第201話
……うん。透明な何かってのは多分俺だな。
とはいえそれを白状するのは嫌だ。そんな事をすれば十中八九その裏組織連中の前に突き出されるし、何より王都内で魔法使いましてん。と自白すると逮捕されて家族に迷惑がかかるかもしれない。
だから、ここはだんまり一択だろう。問題があるとすれば、この騎士を相手にどの程度魔法を使ったかだなー。
俺はほぼ覚えてないんだけど、あっちは結構はっきり覚えてるっぽい。なので、俺がどのくらいの魔法使いなのかを知られてると、お前じゃね? って思われて連れてかれるかもしんないのがちょっと懸念点。
でも、自分で孤児院まで行くのもちょっと違う。なにより、急にもういいや。なんて言ったら怪しまれるだろうからね。
「大変なんだなー」
「まったくだ。連中の言ってる奴が本当に居るかどうかも怪しいモンだ」
「そう言う理由だったら、なんか面倒臭そうだから大通りからでいいよ」
なんで、時間はかかるけど危険を冒さず進む大通りルートを選ぼう。これであれば、流石の裏組織の連中も手は出してこないだろう。
「そいつぁ助かるぜ。さすがに1人じゃどうにもなんねぇからよ」
うん。似た思想の持ち主で助かった。これがさっきまで最短距離を進もうぜと提案してた意見をくるっくる手のひら返ししたにもかかわらず、普通にスルーしてくれた。
「じゃあなんで1人で見回りなんてしてんの?」
「こういう事をするつもりが無かったからだよ」
「じゃあそれ脱いだら?」
今は鎧姿だから一目で騎士か衛兵に見られるだろうけど、そう言うのを脱ぎ捨ててしまえば、多少体格がいいくらいのどこにでもいる一般人になれると思うし、そうなってくれたらワンチャン最短距離を進めるかもしれないな。
「危険な場所に丸腰で行けるわけねぇだろ」
「でも市民は襲わないんでしょ? そう見られるかもよ?」
「オレぁ顔割れてんだよ。だから無理」
「有名なの?」
「……まぁな」
今のは嘘だってすぐ分かるな。まぁ、この騎士が有名であれ無名であれ俺には関係ない。1番大事なのは、ちゃんと孤児院まで連れてってくれる事。これに限る。
「さて……それじゃあ俺は到着まで寝させてもらうね」
「待て待て待て待て。寝られたら死体運んでるって思われるってさっき言っただろうが。だから寝るな」
「それは俺に死ねと言ってるの? 人は寝ないと生きていけないんだよ?」
「孤児院につくまで鐘1つ程度だよ。そのくらい我慢しろや」
「えー。俺にとって寝るのは訓練の一環なんだけど?」
「寝るのが訓練だぁ? んなの聞いた事ねぇっての」
「魔法使いにとっての訓練だからね」
気温1つとっても、快適な睡眠をするためには非常に繊細なコントロールが必要になるし、それを維持するためには無意識で魔法を使う技術なんかも、ぐーたらするには欠かせない。
「何言ってんだ。騎士の中にも何人か魔法使いが居るが、んな訓練してる奴ぁ見た事ねぇぞ」
「それはそいつ等が残念な魔法使いだからだよ。おっさんだって剣の訓練だって言ってひたすら本を読むなんてことしないだろ?」
「確かにしねぇな。んな事するより体鍛えたり剣を振り続けるわな」
「でしょ?」
ぐーたらこそ至高の魔法訓練法。なので、俺が孤児院に到着するまで寝るってのも立派な訓練の一環よ。快適な温度で。快適な寝具で。それを維持しながら夢の世界で気の向くままぐーたらしているからこそ、今の俺があるのだ。
「しっかし。仮にも王都の精鋭魔法使いを相手に残念とか言わねぇ方がいいぜ? 連中は貴族が多いから気位が高くて面倒臭ぇんだ」
「そうする」
危ない危ない。ついぐーたらの事となると熱くなりやすいせいで言いすぎるところだった。それで俺が透明人間の正体だとかなんだとか疑われたら駄目なんだから、もう少し抑えめにしないとな。
今の俺はぐーたら8級くらい……よし。
「って訳だから、俺が寝るのは訓練の一環なの。だから邪魔しないでね」
「別に構いやしねぇが、それで遅れたところでオレのせいにすんなよ?」
むぅ……。それは困るな。ただでさえ遠回りをしなくちゃなんなくなったって言うのに、さらに遅れるとなると奴隷商巡りが数こなせなくなっちゃうじゃないか。
しかし鐘1つ分ぐーたら出来ないって言うのもかなり辛いな。鐘1つがどのくらいの時間を指してるのか分かんないけど。
「じゃあダンジョンとかの冒険譚が聞きたい」
ぐーたら出来ないんであれば、数少ない娯楽にでも興じるしかない。この世界で俺が興味を惹かれる娯楽と言えば、ダンジョンとかの冒険譚だ。そう言うのが聞けるんであれば、多少はぐーたら出来ないストレスも緩和できると思う。
「冒険譚だぁ? ダンジョンには訓練で昔に叩き込まれたが、低層でゴブリンとかを相手に剣の訓練する程度だからなぁ」
「それって訓練になるの?」
ゴブリンのイメージは雑魚代表。一部薄い本なんかだととんでもない事になってたりするけど、基本的には雑魚って印象が強いがこの世界だとどうなんだろうか?
「一応なるぜ? 何せ人に近い形をしてっから、迷いなく人を斬る訓練として新人が送り込まれんだよ」
「あーなるほど」
さすがの異世界でもいきなり人を斬るような真似ができる奴は少ないようだ。とはいえ訓練は訓練であって、実際に人が斬れるかどうかはその時になってみないと分からないとの事。
「それで斬れりゃ騎士。出来なけりゃ衛兵って感じで配置が決まんだ」
「へー。じゃあおっさんは斬れたんだね」
「まぁな。初めて斬った時は多少キたが、今じゃ普通に出来るようになったぜ」
「ふーん」
俺はクソ神からそう言うのに対する耐性を貰ってあるんで何とも思わんかったけど、やっぱ人を殺すってのは覚悟が要るんだろうねー。
「まぁ、オレの冒険譚はこんなモンだな」
「冒険って言うの?」
「しゃーねーだろ騎士なんだから。王都の外になんて滅多に出ねぇっての」
うーん。思った以上につまんない話だったなー。内容も薄いせいであっという間に終わったからまったく到着する気配もない。
「じゃあなんか面白い話してよ」
「面白い話ぃ? そうだなぁ……だったら救国の英雄ヴォルフの話でもしてやろうか」
「父さんの?」
「ああ。英雄ヴォルフの武勇伝だ。そう言うのに興味あるか?」
「あんまないかな?」
ヴォルフという人間を知らなかったら大いに興味がそそられていただろうけど、既に人となりをかなり深い部分まで知ってる身としては、どれだけ多大な戦果を挙げようとも、その裏にはすべて酒が絡んでるんだろうなぁって分かっちゃうくらいには酒狂いってのは、家族どころか村内でも共通認識だからな。
あれ? ちょっと待った。逆に考えると、酒の為だけにどれだけの事をやって来たのかちょっと興味がわいてきたぞ。
「気が変わった。なんか聞かせて」
「いいぞ。手始めに冒険者になったばかりの頃にウルフ30頭を単独で討伐した時の話でもしてやろう」
「え? 割と普通っぽい話」
今のヴォルフしか知らない俺からすると、たった30? って思っちゃうな。むしろ準備運動にもならん! とか言いそう。
「いやいや。それは今の父ちゃんの話だろ。その昔はたくさん死線を越えて来たって話なんだぜ?」
「へー。そういう話は確かに新鮮」
ヴォルフにも弱い時代があるのも当然か。俺もぐーたら道に足を踏み入れた直後は簡単石を握ってずっと気絶してたからな。それで考えると30頭ってすごいのかも?
「でもなんで30頭に襲われるような事態になった訳?」
普通ならそうなる前に撤退すると思う。いくら若くて腕に覚えがあって調子に乗るって言ったって、そこまで行けばちっぽけなプライドは粉々だろうし、冷静に考えて死を覚悟する状況だ。
「さぁ? 詳しい事は知らん」
「話といてそれはなくない?」
「つっても、坊主の父ちゃんの英雄譚はそういう話ばっかだからな。話の途中までは広まってるんだが、結末がどうにもはっきりしねぇんだよ」
「ナニソレ。じゃあ救国の英雄ってのも嘘な訳?」
「それは間違いねぇよ。事実、貴族になってるだろ?」
「押し付けられたってのが正しいけどね」
なんで国を救うなんて大仕事をやってのけたにも関わらず代償を支払わなくちゃならんのか全く理解に苦しむよ全く。
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