第194話
「リーック! 起きなさーいって寒っ! この部屋だけ異常に寒いわね」
「……うるさ」
朝っぱらからアリアが馬鹿でかい声を上げながら部屋に入って来で、思わず魔法で吹っ飛ばしちゃいそうになるほどイラっとしつつベッドから這い出る。
「いつまで寝てんの! もうご飯の時間なんだから起きなさいよ」
「あぁ……そうなんだ」
昨日は畑仕事に長距離移動に飯づくりにと非常にヘビーな労働をしてしまったからな。いつもよりぐっすりだったようで寝すぎちゃったみたいだな。
と言ってもたかだか10数分くらいだろうけど……。
「アンタ……よくこんな寒い部屋で寝れるわね」
「暑いよりマシ。それより急ごうよ。母さんに怒られたくないし」
「そう思うんだったらもう少し早く起きなさいよ」
「昨日は働きすぎたからね。筋肉痛にならなかっただけ御の字かな」
あれだけ派手に動き回ったんだ。そうなってもおかしくないかなと若干不安視してたけど、日頃の運動が功を奏したのか何とか踏みとどまってくれた。じゃなかったら数日はロクに動く事が出来なくなりそうだったからね。
「ロクに運動しないからでしょうが。もっと動きなさいよ貧弱」
「これでも動いてますー。そんな事よりご飯ご飯」
逃げるようにリビングに飛び込むと、いつも通りのサミィとゲイツはいいとして、1番奥の上座に座ってるはずのヴォルフは相当絞られたんだろう。明らかに元気がないのが一目で分かるくらいげっそりとしてた。
まぁ、自業自得なんで無視しますけどね。
「おはよー」
「おはようリック。今日は少し遅かったね」
「昨日結構働いたからね。今日は1日中ぐーたらしたい」
「おいおい。そなんで王都に戻るのは間に合うのかい?」
「大丈夫でしょ。それよりご飯ご飯」
いつまでも会話をしてるとエレナが怒っちゃうからな。それに、今日は最低限の仕事以外はぐーたらすると決めたんだ。1分1秒でも多く満喫するためにはさっさと飯を食う必要がある。
「はーい。それじゃあ食べましょうねー」
「いただきまーす」
今日のメニューは硬いパンとスープのいつものメニュー。パンは俺の顎だと非常に難敵なので、風魔法でこっそり細切れにしてパパっと食うが、それでも5歳の身体ってのはかむ力が弱いんでゆっくりになる。
「ゲイツ兄さん。ご飯食べ終わったらまた稽古つけてよ」
「そうしたいのはやまやまなんだけど、そろそろ王都に戻らないといけなくてね。今日はその準備に充てようと思うからダメなんだ」
興奮冷めやらぬといった感じのアリアの問いに対し、ゲイツは淡々と理由を説明して断りを入れる。
「そんなのルッツが来てからでいいじゃない」
「何言ってるんだアリア。ルッツはすでにこの村を立ってるんだぞ?」
「えっ! じゃあどうやって王都まで行くの?」
ルッツの来る間隔が分かってないのにそういう事だけはすぐに分かるんだなーとぼんやり思いながら硬いパンをスープにつけてもぐもぐしてるとふと視線を感じた。ゲイツとアリアだ。
「なに?」
「リックが王都まで運ぶと言ってたけど、本当に大丈夫なんだろうね?」
「大丈夫だって。昼から夕方にかけての時間で父さん達を声デカ伯爵領からウチまで運んできたのを知ってるでしょ?」
「確かにね……2人のいた町の名前が分かればなお良かったんだけど」
王都の学園で学んでるだけあって、ゲイツは王国の地理にこっちより詳しいらしく、俺が2人を連れて帰ってきた場所についてアリアに尋ねてたし俺にも聞いてきたが、ぐーたらが関わらないと人の名前すらロクに覚える気のない俺は当然知らんし、脳筋のアリアに至っては知らんと言ったら逆に冒険者になったら依頼で街の名前とかで移動しなくちゃいけないんだから覚えないと駄目だろうと説教を受ける始末。
まぁ、説教に対して反論の余地はどこにもないからか、アリアは渋い顔をしてたけど何も言い返す事は無かった。
ヴォルフに聞けば1番手っ取り早いんだけど、当の本人はエレナの説教による影響でしばらくは使い物にならないので、真相は恐らく闇の中だろう。
「大丈夫よ兄さん。リックは怠ける事に関しては一流だから、兄さんの邪魔になるような事は決してしないから」
「怠けじゃなくてぐーたらね。アリア姉さんの言う通り、俺のぐーたらライフを満喫するためにやらなくちゃならない事において、ゲイツ兄さんが領主になるというのはかなり優先事項の高いからね。協力は惜しまないよ」
もちろん過度な期待をされるのは迷惑なんで止めてほしいけどね。今回は労働地獄というブラックの闇の中から救い出してくれた恩があるからちびっとは頑張るぞ。
「じゃあ出立の準備は今やっておいた方がいいのかい?」
「もう少しゆっくりしてればいいよ。父さんもあんなだからさ」
一応仕事はちゃんとやるだろうけど、元に戻るまでは使い物にならなそうだし、戻ってから手伝わされるのは何が何でも避けねばならんので、ゲイツには絶対に登校日ギリギリになるまで居てもらわんと困る。
「……信じるよ?」
「どんとこいだよ! まぁ、その日が来るまではぐーたらするけどね」
必要に迫られなければ何もしない。これぐーたらの一環也。
うんうんと内心納得していると、すこーしだけ場の空気が重く――なったかどうかは俺にはまだ分かんなかったけど、そう言うのに敏感なアリアとゲイツはある一点に向けてぐりっと首を動かした。
「あなたたちー。おしゃべりしてないでご飯食べなさーい」
……どうやら重い空気の原因はエレナらしい。まぁ、この家で怒りを露わにするのってアリアかエレナくらいだしね。まだ笑顔も出てないから怒ってるっていうよりは注意くらいだね。
とはいえ、このまま雑談交じりで飯を食う手を疎かにすると怒りに代わるんで、会話は切り上げて黙々——って訳じゃないけど食事を優先させるけど、やっぱり俺が食い終わるのが1番遅かった。
「ごちそうさまー。じゃあ畑仕事に行ってきまーす」
「ちゃんとお昼には帰って来るのよー」
「分かってまーす」
さて……この仕事もあと数か月で多分終わるだろう。じゃなかったらルッツへの卸の量もガクッと減らさなくちゃいけなくなるし、新しく商売相手を探す必要も出てくるのか……マジ面倒だけど、ぐーたらの障害となる物は早急に摘み取らないとな。
なーんて事を考えながら村へとやって来て、まずはすっかり溶け切った氷柱を再び生やすのが1番にやる事だけど、これも氷の魔道具が長期間メンテフリーで使えるようになればお役御免になるだろう。
「こんなモンだろ」
「いやー。助かりますだー」
「んだんだ。リック様のおかげでオラ達も涼しく過ごせてますでよ」
「涼しい?」
「んだんだ」
チラッと空を見上げれば、雲1つ無い大晴天。遠くに目を向ければ蜃気楼。村人は例外なく汗水流してるこの姿を見てどこが涼しいって言うんだろう? 俺とこの世界の人間とはやっぱり感覚が違うんだなー。
「まぁ、皆がいいならいいけどね」
さて。村での仕事は終わったんで、村を出て畑を飛び回っては土に栄養を補充するというのを繰り返す。
「あー疲れた」
いつも通りの仕事を終え、流れてもいない汗を拭うとすぐ傍に居るリンがジトっとした目を向けてくる。
「どー見ても楽そうだったくせにどこが疲れるって言うんだよ」
「リンは分かってないな。俺は労働をするという時点で多大な疲労に襲われるんだ」
「意味分かんねー」
「麦が育ってんじゃん」
こんな荒れ枯れ果てた大地で麦がすくすく育ってる上に王都じゃ多大な評価を受けるほどの品質なんて、魔法を使う以外に育つ方法はないと思う。まぁ、金を積み上げればできなくはないような気がしないでもないけど、ローコストでってなると魔法が1番手っ取り早いし楽だもん。
「そうだ! リックこの後暇か?」
「ぐーたらするのに忙しいね」
「じゃあ暇って事だな。最近魔法陣何個か作ったから見に来いよ」
「まぁ……見るだけならいいか。家まで押してー」
「自分で動けよ全く」
ブチブチ文句を言いながらもちゃんと押してくれるリンに内心で少しだけ感謝しつつ、到着するまでの間は意識の空中遊泳を楽しんだ。
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