけでも数人の子供がいる。騎士ほどの速度は出ないかもしんないけど、その代償として裏通りを安全に移動する事が出来るようになるから、結果としてトントンになる。いや、お目付け役であるこいつが居なくなれば魔法も使いたい放題だから実質メリットしかないじゃないか。


「お前……ガキ連中だろうと容赦ねぇな」

「なんだよ。ちゃんと仕事として賃金は払うつもりだぞ?」


 表向き金は無いが、亜空間には金貨100枚が眠ってるんだ。これを使って働かせれば、俺はぐーたら出来るし孤児院側は収入を得られる。まさにwin-winの関係と言えよう。

 あれ? だとしたら帝国でやったみたいに、看板でも作って適当な奴に引かせてもよかったんじゃないか? うーん。そこまで考えが及ばなかったとは俺もまだまだぐーたら力が足りないな。


「まぁいい。そいじゃあオレは帰らせてもらうわ」

「道中気を付けてね」


 ここが、貧民街でどのくらい深い場所なのかはさっぱり分からんけど、無事出られるかどうかはさっぱり分からんし興味もないが、エンジンとして活躍してくれたせめてもの情けってやつだ。


「……なぁ坊主。一緒に帰らねぇか?」

「騎士でしょ。自分で何とかしなよ。誰も居ないかもしれないし」


 一応魔力を感知はしてるからどこに魔法使いが居るのかとかは分かるけど、それ以外の人の気配まではさっぱりなんで、裏組織の連中が居るかもしれないし。居ないかもしれない。


「んな訳ねぇだろ! 今ちょっと気配探ってみたら滅茶苦茶居やがるんだよ」

「だからってただの子供に助けを求めるのってどうなの?」


 魔法が使えりゃ助けてやる事は簡単だ。とはいえ表向き堂々と使うのは面倒事しか待ってないんでやるつもりはない。もちろん人の目が無ければバンバン使う予定ではあるが、そんな事を堂々と口走るほど馬鹿じゃない。


「馬鹿言え。命より大事なモンはねぇんだ。連中に魔法使ったところでお咎めなしにしてやるからよ。孤児雇ったら大通りまで一緒に行こうぜ」

「ちょっと考えが甘くない? それ以上の何かを提案しないと困った事になるよ」


 守ってやるんだから魔法の使用許可なんてのは当たり前の話だ。それにプラスして何が出来るのかって言うのが交渉って奴だろう。それが出来ないっていうんであれば急に地面に足が埋まって適当な場所まで移動させられるかもしれない気がするね。


「ぐ……っ。テメェ……牢屋に入れられてぇのか?」

「それより自分の心配したら? このまま適当なところに移動させる事だって出来るんだからさ」


 証拠だと言わんばかりに足首まで埋まった騎士の身体をすすす……と孤児院から移動させるだけで目に見えて慌て始めた。


「分かった! 分かったから止めてもらっていいか」

「じゃあどうしてくれるの?」

「ちっと考えさせてもらっていいか?」

「交渉次第で時間が変わるから覚悟だけはしておいてねー」


 って訳で孤児院に入ってみると、畑仕事をしてた数人の年長っぽい見た事あるようなないような少女が近づいてきた。


「前にお肉をくれた子——だよね?」

「おう。ところで小間使い君かシスターは居るかい?」

「小間使い?」

「そう。名前は知らんけど生意気そうで、確かなんかの仕事してたのは覚えてる」


 覚えてるのはその位だ。とはいえたったそれだけの情報であっても分かってくれたようで――


「多分ジーンだと思う。わたし一緒に居たんだけど?」

「まったく知らん」


 少女が居たのは覚えてるが、それがこいつだったかどうかまではまったく記憶にない。まぁ、小間使いと言われてすぐに理解したところを見ると多分そうなんだろう。ある意味では運が良かった。


「で? どっちかいる?」

「ジーンは今日はお仕事中で、シスターはお休み中だからわたしがお話しを聞くよ」

「じゃああの荷車を引いて歩ける奴を貸してくんない? 金は払うよ」


 懐は暖かいからな。ポケットから取り出すふりをしながら亜空間から金貨1枚を取り出して投げ渡すと、それが何なのか理解したようでぎょっとした顔をした。


「ちょ! こんな大金受け取れないよ!」

「受け取っておきねぇ。しばらくいいもん食えるぞ?」

「孤児のわたし達がこんな大金持ってたら盗んだって思われるからダメ! くれるなら銅貨で」

「ちゃっかりしてるねー」


 そういえば、あの時も肉串の数を白状したのは女側だったなーとかぼんやり思い出しながらポケットからじゃらじゃら銅貨を取り出す。


「どこにこんなに入ってるの?」

「気にしない気にしない。こんなモンかな?」


 懐に余裕がある今であれば、このくらいの出費は痛くない――訳じゃないけど問題はない。そんな事より報酬を渋られて余計な時間を使う方がぐーたら道の人間としては痛手だからね。


「で? 引き受けてくれるのか?」

「勿論だよ。ちょっと待ってて」

「時間無いから手短になー」


 大量の銅貨を手に教会内に消えていった少女を見送り、俺はボケーっと空を見上げてぐーたらしてたいんだが、じーっとこっちを見るさっきのより幼いガキが数人。


「なんだよ」

「あそべー」

「あそんでー」

「断る」

「あそべー」

「あそばなきゃなくぞー」


 わらわらと群がって来てそんな事を喚き散らす。滅茶苦茶うるせーんで風魔法で吹っ飛ばしてやりたい気分だけど、一応新エンジンとして役立ってもらう予定があるからあんまり不興を買ってNOを突きつけられたら、自分で移動しなくちゃなんなくなるかもしんないなー。

 どうすっかなー。遊ぶのは構わんのだけど、動かなきゃいけないのはすこぶる面倒臭いんで……土魔法でいくつか遊び道具を作って渡してやる。


「これで遊んでろ」

「なにこれー」

「どーやんだー」

「おしえろー」

「めんど臭ぇな。こうやんだよ」


 けん玉を手にいくつか技を披露してやると、何人かのガキは目をキラキラさせてやらせろやらせろの合唱。うっせぇから何個か作って投げ渡すと同じようにやり始めたんで多少は静かになったが、興味を持たなかったガキは「ほかのもおしえろー」と騒ぎまくる。マジでウゼェ……。


「話がまとまったよー」


 いいタイミング――ではないか。こんなになる前に呼んでくれりゃこんな面倒な事をしなくて済んだんだからな!


「じゃ。後は勝手にやれ」


 終わりを告げると、群がるガキ連中からあーだーこーだと文句の喚き散らしが行われたが、少女が俺の前に立ってにっこり微笑んだだけで、全員が一斉にしん……と静まり返った。うん。やっぱりこの世界の女子側ってのは強いねと思うのと同時に、小間使い君の将来は既に決定してるようだ。

 そんな事をぼんやりと考えながら教会の中に入ると、数人の少年が並んでる。


「こいつ等がそう?」

「ええ。ここに居る兄さんたちは、そろそろ成人を迎えてここを出て行かなくちゃいけないからから体を鍛えてて、ウチで君の要望に応えられる人だよ」


 ふむ……鍛えてるって説明があるだけあって、孤児院の中に居てこいつ等は比較的体格がいいな。とはいえ比較的なだけであって栄養が足りてないから当然細い。このまま冒険者になってもスライムとキノコ狩りがせいぜいだろう。

 そんなひょろガキに荷車を1人で引かせるのは少々——嫌かなり酷な話になりそうだし、ちんたらされるのはこっちにとって不都合しかないからその選択はない。


「じゃあ全員連れてくけどいいよな?」

「いいですよ。たくさんお金貰ったからね」

「じゃあついてこーい」


 さて……とりあえず新しいエンジンとなるガキ連中を引き連れて教会を出ると――


「あそべー」

「おしえろー」

「なくぞー」


 大量のガキ共が押し寄せて来たが、うさっざいので早速エンジンたちに散らしてもらった。

 その際にブーブー文句を言ったりマジで泣きわめいたりされたが、そこは孤児院で成人目前の連中だ。多少手伝わされたりしたが、10分と掛からず自由の身となったけど少し疲れたような表情に少し先行きが不安になる。


「お前一体何したんだ?」

「群がられて邪魔くさいなーと思ったから、魔法で遊び道具出してやっただけだ」

「魔法使いっすか。さすがあんだけの大金ポンと出すだけあるっすね」

「んで? どこ行くんだぁ?」

「奴隷商」


 さらっと発言に3人ともがなぜか身構えた。

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