第183話

 夕飯の時間。普通に家族団欒の食卓にロリ伯爵が居座ってるけど誰も文句を言わないので俺も厄介だなーという目線だけを送ると、後ろの護衛がギロリと睨んでくるが怖くも何ともない。

 今日のメニューはフニィ茸の天ぷらと、パンにキノコペースト。後はいつものスープというラインナップだが、見た事が無い物が2つも並んでるとなるとサミィもゲイツも警戒するわなー。


「リック。これは一体なんだい?」

「フニィ茸の天ぷらとペースト。そっちは塩をつけて。そっちはパンに塗って食べるといいよ」

「フニィ茸って……どうやって手に入れたんだい」

「こうやって」


 むしり取る動きで説明するが、ゲイツは部外者が居る状況でしゃべる訳ねぇだろうが。もうちょい時と場合を考えて質問をしてほしいモンだよ全く……。

 これ以上言う事はないと言わんばかりに早速パンにかぶりつく。うん……狼脂と砂糖を使ったパンはどうなるかと思ったけどそこそこ美味いし、5歳の顎でも噛み切れるくらいには柔らかい。それでも日本で食ってきたパンに比べりゃ硬いけどね。


「パンも美味しい……」

「本当ですね。これも何かしたのかな?」

「そだよー」


 次にペーストを塗ってパクリ。うん。手間がかかったけどそれにギリギリ見合う味でしばらくは楽しめるだろうけど、人の欲に終わりはないからなー。今度ルッツにジャムでも作ってもらうか。そうすれば一応はフルーツを食う事は出来るから飽きるのにも時間がかかりそうだ。


「……おぉ。見た目は悪いけど、美味しいよリック」

「確かにゲイツ兄さんの言う通り、美味しいよ」

「そいつはよかった」


 まぁ、ロクな食事環境じゃなかったから仕方ない。とはいえそこそこ美味いのは同意する。これだったらルッツに卸す分を減らしてたまの贅沢として食卓に出すのも悪くないかもな。家族もそれを望んでるっぽいし、あいつ等もどんどん増えるだろうから、いつの日にか食卓にしょっちゅう並ぶようになるかもなー。

 そんな中、ちらっとロリ伯爵に目を向けると、天ぷらを食って不思議そうな顔をしてたが、興味ないんで無視する。


「アークスタ卿? どうかなさいましたか?」


 目ざとく見つけたのはゲイツ。まぁ、領主代行なんで、もてなす相手の反応を探るのは当然か。

 そんな風に声を掛けられた当のロリ伯爵は、不思議そうな顔をすぐに余裕を持たせた大人ぶった笑みに戻す。


「いえ。フニィ茸は何度か食した事があるんですが、こんな触感は初めてで少し驚いただけですので」

「お楽しみいただけたようで何よりです」

「差し支えなければどのように調理したのか伺ってよろしいかしら?」


 問われたエレナが自然とこっちに目を向けた。まぁ、作ったのが俺なんでそうなるのか。

 どうすっかな……別に教えてもいいっちゃ良いんだけど、やっぱ無料ってのは――いや、この際無料で教えて貸しを作るのも悪くないんじゃないか? 大した貸しにならんかもしれんし、特大の貸しになるかもしれん。


「油で煮たんですよ」

「あら。随分と簡単に教えてくれるのね」

「まぁ、隠すほどの事でもないですし」

「そうね」


 反応はそうでもないところを見ると、確かに大した情報じゃないっぽいな。まぁ、油で煮るなんて単純な調理法が、いくら前時代的な世界とは言え試されない訳ないしな。

 こんな感じで1人納得していると、今度はゲイツがビックリしてた。


「どったの?」

「いや……油を贅沢に使えるほどの余裕が家にあるなんてと思ってな」

「あー。それ余り物だからお金はかかってないよー」

「余り物?」

「そ。ウルフを解体した時の油を使ってるんだ」


 村人も家族も赤身肉が好きなのか、解体の際に普通に脂部分をそぎ落としてるんだよねー。個人的には脂があった方が美味いと思ってる。おっさんになって疎遠になってたから余計にそう感じる。


「……これは獣脂を使ってるのか?」

「ん? なんか不味かった?」


 声のトーンで何となく理解した。とはいえエレナが何も言わなかったって事は、貴族関係かな? ちらっとロリ伯爵の方に目を向ければ、当の本人は別段変わった様子はないけど、後ろの護衛がマジか……みたいな顔をしてる。


「そうね。一般的には獣脂を使った料理は貴族の食卓には上がらないわね」

「どうしてですか?」

「獣の油は質が悪く、臭いも酷い。だから貧民の間でしか流通してないんだ」

「よく知ってるね。ゲイツ兄さん」

「これでも王都暮らしをさせてもらっているからね。色々と情報が手に入るんだ」

「まぁ、だったとしても、ここは貧民街みたいなもんだし、そんな事すら調べて来なかった相手に文句を言われる筋合いはないけどね」


 ま。たとえ先触れがあったとしても、出てくる料理にほとんど変化はなかっただろうなー。この村で比較的自由に食材調達が出来るのは、麦とウルフ肉とキノコくらいで、他の物は月に1回。ルッツが運んでくる分しかない。

 そんな暮らしをしてるウチに来て、獣脂を使った料理が出された! とか言って喚き散らすのはお門違いがすぎるよねー。


「でも、これは巷で言われているほど酷い臭いはないわね?」

「確かに。これは秘密でもあるのか?」

「特にないよ?」


 これは紛れもない事実。特になんもしてないし、きっと獣脂が酷い臭いを発するというのは、同じ油を何回も使い続けてるせいじゃないかなーと思う。よぉ知らんけどね。


「まぁいいわ。それじゃあお先に失礼させてもらうわね」


 そう言い残し、ロリ伯爵達がリビングから去って行ってしばらく。場の空気が少しだけ弛緩した。


「ふぅ……どうやらお咎めは無いようだ」

「そりゃそうでしょ。ウチの経済状況を考えてよ」

「そうねー。ウチではこれが精一杯だものねー」

「むしろいつもより食事が美味しいと感じるほどでした」

「うんうん。だからそこまで気にしなくてもいいって」


 この程度で目くじらをたてるようなら、有象無象のクソ貴族連中と同じかと思っておけばよかったけど、少なくとも見た感じでは嫌悪感を露わにする事は無かった点を見れば、そこらの連中とは違って人が出来てると思っておいていいかもね。


「はぁ……それならいいけど、上位貴族相手にあまりああいう態度を取らないでもらっていいか? さすがに肝が冷える」

「覚えてたらね」


 ぐーたら以外に関する記憶力が皆無なのは自覚してる。きっと頭までぐーたら道を究めんと邁進してるんだろう。さすが我が細胞たちだ。キチンと理解しているようで何よりだ。


「ところでリック。本当に王都に戻るのを任せて大丈夫なんだよね?」

「その件に関しては任せてよ。気ままなぐーたらライフを送るためには、ゲイツ兄さんに領主になってもらわないといけないんだから助力は惜しまないって」


 ぐーたらの為であれば、多少の早起きも辞さない。まぁ、たとえ起きられなくてもエレナの圧力を感知すればぐーたら神も裸足で逃げ出すほどだからね。あっという間に目を覚ますよ。

 とはいえ、毎日それをやられると睡眠不足から気が狂ってどうなるか分からんけどね。エレナもその辺が分かっててやってこないんだと思う。


「出来れば詳細を聞きたいんだけど?」

「土板に乗ってビューンと飛んでくだけだよ」


 まぁ、限界はあるけど馬車とは比べ物にならない速度で駆け抜ける事が出来るんで、上空何十メートルを時速100キロ近い速度での移動に恐怖しないんであれば何の問題もない。数時間あれば余裕過ぎるからな。


「そんな事が出来るの?」

「ぐーたら力を著しく消費するからそう連発は出来ないけどね。将来のぐーたらのためであれば、今回大量消費もいとわないよ!」

「……ちなみに消費するとどうなるんだい?」

「決まってるじゃん。ぐーたらするんだよ」


 キリッ! と宣言したけど、家族の反応は非常に冷たかった。

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