第184話
「ふあ……っ。ようやく帰ったか……」
あれから2日ほど滞在したロリ伯爵・ルッツ一行はようやく帰って行った。
ルッツはともかく、砂糖の決定的証拠を掴めなかった以上は二度とロリ伯爵はここには来ないだろう。というか来ないで欲しい。
さて、まずはパパっと着替えを済ませ、朝食を食う前にずっと隠しておいた甜菜の具合の確認をしておきたい。まぁ、この2日間水もやらなければ土の中から出してもいないんだ。十中八九枯れて駄目になってるだろうけどね。
「おはよー。ちょっと外行ってきまーす」
「おはよう。君が朝食前に父さん達を呼びに行く以外に外に出るなんて珍しいじゃないか。一体どんな病気に罹ったんだい?」
サミィの開口一番。ちゃんと俺がどういう人間か分かってての発言に、どこかのゲイツとは大違いだなーと感心するよまったく。こういう所を見習ってもらわないと、安心してぐーたら出来ないよ。
「ただ砂糖の為だよ。あの伯爵のせいで枯れたかどうかの確認をね」
「ふむ……確かにそれは一大事じゃないか。空になるまでもつのかな?」
サミィの目がキラリと光る。一応余裕を持った管理をしてるけど、男が酒でストレスを解消するのに対し、女子側は甘味でストレスを解消する。まぁ、それが原因で新しいストレスを抱える事になるのは俺には関係ない。
そんなこんなでやって来ました甜菜畑。
「……ほいっ」
魔法で引き揚げてみると、予想した通りほとんどの甜菜が駄目になってるし、残ったごく少数もそれに片足突っ込んでる状態で廃棄するしかなくなってるわって状態なんで、火魔法で塵すら残さず消し炭に。
「まぁ、平気だけどね」
こういう事もあろうかと、ちゃんと亜空間に種を残してあるんだなーこれが。とはいえ、本来であれば人が増えてきて砂糖の供給が追い付かなくなった時を想定してたんだけど、アホルッツのせいでこんなにも早くに使う事になるとは微塵も考えてなかったよ。
「そーれ」
ポイポイと適当に投げた種を魔法で等間隔で地面に埋め込み、土をかぶせて水魔法を散布すれば大丈夫だろ。後はガキ連中をこき使って世話をさせれば、いずれはいつも通りの光景が戻って来るだろ。
「さーって。ご飯ご飯っと」
少し駆け足でキッチンに顔を出すと、少しだけ空気が重かった。何かしたつもりはないんだけど機嫌が悪いっぽい。なんとなく理由は分かるけどね。
「おはよー母さん」
「あらーリックちゃん遅かったわねー。お寝坊さんは駄目よー?」
「違うって。ちょっと砂糖の事——「詳しく」えっとね。昨日まで伯爵が居たでしょ? そのせいで砂糖の世話が出来な買った結果、全部枯れちゃってねー」
「あらー。そうなのねー」
ニコニコ笑顔だけどその圧はすさまじいね。俺が知る中でもエレナは飛び切りの甘党だからね。作る砂糖の大部分をこの人が摂取してると言えばその度合いが知れるというものだろう。
「で。駄目になった分を処分して、新しく種をまいてきたから遅れたんだ」
「なるほどねー。それなら構わないわー」
「そんな感じなんで、次の砂糖が出来るまでは量を抑えてねー」
軽ーく宣言すると、エレナの時が一瞬止まったが気にせず出来た料理を手にキッチンを後にする。
まぁ、がっかりするよねー。今まで普通に食べてた飴なんかを我慢しなくちゃならなくなるんだからね。
かと言って、こっちに文句を言われても困る。悪いのはあくまでロリ伯爵とルッツだ。あのアホがゲロって、それを信じたあいつがのこのこやって来たからにすぎないから、罵詈雑言はあっちにしてほしい。
「ごはんですよー」
リビングに顔を出すと、さっきは居なかったゲイツの姿がある。
「おや。お帰りリック。用事は済んだのかな?」
「終わったよ。後は順調に育つのを待つだけだよ」
「用事? リックが自主的に起きて朝食を食べる前に行動するなんて珍しいね」
「……」
「な、なに? どうかした?」
はぁ……。やっぱりゲイツは駄目だね。ここで珍しい程度で済ませるなんて、俺のぐーたらに対する理解度が低い証拠だよ。これは行きで教える程度じゃ全然足りないね。
こいつは大至急ぐーたら教の経典を作って毎日読み込むようにしてもらわんとな。あまり深く入り込みすぎてゲイツまでぐーたらライフに目覚めてしまっては元も子もないから入門編くらいで。
「はい。とりあえずご飯」
「あぁ……ありがとう」
「サミィ姉さんもどうぞ」
「ありがとうリック」
今日のご飯はパンとスープ。いつも通りの朝食です。質素だけど慣れてるからかどこかホッとする。
「ところでリックちゃーん。砂糖はいつになったら、制限しなくてよくなるのかしらー?」
「とりあえず一月くらい?」
「随分と長いのねー」
「いいじゃん。痩せるためだと思えばばばばばばば⁉」
至極当然の話をしたんだけど、目にもとまらぬ速度で俺の頬が抓られ、身体が持ち上がるんじゃないかってくらい捻り上げられる。
「お母さんは太ってないわよー?」
「いひゃいでふ」
「今のはリックが悪いよ。ボクもムカッと来たね」
そう言いながら、なんでかサミィも空いた側の頬を抓って来た。ゲイツにちらっと視線を向けると、我関せずと言わんばかりにスープに視線を落とし、ただただパンをちぎっては口に運ぶマシーンと化しているじゃないか。
「いいかしらー? お母さんもサミィちゃんも太ってないわよねー?」
「気になるなら運動するか、食べる量を減らせばいいじゃん」
至極まっとうな事を言っているはずなんだけど、2人からの笑顔の圧力が強くなる。なんでだろうねー。
「リック。君はぐーたらするのを控えろと言われたらどうするんだい?」
「え? 無視するけど?」
ぐーたら控える? なぜ俺がそんな言葉に従わなくちゃならんのだ。たとえぐーたら神からのお告げだとしてもそいつは精巧に――いや、俺にそんな事をほざく時点でそれは雑に作られた偽者か。
「そうだろうね。君にとってぐーたらとやらがボク達にとっての砂糖なんだよ」
「じゃあいつでも食べられるように運動しなよ」
俺だって、ぐーたら道を究めるために魔法の訓練は欠かさない。俺のぐーたらと甘味を食すことが同義であるというのなら、常日頃摂取できるように努力をすべきである。
具体的には甜菜の栽培育成に始まり、最終的には健康管理だね。ただでさえ砂糖は高カロリーだからね。アリアほど運動しろとは言わんが、適度な運動は必要不可欠だろう。
「「……」」
俺のぐーたらに対する対応をそのまま当てはめての発言だったんだけど、2人は苦虫を噛み潰したみたいに表情を歪ませる、そのくらいで面倒臭いなーとか嫌だなーとか思ってるようじゃ、その甘味に対する思いは俺のぐーたらと同じとは言えないね。
なんて事を考えながらちあらっとゲイツに目を向け――ってもう居ない。早飯——というよりさっさと逃げたくて速攻で終わらせたな。まぁ、それが仕事の処理に繋がってるんで文句はないけどね。
「まぁ、とりあえず食べすぎないでね」
俺も食事を終えてキッチンへ。水魔法で皿洗いを済ませてさっさと畑仕事にでも精を出しますかね。村人にも奴隷に関してアンケートを取らんといかんしね。
「母さーん。畑仕事行ってくるねー」
「……ちょっと待っててー」
いつも通り報告をしたら、なぜか待ったがかかったんで言われたとおりに待機する事2分くらいかな? 動きやすそうなラフな格好をしたエレナがやって来た。
「どうしたのその恰好?」
「運動するための衣装よー」
「やっぱり太——「ってないわよー? あまりしつこいと怒るわよー?」すんませんでした……」
おぉ怖。でも運動するのはいいけど、なんで俺は待たされたんだろうと内心首をかしげてると、普通に土板に乗り込んできた。
「さぁ行きましょうかー」
「乗るの?」
「駄目かしらー?」
「まぁ、いいけど」
喉元まで「じゃあ走って行けばいいじゃん」って言葉が出かかったけど、首に冷たい金属の質感を感じたんで思いとどまった。
「あれ? サミィ姉さんは?」
エレナが運動をすると言うのであれば、てっきりサミィもやるもんだと思ってたんだけど、その姿がどこにもない。
「サミィちゃんはまだ体調がすぐれないのよー」
「そうなんだー。じゃあ出発ー」
であれば特に待ってる必要もないだろうと、家を後にする。
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