第195話

「かーちゃんただいまー。リック連れて来たー」

「なにしてんだいこのバカ娘!」

「いたー!」


 開口一番。リンが母親にぶん殴られた。まぁ、ウチの連中はほとんど気にしてないとはいえ一応貴族だからね。何も言わずに連れて来たらそりゃあ怒るか。


「まぁ、普通貴族連れて来るってのは事前に言うもんだろ」

「リックお前……こうなるって分かってたな!」

「なんとなくはね」


 そもそも自分が貴族って認識が薄いから確信はなかったけどな。

 とはいえ、村人からすれば俺は一応貴族な訳で気を使う相手。それを何の準備もなく連れてきたリンは怒られてしかるべきと言えるね。俺もヴォルフ達も別に怒ったりせんけど、テンプレ貴族だったら打ち首とか言いそう。


「すみませんうちのバカ娘が」

「いやいや。俺も貴族とかどうとか気にしないんで、お気遣いなく」

「リックがこう言ってんだ。気にすんなってかーちゃん」

「そういう訳にはいかないんだよ馬鹿娘!」


 またがつんと母親の拳骨がリンの脳天に叩き落される。素受けしたら痛そうだなーとぼんやり思いながら復活を待ってやるか。


「まぁまぁ。リンがこういう人間なのはよーく知ってますから」

「本当にすみません。後で良ーく言って聞かせますので」

「なんだよリックもかーちゃんも。おれが悪いみたいじゃねーか」


 まぁ、実際悪いんだけどね。とはいえそれを子供に説明したところで納得は得られないだろう。俺はおっさんだから母親がマジで迷惑してるのが良ーくわかるだけだ。


「ほれほれ。そんな事より魔法陣だろ」

「そうだ! 行こうぜリック」

「じゃあそういう訳ですんで、おかまいなくー」


 って事で、リンに引きずられるようにいったん家を出て少し離れた場所にある荷物置き場へ。


「ちょっと待ってろ」

「おー」


 土板に横になりながらボケーっとその様子を眺めてるけど、本気で魔法にあこがれてんだなーってのがよく分かるくらい大量の魔道具の出来損ないがどちゃどちゃと雪崩落ちる。


「邪魔なの処分すっか?」

「んー。じゃあ後で――っとこれこれ」


 奥の方から引っ張り出してきた木の板を確認してみると、俺のと比べるとやっぱり線はガタガタで、王都で見た物と比べても遜色ない悪い出来だ――と思う。


「全然駄目だなー」

「駄目かー。結構頑張ってんだけどなー」

「まぁ、そもそも魔道具は手彫りじゃ限度があると思う」


 手彫りで丸を彫るって言うのは結構難しい。小さいサイズであればなんとかなるだろうけど、着火の魔道具の一般的なサイズは屋台の鉄板。それに丸を彫るってなるとどうしたって一息じゃ無理だし、やったとしても正確である可能性は結構低そうだ。


「じゃあできる道具作れよー」

「道具か……」


 フム……リンには将来魔道具作りを担ってもらいたいと思ってるからな。便利でぐーたらに繋がる道具があれば、不良品になる事もなく俺がいちいち作らんでも済むようになる……か。


「ってなると、まずは丸を彫れる道具だな」


 どいつもこいつもここが出来てないからダンジョン産の魔道具と比べて質が1段も2段も落ちるんだよな。ここがなんとかなれば、後は腕の差だろう。

 それで言えばリンは結構いいんじゃないか? 知らんけど。


「とりあえず土で試作するか」


 亜空間から鉄を取り出すなんて真似できないから、地面を引っ張り出してぎゅうぎゅうに押し固めて試作1号が完成。


「なんだそれ」

「丸を彫る道具1号」


 形的には輪っか状の片側に刃を付けただけのシンプルタイプ。


「これをこうすると――」


 自力——でやるのは無理なんで、魔法で木の板に押し付けてぐりぐり回転させてみるも、思ったより上手くいかなかったな。


「うーわボロボロじゃん」

「だなー」


 一応鋭くなるように作ったんだけど、結果は最悪。試作1号の方は特になんともなかったけど、木の板の方はボロボロ。円を彫ったはずなのに出来上がったのは節くれだっててギザギザしてる。


「だが物としてはいいんじゃないか?」

「こんなになってるのにか?」

「一応円にはなったじゃん? 後で作り替えるし」


 とりあえず微調整は必要だし材料も見直す必要もあるっぽいけど、円を描くって本来の目的は一応達成してる。後はこれを鉄で作り替えれば、恐らくだけど期待通りの効果を発揮してくれるだろう。


「ならいいけど、ちゃんとしたもんなんだろうな?」

「そうするに決まってんだろ」


 変なモンを作ってちょこちょこ手直しするほうが手間がかかってぐーたらに悪影響しかないんだからな。だったら短時間に集中して会心の出来を作った方がぐーたら力の減少を抑えられる。修理とかの手間も省けるしね。


「使いやすさはどうだ?」

「うーん……やっぱデカい分扱いずらいな。小さくできねーの?」

「出来るけど今のリンじゃ無理」


 単純に口径を小さくすりゃいいだけだが、たとえ円の部分を小さくできたからと言っても、魔法陣はそれだけじゃあ完成じゃない。文字とも何とも言えない模様を彫る必要がある。


「やってみねーと分かんねーだろ!」

「じゃあ地面にやってみ?」

「ちょっと待ってろ」


 そう言って彫刻刀を取りに戻ったっぽいんで、その間に適当な大きさの板に固めた地面にいくつかの丸を彫る。それこそ記憶にある限り一般的な物から、俺がチャッカ〇ーンとして作った魔道具サイズの物まで全・5種。


「待たせたな」

「ほれ。用意したからやってみ」

「任せとけ――って1番最後のこれは無理だろ!」

「俺が出来る最小サイズだからな。これが出来るようならリンは俺の次に魔道具作りが上手い奴になれるぞ?」

「……それいいな。でも無理なモンは無理!」


 まぁ強制はせんさ。別に出来なくたって困らないだろうしね。世界一般的には1番デカいサイズの円が基準なんだしね。


「まぁ、せいぜい頑張れ」

「おう!」

「じゃあ俺は、ぐーたらするか」


 どうせ彫り終わったら呼び出されるんだ。であればここでぐーたらしてる方が移動の時間も含めてぐーたら出来るし、何より馬鹿でかい声で起こされるのは非常にストレスになるからな。


「見つけたー!」


 人の神経を逆なでするような大声にかなりイラっとしたが、相手が相手なんで一応ポーカーフェイスを意識して寝返りを打つと、遠くの方から大量の筋トレグッズを抱えたアリアの姿が。


「こんなとこで何してんのよ!」

「リンの魔道具の出来具合を見てたんだけど? なんか用?」

「見て分かんないの? 食べ終わったら道具直すって言ってたでしょうが」


 そんな事言ってたかな? 覚えてないんで肯定も否定もできないけど、直す約束をしたのは覚えてるんで、渋々ながら受け取る。もちろんアリアは俺に押し付けたらあっという間に走り去った。


「さて……どうするかね」


 魔法で錆を落とすのは当たり前として、サイズをアリアの体格に合わせる必要があるんだけど、当の本人はさっさといなくなったんで適当にやるか。


「そうだ」


 ちょうど鉄が欲しいと思ってたんだよね。ちょっくら拝借してさっき作った奴の刃として取り付ければ――


「うん。いい感じじゃね?」


 試作2号となった丸彫りを木の板に押し付けてぐりぐり回してみると、さっきと比べてするする削れるうえに節くれだったりしないし、土板の方も問題なく丸く掘る事が出来たから、後でリンに渡しとこう。


「じゃあ始めるか」


 まずは火魔法で全部をドロドロに溶かして、ダンベルっぽいのはサイズダウンさせて。鉄下駄っぽいのは安全靴——はサイズ合わせないと意味が無いからパワーリストやアンクルリストっぽくしといて、鉄球がいくつか取り付けられた剣は……バーベルにするか。


「よし完成」


 後は冷えるのを待つばかり。これでようやくぐーたら出来る。


 ————


「リーック。おいリック」

「んぁ? なんだよ」

「一応終わったから確認」

「……あぁ。そういえば魔法陣彫ってたんだっけ」


 うーん……2・3時間くらいはぐーたら出来たかな? 満足度は言わずもがな低い。何せ炎天下で日影もないしリンもいたからな。いつより意識を向ける事が多かったせいで意識を宇宙にまで飛ばせなかった。


「何で忘れてんだよ。ほら。さっさと確認して評価しろ」

「へいへい……」


 どれどれ……お? 予想通り、1番デカい一般的な魔道具は普通な感じだな。記憶にある魔法陣と照らし合わせても誤差は微々たるもので、今までの欠陥品と比べても見違える出来だ。


「いい感じじゃん」

「だろ? おれも出来たの見ていいなって思ったんだ」


 とはいえ、出来が良いのはそれだけで、円が小さくなればなるほど文様とのバランスが悪くなってくんで、まだまだ修行は必要だけどね。

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