第200話
「じゃあちょうどいいや。その時みたいに連れまわしてくんない?」
ゲイツという動力を失ってしまう前に、新しい動力が欲しいので第2エンジンとして名も知らない騎士を任命しようじゃないか。
「おいおい。こっちは騎士だぜ? 坊主1人にかかりっきりになるなんて暇がある訳ねぇだろうが。他を当たりな」
「前に1回やってくれたんだからよくない?」
これだけ広い王都で1人くらい一般市民の手伝いをしていたっていいんじゃないかな? むしろそういう役割を与えられているのが騎士って仕事なんじゃないかな?
「いいわけねぇだろ。それに、あの時は上司からの指示があったし報酬があったから仕方なく同行してやったんだ。今回は無理そうだから嫌だね。こちとら忙しいんだからな」
ううむ……意外と手ごわいな。前回はどうやってこいつを手なずけたんだろうな。記憶が全くないから全く思い出せないし、そもそも思い出してる間に人ごみの中に消えそうだしな。
どうしたものか……仕事と両立させるいい方法……。
「だったら。孤児院まで連れてってくんない? それなら見回りの一環だろ?」
「孤児院? んなトコに行ってどうすんだよ」
「知り合いの小間使い君がいるんだ。そいつに運んでもらう」
あいつだったら、肉でもくれてやれば喜んで人力車として働いてくれるだろう。それでも駄目なら、ルッツの所に従業員として口利きをしてやるだなんだの言えば諸手を挙げて付き従ってくれるでしょ。
「リック……本当に動きたくないんだね」
「当然! それがぐーたら道だからね」
奴隷商の場所が分かってればまだ自分で動ける気力はあったかもだけど、ぼんやりと記憶してる限り王都はめっちゃ広い。そこに点在するだろう奴隷商を探すってのをやり始めたら、ぐーたら神から神罰落とされるわ!
だから、王都に詳しいこの騎士に道中の案内を頼みたかったんだけど、仕方ないからあの小間使い君の所までの案内役として役立ってもらわんとね。
「なんでその小間使いは覚えててオレの事は覚えてねぇんだよ」
「さぁ? 記憶に残る活躍しなかったんじゃない?」
覚えてるほど密接な関係じゃないし、特徴的な見た目って訳でもない。特に有用な事をしてくれた記憶もないのであれば、覚えてないのが普通だと思う。
「そんな事よりどうなの? やってくれんの?」
「……まぁ。そういう事だったら運んでやらん事もねーな」
「じゃあよろしくお願いしますね」
という事でゲイツから名もなき騎士へとエンジンが変わり、ゲイツは学園へと走り去ってしまった。ぐーたらにかける想いをつま先程度しか伝えられなかったのだけが心残りだな。
「もういいのか?」
「いいよー」
そう返答するとすぐに荷車が動き出す。
当然俺は寝転がって空を見上げ、宇宙に意識を飛ばしてぐーたらを満喫——
「おい坊主。もうちょいまともな状態でいてほしんだが?」
したかったのにクソ騎士が話しかけて来やがった。
まだぐーたらに入ってないし景色もそんな変わってないんで孤児院に到着したわけがないのは明白なのでイラっとするな。
しかもその理由が、まともな状態と言われても困る。俺にとっては今でもまともでいたつもりなんだからね。
「普通にしてるつもりなんだけど? っていうか、別に俺がどういう状態でいてもよくない?」
「普通の奴なら文句は言わねぇんだけどよ。坊主の寝てんのを傍から見てると死体運んでるって勘違いされっから困んだよ」
そういえばこの騎士も、ここに来たのはゲイツが死体を運んでるって通報があったとかなんとかって言ってたっけ。人がぐーたらしてるだけだってのに随分と失礼な物言いだよな。
だが、それを拒んでエンジンとしての責務を放棄されるのも困るんで、仕方なく意識を成層圏くらいで我慢して、寝転がるんじゃなくて胡坐をかいて左右にゆらゆら。
「へーへーこうしてりゃいいんだろ?」
「そうそう。そうしてりゃ、少なくとも死体運んでるって思われねぇからな」
「普通に考えて、こんな昼間に大通りを死体運ぶ馬鹿っているの?」
薄暗い裏通りとかならまだしも、人の目が多い大通りを死体を運ぶとしたら、っぱワイバーンとかドラゴンレベルをを狩った時だろ。じゃなけりゃ自らここに犯罪者がいますよーと言ってるようなもんだろ。
「山賊とか盗賊の類の死体だったら時々運ばれてるぞ。まぁ、坊主みてねぇなのはまずねぇから凄ぇ目で見られっけどな」
子供と限定すれば珍しくとも、大人であれば割と普通な事だったようです。村でぐーたらしてっとこういう常識はやっぱ入ってこないよね。まぁ、入れる必要もあんまないんだけどねー。
「それで? その小間使いってのはどこの孤児院にいるんだ?」
「えーっと……確か貧民街だったかな」
そう言った途端に騎士の足が止まった。
「よりにもよって貧民街のかよ……。滅茶苦茶距離あんじゃねーか」
「そうなんだ。じゃあ――」
逃がさんとばかりに持ち手の部分をちょちょいといじって逃げられないよう拘束。
「おい。王都内で魔法使ったな」
「何言ってるのさ。そんな事する訳ないでしょ?」
「じゃあこの手枷みてぇのはなんだよ! さっきまでなかっただろうが!」
「最初からあったのに気づかなかっただけでしょ? それに、魔法使ったって証拠あるの?」
「それは……」
この世界で魔法を使うには、詠唱が必要ってのは一般的な常識だが、俺は無詠唱でも出来る。いつもであれば単語で魔法を使ってるけど、今回は普通に無詠唱だ。どこにも魔法を使ったなんて証拠はない。
「ほらほら。貧民街に到着したら外れると思うからさ。急いだ急いだ」
「……チッ! 本当にいい根性してんぜクソ坊主」
吐き捨てるように言い放った騎士は荷車を引き始めた。心なしか歩調は速めだけど、普通に大通りを歩くのってちょっと遠回りじゃないかな? それはぐーたらにおいても見過ごせないな。
「ねぇ。どうして大通りを移動すんの?」
「ああ? なんだよ急に」
「貧民街って大通りから行けるような場所じゃないじゃん? だったらこっち行った方が早くないの?」
まぁ、王都の地理に明るいのは騎士の方だから特に何も言うつもりはないけど、記憶の限りだともっと道は細かったような気がするんで、裏通りっぽい方に続く道を指さしながら提案してみるも、騎士の反応は良くない。
「……まぁ、その辺りなら大丈夫か」
「なんか引っかかる言い方するね。なんかあるの?」
チラッと見た限りは至って普通の路地だ。大通りから近い事もあって石畳も大差ない綺麗さだし、普通にガキとかおっさんおばちゃんに冒険者とか用は誰も彼も行きかってる普通の細めの道だ。
「最近裏道は危ねぇんだよ」
「にしてはみんな普通に行き来してるけど?」
「ああ。狙われてるのは騎士とか衛兵だからな」
「誰がなにしたのさ」
「それが誰にも分かんねぇんだとよ」
騎士が言うには、ある日突然。貧民街に身を置く後ろ暗い組織の1つが、縄張りに変な魔法使いを送り込んできただろうといちゃもんをつけてきたんだとか。
当然。騎士団・衛兵共にそんな話を耳にした事は無く、知らぬ存ぜぬと言ったんだが被害に合ったらしい奴がいるようで、組織側は何か隠しているんだろうと退かず。騎士団側も部隊長ってそこそこの上司にまで話が行き、実際に調査・探索したらしいんだがそれらしい人物は発見できず。
結果をそのまま伝えたらしいんだが、当然納得するはずもなく。少し前から騎士・衛兵への報復ともとれる嫌がらせが多発しているらしい。
「ちゃんと探したの?」
「探せる訳ねぇだろ。誰かも分かんねぇんだぞ?」
「あっちに聞けばいいじゃん。教えてくれるでしょ」
「あっちも分かんねぇんだとよ」
なんでも、その魔法使いの姿は見えなかったとの事。
「見えない?」
「あっち側が言うには、そう言う魔法を使って降りてきたんだとよ」
「見えないのに分かるの?」
「そう言うのが分かる凄腕の魔法使いのジジイがいるんだよ」
魔力が分かる程度で凄腕って……魔法使いはなんて働き者なんだろうね。まったくもって嘆かわしい限りだよ。
「……ん? ジジイ?」
「ああ。王都の貧民街じゃ一番強ぇ組織に居るロックスってジジイだ」
見えない魔法使い……確か魔道具見に来た時に降り立った場所に居たのもジジイともう1人だったっけか。
あれ? 今回の騒動引き起こして張本人って……俺か?
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