第198話
「なぁリック。さすがにそろそろ拙いと思うんだけど?」
「んぁ? 急にどったの?」
アリア達が帰ってきて数日。ヴォルフも多少は元気を取り戻して淡々と領主としての仕事をしてるし、アリアはゲイツとの訓練とグレッグの訓練を楽しそうに受けて勉強は疎か。
そんな平穏で、俺は隙間を見つけてはぐーたらに興じてる。今日も朝飯を食い終わって昼までぐーたらするかとハンモックに寝転がると、いつの間にか現れたゲイツが意味の分からない事を呟いた。
「急にも何も、そろそろ王都に戻らないと罰則を受けてしまうんだけど?」
「あぁもうそんなにギリギリなんだ」
「だから急いで王都に連れて行って欲しいんだ。こっちの準備は出来てるよ」
見ろと言わんばかりにまとめられた荷物を指さすところを見ると、本当にギリギリなんだろうね。
ぐーたらしたいけど、ゲイツが領主になるのは最優先事項なので、これを押しのけて行動する必要があるし、すっかり忘れてたけど奴隷を買う予定もあったからついでに済ませちゃおう。
「じゃあ母さんに報告しないと」
「それは済ませてあるよ。これ、お昼ご飯だって」
既に手を回してたみたいで、ゲイツからケバブもどきを受け取った。
「準備がいい事で」
「急いでるからね」
「じゃあ行こうか」
ササっと土板を作って乗り込むと、ゲイツも俺に続いて乗り込んだのを確認してから高度を上げて王都に向かって飛び出す。
「結構早いじゃないか」
「もっと行けるけどどうする?」
「可能な限り急いでほしいかな」
「それじゃあ徐々に上げていくから、限界来たら教えてー」
手始めに30キロ程度だった速度をグングン上げていって、100キロになった辺りで止めておく。もちろんこれでも序の口だけど、ヴォルフと違って少し表情が引きつり始めたからね。
「ところでゲイツ兄さん」
「なんだい?」
「俺が前に言った事、覚えてる?」
「なんだろう……覚えてないなぁ」
「俺のぐーたらへの熱意・想い・愛情等々を教えるって約束だよ」
そもそも長期休暇が短くなった原因が、俺が次期領主を狙ってるんじゃないか。というこの世界の貴族の一般な情報を鵜呑みにした事に起因しているんだ。そんなのに踊らされるなんて……我が兄ながらまったくもって嘆かわしいね。
二度とそんな間違いを犯さないように、こういう時間を使って俺のぐーたらライフへの熱い思いと確固たる信念の強さって奴をキッチリと叩き込んであげないとね。
「それは聞かなくちゃ駄目なのかな?」
「当然。またこんな事があったら敵わないからね」
ゲイツには領主になるために尽力してほしいんだ。その邪魔になる余計な声ってのに揺るがない程度には叩き込まないと、こっちが安心してぐーたらライフを送れないんだから。
「あはは……お手柔らかに頼むよ」
「それは無理だねー」
加減した結果が今なんだ。その願いを聞き入れるはぐーたらライフに対する冒涜にもつながるんで、決して手を抜く事はない。恨むんならその荒唐無稽な一般論を信じた過去の自分を恨むんだな。
————
「——であるからして、ぐーたら神というのは魔法使いにとって史上最高の神となり得るかもしれない可能性を秘めていてだね」
「リックリック。王都が見えて来たよ」
うん? 本当だ。いやー。しかしぐーたらに関連する事をしてると本当にあっという間に時間が過ぎていくよねー。
「まだ1割にも満たない講義だから、ここで夜まで――」
「いいや大丈夫だよ! もうリックの言葉を疑ったりしないからさ。王都に入ろう」
「……まぁ、ゲイツ兄さんがそう言うならいいけど」
信じらんないなー。たった1パーセント程度の講義で、本当に俺が領主なんて地獄に足を踏み入れるなんて事をしないと確固たる意志を持ち続けられるのかが非常に疑わしい。
「じゃあすぐに降りようか」
「あぁそうか。門から入らないといけないんだっけ」
いつも転移魔法で不法に入ってるんでうっかりしてたな。
そんな俺の発言を聞いたゲイツがジトっとした目を向けて来るけど、図太い神経の持ち主たる俺はビクともしませんとも。
とりあえず。王都から少し離れた丘の上辺りで高度を下げて移動を再開。
この辺りまで来ると人の数も自然と増えて来るし、王都内は魔法を使っちゃ駄目っていう建前があるんで、土魔法で荷車を作って俺はそこに寝転がり。ゲイツは荷物を載せて引っ張ってくれる。
「なぁリック。王都までもう少しなんだから歩いてもいいんじゃないか?」
「面倒臭いからヤダー」
これから王都に行って、ゲイツと別れた後に奴隷商を見て回るってなると、どうしたって労働しなくちゃならなくなるわけで、その為の体力を残しておきたい訳よ。
「やれやれ。本当にこういう姿を見ると、次期領主の座を奪われるなんて思ってた自分が馬鹿馬鹿しく思えるよ」
「まったくだね。そんな余計な事を考えるより、少しでも長生きして俺のぐーたらライフを支えてね」
「それはいいんだけど、少し目立つなぁ……」
荷車一つに男2人。載っているのは俺とゲイツの手荷物というすこぶる軽装。魔物蔓延るこの世界で、ロクな荷物も持たず王都に向かって進む姿は確かに少し奇妙に映るかもしんないけど、個人的には人の目は全く気にならないんでガン無視だ。
「気にしない気にしない」
「リックが気にしないならいいけどさ、王都に入るお金持ってる?」
ゲイツに言われて気付いた。そういえばこういう異世界物の集落に入る時ってお金か冒険者カードみたいなものが必要なんだっけ。馬車の中でほとんど寝てたし、そう言った面倒な事は全部ヴォルフにおんぶにだっこだったからな。
「ちなみにいくら?」
「えーっと……銀貨1枚だったかな?」
「高くない?」
「王都だからね」
まぁ、前世でも都心部ってのは高かった記憶があるけど、これはいくら何でもぼったくりすぎじゃないかな?
「王都で一旗揚げるぞー! って連中が入れなくない?」
「冒険者証があれば無料で入れるからね。必要ないんだよ」
「あーなるほど」
そっか。そもそもこんなガキがやって来る事を想定してないんだね。大抵の村や町には冒険者ギルドは存在してるから、成人すれば自然と冒険者になってから来るか。ウチにそんなシステムが無かったんですっかり忘れてたね。
ちなみに商人なんかはそれが払えるレベルになるまではそもそも近づかないんだとか。まぁ、入るだけで銀貨が飛ぶような場所で商売なんて相当な稼ぎがないと無理だよなー。
「そんな訳で、銀貨1枚をどうにか工面しないといけない訳だよ」
「一応金貨2枚あるよ」
奴隷購入費用だが、亜空間には100枚あるんだ。多少使ったところで痛くもかゆくもない――訳じゃないけど平気ではある。
どや! と取り出して見せた金貨に対し、ゲイツは困ったような顔をする。
「額が大きすぎるね」
「お釣りでないの?」
「多分だけどね」
多分かぁ……お釣りが出るならいいけど出なかったら目も当てられない。そんな不確実な賭けに出るほど懐に余裕は――あるっちゃあるけど赤貧領地で王都に入るだけで金貨をポンと払う。なんて姿をゲイツには見せたくない。
「コッソリ侵入するのは駄目な訳?」
方法は2つかある。
1つは前にやったみたいに高高度からの落下による侵入。
1つは光魔法で姿を隠して堂々と侵入。
本当はもう1つの案として転移魔法があるんだけど、これはバレちゃいけない魔法なので候補には上げない。
という事で、この2つをゲイツに提案してみると、どういう訳か苦々しい顔をしたじゃないか。そんなにおかしい事を言ってるかな?
「リックなら出来るんだろうけど、さすがにそれはどうかと思うよ?」
「そう? 見つからない自信はあるよ」
「その自信はどこから来るんだか……」
すでに1回やってるからね! とはさすがに言えないよなー。
とはいえ、銀貨1枚を工面するよりは楽だからどうしたって推したい。
「駄目かな?」
「さすがに許可は出来ないかな。見つかったら家族にも迷惑がかかるからね」
……うーん。絶対に見つからない自信があるんだけど、俺の言葉だけじゃあゲイツを説得するのは無理か。
「じゃあどうするのさ」
「魔物を狩るんだよ」
「えー」
それ自体は別に難しい事じゃないけど、移動が面倒臭い。死体を運ぶのが面倒臭い。銀貨1枚分稼ぐのが面倒臭い。
「他に方法はあるの?」
「……はぁ。やるしかないかー」
これが別の場所だったら水魔法で水を売ったり出来たんだけど、王都までもう目と鼻の先って距離じゃあ我慢するわ! ってなるから期待できないからね。渋々魔物を狩る事にしますかね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます