第196話
「なーリック。確かヴォルフのおっちゃん帰って来てんだよな?」
「そーだけど、それがどうかしたのか?」
「んー? この前話したしゃかいけんがく? それをシグとか他のみんなに話したらすごく興味持ってみたいでな。いつ行けるんだってうるさくてな」
「……そんな話してたっけ?」
全然覚えてないな。とはいえこんな限界集落で暮らしてるガキ連中どころか、大人ですら知らなさそうな社会見学なんて言葉をつかえるとは到底思えないから、きっと俺が説明したんだろう。
「ちょっと前の事を何で忘れてんだよ」
「そういう人間だからとしか言えないな。それで? 参加者は全員でいいのか?」
「いや。何人かは魔物が怖いからいいってよ」
まぁ当然だよな。
この村は魔物が餌とするものが極端に少ないから、安全な魔物しか出ないとはいえ年に何度かは今まで唯一危険だったウサギにやられて怪我をする連中がいた。幸い死者は出てなくとも酷い怪我をした奴は数人覚えがあるんで、そう言うショッキングな映像がトラウマになってんだろうな。
「まぁ、別に強制参加じゃないからな。お前も行くのか?」
「もちろん。ルッツと一緒に来るおっちゃんとかから美味いモンの話を聞いてて1回でいいからそう言うのを食ってみてーんだ」
リンは食い気らしいが、他のガキ連中も概ね同じ意見らしい。まぁ、餓死する事が無くなったとはいえ今だにメニューが画一的な物しかないからな。色々な料理の話に興味がそそられたんだろう。
「とりあえずお前たちが行きたいのは分かったけど、親連中はどうなんだ?」
「他は知らないけど、うちのかーちゃんはいいんじゃないかって言ってる。グレッグのおっちゃんとヴォルフのおっちゃんが居るから平気だろうって」
「あーなるほど」
てっきり村の外なんて危ないから、そんな事を言うなと怒鳴り込んでくるもんだと思ってたけど、やっぱヴォルフやグレッグの存在は大きいんだろうな。
あの2人にプラスして腕っぷし自慢の連中で脇を固めれば、多分だけど魔物の襲撃にあっても難なく乗り越えられるとは思われてるんだろう。俺も将来のぐーたらライフのための人員の命を守る為であれば、頑丈な馬車を作るつもりがあるぞ。
「だからさっさとヴォルフのおっちゃんに聞いてみてくれよ」
「分かった分かった」
とはいえ、あのヴォルフにそんな事を尋ねてみても反応は返ってこないだろうから数日はかかる。その前にエレナだったりグレッグにも情報を共有しておこう。
「本当にわかってんだろうな?」
「わーかってるって。とはいえ、父さんはちょっと忙しいからしばらくは無理かな」
「だったらエレナおばさんはどうなんだ? あの人も昔強かったってグレッグのおっちゃんが言ってるのを聞いたぞ?」
相変わらず命知らずだよねー。エレナに向かっておばさんとか。同性の子供でなかったらもしかしたら殺されてるんじゃね? って思えるくらいにはマジでトンデモ発言なんだよなー。
「母さんにだったら昼飯の時に聞いとくよ」
「絶対だぞ? 後で聞きに行くからな」
「はいはい分かったからそろそろ帰るな」
「おう。今度はちっちゃく彫る道具作って持って来いよー」
「その気になったらなー」
————
「ただいまー」
キッチンに顔を出すと、いつも通りエレナが料理をしている。昼飯は朝のスープにすいとんを入れた物っぽい。食べやすくて助かるね。
「おかえりなさーい。そろそろご飯できるからー、アリアちゃん達を呼んできてくれないかしらー」
「その前にちょっといい? 話したい事があるんだけど」
「……今度は何かしらー?」
「子供連中を隣村まで見学に行かせたいんだけどいい?」
「駄目に決まってるでしょー? そんな危険な事をさせる訳にはいかないわよー」
まぁ当然の反応だわな。村は俺が魔法で守ってるんで非常に安全だけど、そこから一歩出ると一応魔物が出るからな。ガキ連中には出ないように言明されてて、それを破ると親からこっぴどく叱られるのは当然なのに加え、グレッグから地獄のしごきを受ける事になっている。
まぁ、こんな見晴らしがよくてなんもない村で俺の結界の外に逃げ出す事は難しい訳で、今の所そのしごきを受けたガキは居ない。
「父さんとグレッグと腕自慢連中を護衛につけても?」
「駄目ねー」
「頑丈な馬車作るつもりだけど?」
「問題はそこじゃないのよー」
そもそも驚異的な感覚を有してる2人であれば、たとえ就寝中だとしても魔物の接近には敏感に気づくらしく、雑魚しか出ないこんな辺境で護衛の失敗なんてエレナの頭には無かったらしい。
問題なのは村の方らしい。
「なにが駄目なの?」
えーっと……行ったのは覚えてるけど、それ以外がさっぱり思い出せない。とにかく村に行ったのは覚えてるけど、俺の記憶には欠片も残らないどうでもいい場所でしかないと思うんだけどなー。
「それはねー。他の村には悪い人が沢山居るからよー」
「あー」
なるほどね。確かにそこに関しては考えてなかったわ。
この何にもない限界集落に唯一あるのが、犯罪行為が起こらないって事じゃなかろうか。まぁ、そんな事をしてる暇がないってのが1番の理由だろうけど、他の村はそうじゃない。
全員が最下層のここと違って、他の村や集落には必ず貧富の差がある。そうなれば当然犯罪者が居るわけで、さすがにヴォルフやグレッグ。腕っぷし自慢の連中も四六時中見張ってられる訳でもないからな。
「分かったかしらー?」
「分かった」
「それじゃあアリアちゃん達を呼んで来てくれないかしらー」
「はーい」
うん。これは断る良い理由付けが出来たな。万が一俺の言葉を信じなくとも、エレナに会わせて直接説明されれば嫌でも納得せざるを得ないだろう。そうなれば頑丈な馬車を作るって労働の話はご破算になるし、ヴォルフやグレッグに話を通しに行く必要もなくなるからな。
内心ウキウキで裏庭の方に行ってみると、ゲイツとアリアが多分訓練でもやってるんだろうね。ゲイツはぼーっと立ってるようにしか見えないけど、周囲に砂埃が上がってるしガンガンギンギンなんか硬いモンがぶつかり合う音が響きまくってる。
「おーい。ゲイツ兄さーん」
「ん? リックか。どうしたんだい?」
「そろそろお昼ご飯だってさー」
「ああもうそんな時間か。なら終わりしようかアリア」
そう言って腕を大きく振り抜いたら、しっかりと確認できなかったアリアの姿がようやく目でとらえる事が出来たけど、随分と派手に吹っ飛んだなー。
「……チッ! ご飯食べ終わったら続きだからね!」
「はいはい」
どうやらまだまだ動き足りないらしい。正直あんなに激しい運動をしておいて、汗だくになるのは熱いからってのもあるだろうけど、息切れしてるように見えないってどういう事だよ。
ゲイツもだ。アリアほどじゃないけど体の一部が見えないくらい早く動いてたからかなりの運動量のはずなんだけどなー。
「リック」
「へーい」
いつも通り水魔法で球体を作ってアリアを包み込んでの人間洗濯機で全身くまなく洗い、最後に風と火の魔法ドライヤーで乾燥させればまるでお風呂上がりのようにスッキリサッパリって訳よ。
「兄さんもやってもらったら? スッキリするわよ」
「そうだね。折角だからお願いしようかな」
「じゃあ動かないでねー。手元が狂うと痛い思いをするから」
ゲイツ位なら多少痛い思いをした所で「ん? 今なにかした?」って感じでさらっと流しそうな気がする。
ちょっと試してみたいなーって気持ちがない訳じゃなかったけど、ゲイツはこの村の未来の領主様になる男だ。万が一の事があってはならないからね。
「っぷは。これは楽でいいね。学園の寮にも欲しいくらいだ」
「寮に風呂とかないの?」
「うーん……もしかしたら高位貴族が暮らす寮にはあるのかもしれないけど、こっちにはないね」
「大変だね。お風呂でも送ろうか?」
「部屋に入らないから要らないよ」
一瞬。外に置けばいいじゃん。って言葉が出かかったけど、ゲイツは数々の女を誑かてる疑惑があって、いつ背中を刺されてもおかしくない男。それが天下の往来で無防備を晒すのはよくない。
「俺から提案しておいてなんだけど、いい判断だよゲイツ兄さん」
「……よく分からないけどありがとう?」
分かってないっぽい。でもそれがゲイツらしいっちゃらしいか。
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